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習近平は“最強の援軍”

■南シナ海の緊張

 米中対立が進行すると、南シナ海で人民解放軍とアメリカ海軍の軍事演習が増加。演習は敵が居ないだけの戦闘だから、運用は実戦と同じ。だから練度維持・向上には演習が最適だが、双方が仮想敵国の門前で軍事演習を行うことは危険な徴候。

戦争学研究家 上岡龍次氏

戦争学研究家 上岡龍次氏

■人民解放軍が想定した戦場

 中国共産党は建国以来、アメリカを敵視していた。世界の強国はアメリカだが、中国は弱国。中華思想を持つ中国共産党には屈辱だった。だから将来に向けて軍事力増強を進めた。この時の中国共産党は、アメリカとの対決を太平洋に定めている。そうなれば、人民解放軍の兵器開発・運用・訓練は太平洋作戦に適したものになる。

 人民解放軍が太平洋で作戦するなら原子力潜水艦が必要。原子力潜水艦なら太平洋の作戦が遂行できる。長距離弾道ミサイルを保有すれば、グアム・ハワイの攻撃が可能になる。さらに対艦弾道ミサイルを持てば、人民解放軍よりも優勢なアメリカ海軍に損害を与えられる。

 これだけでは人民解放軍は勝てないので、来航するアメリカ海軍に段階的な損害を与える構想を持った。これが公にされている接近阻止戦略。人民解放軍は長距離の対艦弾道ミサイルでアメリカ海軍に損害を与える。次に中距離攻撃で損害を与え、中国本土に接近したら、大量の対艦ミサイルと航空攻撃の飽和攻撃を仕掛ける構想だった。

■習近平が努力を破壊

 人民解放軍は長年太平洋作戦の兵器開発・運用・訓練を行ってきた。だが習近平が「一帯一路」構想を進めると、人民解放軍の努力を破壊した。一帯一路構想は表向き経済圏だが中身は軍事力を世界に展開させること。

 これまでは太平洋作戦に限定されていたが、突然世界各地に人民解放軍を展開させる方針に変わった。人民解放軍は太平洋の作戦で局地的な勝利を得るはずが、世界各地で展開するなら戦力不足になる。しかも人民解放軍を運用する基地がない。

 それに対してアメリカ軍は、「世界の警察」として世界各地に軍事基地を配置。アメリカ海軍・空軍・陸軍・海兵隊は、各地の基地から即座に対応できる。さらに一箇所の地域で戦闘が発生すれば、他の基地から部隊を戦場に集中させる。

 習近平の一帯一路構想は、アメリカ軍が運用するような基地ネットワークを構築することで成立する。この基地ネットワークを急速に構築しているが、その一つが南シナ海の人工島の基地化。だがインド洋・アフリカ大陸付近では未整備同然。これではインド洋・アフリカ大陸付近で人民解放軍の継続的な戦闘は不可能。

■人民解放軍が苦手な戦場

 中国共産党は南シナ海で人工島を強引に基地化した。見た目は人民解放軍が有利に見えるが、想定した戦場と異なれば勝利は難しい。実際に戦前の日本陸軍は北方戦線でソ連軍と平野の戦闘を想定していた。だが第2次世界大戦では南方戦線の戦いであり、木々に覆われたジャングルが戦場だった。さらに日本海軍は来航するアメリカ海軍に段階的に損害を与え、日本本土付近で決戦をすることを想定していた。実際は反対に日本海軍から太平洋に侵攻する戦闘だった。

 冷戦期のソ連軍は、ヨーロッパの平野で戦うことを想定。そのための兵器開発と運用だった。だがアフガニスタンに侵攻すると山岳戦だった。ソ連軍は最新兵器を使い、武器で劣るゲリラと戦闘。だが平野と山岳地帯では想定が異なり、ソ連軍は損害を増大させた。

 イラク戦争でアメリカ軍は短期間でイラク軍に勝利した。これでフセイン大統領は失脚。その後は対テロ戦争に移行したが、この時からアメリカ軍の損害が増大する。アメリカ軍は敵司令部を急襲して敵軍を機能停止に追い込むことを得意としていた。だがテロ組織・ゲリラ組織は司令部が存在しない。アメリカ軍がテロ・ゲリラの司令部を想定して急襲しても、実際のテロ・ゲリラは容易にアメリカ軍の側面・背後から攻撃できた。

 この様に、想定とは異なる戦場になれば被害が増大する。これは人民解放軍も同じ。太平洋では原子力潜水艦は有効に機能する。だが南シナ海は原子力潜水艦には狭い。さらに艦隊活動も狭い海域で活動できる訓練が求められる。この変更は容易ではない。

■最強の援軍

 一帯一路構想で人民解放軍の基地ネットワークは、南シナ海・インド洋・アフリカ大陸に置く必要に迫られた。そうなれば、太平洋作戦に必要な基地ネットワークの資金・人材が、南シナ海・インド洋・アフリカ大陸に抜かれた。これでは人民解放軍が太平洋作戦を行うことは難しい。

 人民解放軍が太平洋作戦を行うなら、必ず台湾・沖縄を占領しなければ成立しない。そのための資金・人材が南シナ海・インド洋・アフリカ大陸に回された。つまり皮肉にも日本の危機は習近平により救われたことを意味する。

 さらにアメリカ軍は人民解放軍の太平洋作戦が低下したので負担が軽減した。だからアメリカ軍は、人民解放軍が苦手とする南シナ海で軍事演習を強行出来るようになった。習近平は日米への軍事的脅威を低下させ、人民解放軍を不利にした“最強の援軍”なのだ。

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