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日本文化が巨大な胃袋を持つといわれる理由とは

 どうして日本は、絶対的かつ排他的な一神教や、唯我独尊的なチャイナ文化などを軽々と取り入れることができたのでしょうか。理由として、これまでよく言われてきたことは「日本文化には寛容性がある」です。
 しかし日本が他国の文化を受け入れてきたということは、日本文化が他の文化に対して寛容だからです。つまり「日本文化に寛容性がある」ということは、それは現実に取り入れてきた結果を述べているだけで、理由の説明には、まったくなっていません。では、その理由は、いったい何でしょうか。

第33代推古天皇

第33代推古天皇


画像出所=https://mag.japaaan.com/archives/57982
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)

 日本は古代において、外来の仏教も取り入れたし、儒教も取り入れたし、チャイナの古代の各種文献も取り入れたし、漢字も取り入れました。
近世には、ポルトガルやオランダから様々な文物を取り入れ、戦後には欧米の文物や価値観、さらにはキリスト教やイスラム教などをも取り入れています。
このことを称して、日本文化は巨大な胃袋を持ち、世界中のあらゆる文化を吸収する、などと比喩(ひゆ)されたりすることもあります。

 このことは、欧米やチャイナが、すくなくとも過去、他国の文化を取り入れることがきわめて困難であったことを考えれば、きわめて異常とさえもいえることといえます。

 ではどうして日本は、絶対的かつ排他的な一神教や、唯我独尊的なチャイナ文化などを軽々と取り入れることができたのでしょうか。

 その理由として、これまでよく言われてきたことは
「日本文化には寛容性がある」です。
しかし日本が他国の文化を受け入れてきたということは、日本文化が他の文化に対して寛容だから
です。
つまり「日本文化に寛容性がある」ということは、それは現実に取り入れてきた結果を述べているだけで、理由の説明には、まったくなっていません。

 あるいは「日本人はいい加減だから」というものもあります。
これもまた、受け入れてきたことを別な言い方で述べているだけで、「どうして受け入れることができたのか」という問いに対する答えになっていません。

 では、日本文化が海外の様々な文化を取り入れることができた理由とは、いったい何でしょうか。

答えは、
「日本が常に民衆の幸せを第一としてきた」

ことに尽きます。

 逆に民衆よりも国家の権力が第一なら、権力は、権力の保持と温存のため、必ず他国の文化を排除します。
なぜなら民衆は、権力者だけの言うことを聞いていれば良いからです。
民衆が権力者以外に、価値を求めるようになったら、権力による支配は崩壊します。
権力とは、その性格上、必ず排他独尊的になるのです。
だから他国の文物は、権力者の贅沢や、権力者を飾るもの以外は、必ず排除されることになります。

 隣国のチャイナやコリアが、排他的になるのは、日本とはその根幹が違うからです。
彼らにとっては、権力者とその権力の保持が、国家の最優先事項として存在します。
民衆は、権力者の手駒でしかないのです。
あるいは、刈っても刈っても生えてくる庭の雑草みたいなものでしかない。

 チャイナが事故があると、ただ埋めて隠してしまうのも、コリアの文政権が、経済政策の失敗で支持率がほぼゼロに近い状態であるのに大統領に再選されるのも、国の全ては国の権力のためにあると認識されているからです。
日本ではこれらは起こりえません。
これは世界史上からも、とてもめずらしいことです。

 ではなぜ日本が、国家権力よりも民衆の幸せを優先する国柄となったのかといえば、それは国家最高の存在を、国家権力者ではなく、国家最高権威としたからです。
そしてその国家最高権威が、国の民衆をして、国家最高権威の「おほみたから」としたのです。
こうなると国家の権力は、民衆の幸せのために尽くすことが、国家最高権威に仕えることと同意になります。
 結果、民衆の幸せのために、あらゆる国家資源が投入されるという国柄が出来上がるし、たとえそれが外来の文化であっても、良いものはむしろ積極的にこれを用いるという、日本的文化風土が出来上がるのです。

 これは非常に大切なことです。
権力が大事なら、文化は排他的になります。
民衆が大事なら、文化は世界中から良いものを集めてきて、採り入れられることになります。
上を見て暮らす国か、下を見て暮らす国か。
この違いこそ、我が国の文化の根幹です。

 会社などにおいても、上を見て仕事をするのか、下を見て仕事をするのかによって、同じ仕事をしていてもその結果は大きく変わります。
上を見て仕事をしたほうが、出世は早い。
その代わり、上がコケたら、共倒れになります。
下を見て仕事をすれば、仕事の成果は抜群に上がります。
その代わり、あまり出世は見込めません。
どちらを選ぶかは、その人の判断ですが、日本はさらにその根幹に、権威と権力の分離を置いたわけです。

 おもしろいことに、このことを実現したのは、第33代推古天皇、第35・37代皇極天皇(重祚して斉明天皇)、第41代持統天皇という、三代の女性の天皇の時代であり、またこれを確固たるものにしたのが、第43代元明天皇、第44代元正天皇、第46代孝謙天皇(重祚して第46代孝謙天皇)という、三代の、これまた女性天皇の時代です。
つまり日本文化は、古代から中世に至る女性天皇によって、その基本となる国の形が形成されているわけです。

 考えてみると、欧州においても女性の王の時代に、乱世よりも国民の幸せを築こうとする風潮が高まっています。
王ではありませんが、有名なところで間違って伝えられている女性に、マリー・アントワネットがあります。
 マリー・アントワネットは王妃であり、王室の財政を無視して贅沢三昧な暮らしをしていたから、最後、断頭台に送られたというのは、当時、王権を否定したフランス革命的な解釈にすぎません。

 マリー・アントワネットの時代のフランスは、米国のイギリスからの独立戦争に巨額の支援をしていたし、その戦争ために投じられた費用は、マリー・アントワネットの服飾や宝石にかけられた費用の何百倍にも達します。
むしろマリー・アントワネットは、そのために王室の資金が不足気味になることに心を悩ませ、王妃の村里と呼ばれたプチ・トリアノン宮殿で家畜を飼い、農園を営み、自ら率先して畑を耕して王の宮殿の日々の食を確保することを行いました。

 ですから、仮にもし、マリー・アントワネットが国王であったのなら、フランスの歴史は大きく異なるものになっていたかもしれない。

 日本は、2世紀後半の倭国大乱の時代さえも、これを鎮めたのが女王卑弥呼であったとチャイナの史書にさえも書かれている歴史を持ちます。
女性がトップとなり、その女性が、権力よりも権威を好み、そのことが日本の国柄を形成してきたのです。
どうも男というのは、力を求めて、常に争いや諍(いさか)いばかりを起こすものらしい。

 21世紀は、女性の時代と言われています。
およそ6000年続いた男性社会が終わり、これからは女性が消費を主導し、文化を主導する時代になるとは、ガイアの法則ですが、その意味では、これまで長い間、女性が担って文化を形成した日本の歴史と文化が、世界の中で大きな意義を持つ時代になるといえると思います。

 念の為申し上げますが、だから女性天皇を望んでいるのではありません。
天皇はあくまで男系であることが、これは最重要な皇統の意義です。
歴代の女性の天皇も、すべて男系の女性天皇です。
なぜ男系であることが必要かといえば、天皇は血統ではなく、天照大御神の時代から続く霊統が、国家最高権威であることの最大の理由であるからです。

 日本が他国の文化や文物を、いくらでも飲み込むことができる巨大な胃袋を持っているのは、他ならぬ「天皇のもとに民衆がおほみたからとされる」という国柄を持つからです。

お読みいただき、ありがとうございました。


「ねずさんのひとりごと」より転載
https://nezu3344.com/blog-entry-4522.html#comment65257

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