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新型コロナ事態はグローバリゼーションを進化させる

 新型コロナウイルス及びそれに伴う各国の政策的反応を受けて、「グローバリゼーションが終わる」という言説がまことしやかに垂れ流されている。

 都市封鎖、渡航制限、輸出制限、移民停止、国際機関への批判など、様々な状況変化が起きていくことで、一見するとそのような主張に説得力があるように見える。これら主張のコンセプトは国家が行き過ぎたヒト・モノ・カネの移動を制限するようになり、世界が再び国民国家中心の時代になるというものだ。実際、国家単位で過剰な政策対応がなされたことで、世界情勢は近年のグローバリゼーション以前の状態に逆戻りするかのような様相を呈している。

 これらの状況変化を受けて鎖国的なナショナリスト達は自らの言論の正当性が証明されたかのように喜んでいるが、おそらくこの手の主張はナンセンスなものとして終わりを迎えるだろう。現実にコロナ禍が収束した後に世界で起きることは、更に強靭な仕組みを持ったグローバリゼーションである可能性が極めて高い。

 更に強靭な仕組みを持ったグローバリゼーションとは一体何を指すのか。ポイントは「脱中国」と「脱国連」の2つの視点である。

 従来までのグローバリゼーションとは「生産拠点の中国化」を実質的に意味する側面が強かった。中国の人件費高騰や投資リスクが指摘されて久しいものの、中国が世界における生産拠点として依然として圧倒的な地位を築いていることを否定する人はいないだろう。そして、中国市場が発展することを通じ、中国市場向けも含めた同国の生産拠点は重要性が増し続けてきた。

 しかし、今後進化するグローバリゼーションでは、中国に置かれている生産拠点が極めて速いスピードで、世界中の他地域に分散展開されていく状態になる。つまり、特定の国民国家の政府が輸出制限・生産制限等によって、世界市場に対して著しい権力を持てない体制が構築されることになるだろう。従来まで中国政府に振り回される可能性があったグローバリゼーションは、中国以外に生産拠点として多様な選択肢が生まれることで、いかなる政府にも止められないことが明らかとなる。このプロセスで一時的に各国政府の力が強まったように見えるかもしれないが、それは逆にグローバリゼーションの生命力が上がる結果に至る過程でしかない。

 一方、従来まで国際的な意思決定の調整の場として機能してきた国連はその存在価値を失うことになる。なぜなら、国連とは「特定の超大国が自らの意思決定に正当性を付与する場」でしかなく、冷戦時代は米国とソ連、そして現代では米国がそれにあたる存在だった。しかし、グローバリゼーションの進展に伴い世界各国の経済が成長し、米国の世界経済におけるGDP割合が低下したことで、国連という意思決定システムは現実に合わないものになってしまった。

 そのため、今後は友好国同士の多国間戦略備蓄等によって、公衆衛生上の危機を含めた様々な問題に対応していくことになるだろう。むしろ、このような仕組みが機能していくことによって、国際問題に対する更に小回りが利く対応が可能となってくるだろう。今回の新型コロナウイルス対応でも世界保健機関(WHO)のような大国間の思惑が対立する世界規模の国際組織ではなく、地域別の国際的な保健機関が機能していれば状況は全く異なったものになった可能性がある。これはグローバリゼーションを世界各国の統一的なコンセンサスによってコントロールできる国際行政機関の役割が衰退することを意味する。

 このように、グローバリゼーションは各国への生産拠点依存を回避しながら、国連のような巨大国際行政機関も同時に解体する方向で進化していくことになる。国民国家の政府は強面の対応を口にするものの、実際にはグローバルな市場の力の前に無力さを増していくことになることが予想される。日本人もグローバリゼーションが止まるというあらぬ幻想から抜け出し、いち早く新しい国際環境の変化に適応するべきだ。

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