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新型コロナウイルスについて

「疫病」は、ペスト、天然痘、コレラ、赤痢など、病状は様々です。ですが、たとえば14世紀に元が滅んで明になったとき、元の人口はおよそ1億3千万だったものが、およそ3千万人に減っています。原因は疫病です。
また17世紀に明が清にかわったときも、明の人口は最盛期およそ9千万人だったものが、清が王朝を築いたときにはわずか2460万人に減っていました。
 ただし、それだけの死者は、すぐに出るのではなく、およそ3年の歳月をかけて拡散しています。
当時といまとでは、衛生環境の違いこそあれ、相変わらず不衛生なことは昔と変わらず、今回のコロナウイルス、そして飛蝗もまた、目下、チャイナに向けて北上中です。
対応次第では、中共政権は崩壊します。


 すでにご存知の方も多いと思いますが、欧州在住の伝染病研究者である董宇紅氏は13日、新型コロナウイルスに「消すことのできない人工的痕跡」があると指摘し、「人工的に作られた可能性が大きい」との見方を示しました。
董宇紅氏は、中国の北京大学医学部を卒業、伝染病学博士を取得したのち、北京大学附属第一医院の勤務医を勤め、現在はスイスのバイオテクノロジー会社、SunRegen Healthcare AGで首席科学官を務める俊才です。
おそらくそれが事実なのであろうと思います。

 2.4日ごとに患者数が倍増するという感染率の高さからすると、およそ3ヶ月で感染者は80億人に達します。
死亡率が3%とすると、全世界で2億4千万人の死亡者が出るという計算になる。

 この状態が3年続くと、単純計算で7億人くらいの人が死に至るという計算になります。
全世界での話です。
ちなみに80億人というのは、現在の世界の人口です。

 これからの3年間で、世界の様子が激変していくかもしれません。
その重大なときにあたって、国会では相変わらず野党が「桜がどうしたこうした」。

 いまもお金をもらって動く左側の人たちは、必死で安倍内閣叩きを仕掛けていますが、国民はすでに辟易しています。
日本人は馬鹿ではないのです。
もういい加減、気がつく。

 気がつこうとしない頑固者も、周囲で感染者が出始め、自分の感染リスクが高まってくると、いったい国は何をやっていたんだ、ということになる。
そもそもこの期に及んで、チャイニーズの観光客を誘致するには!なんてタワケたことを言っているのは、コリアの文政権と日本の野党と、与党の一部のチャイナ贔屓の政治家くらいなものです。

 日本の歴史を振り返れば、こうした感染症によって、過去、人口の大半が失われた時代があったのです。
そのことは、古事記、日本書紀にちゃんと書かれています。
第10代・崇神天皇の時代です。
感染症によって、
古事記は、国民の過半数が死んだと書いているし、
日本書紀は、国民のほとんどが死んだと書いています。
だから日本では、神社に手水舎が置かれ、手洗いとうがいが励行されたのです。

 これがいまから2500年前の出来事です。
以来、日本には再々伝染病が上陸していますが、10万人単位の死者が出ることはたびたびあったけれど、国民の過半数が死亡するという事態は、まったく発生していません。
幕末に流行したコレラも猛威をふるって10万人が亡くなりましたが、当時の日本の人口は3300万人。
人口に対する死亡率は0.3%にしかなっていません。

 近いところでは、大正時代のスペイン風邪があります。
このときは日本で2300万人以上が感染し、39万人が死亡しました。
このときの日本の人口が5500万人ですから、人口に対する死亡率は0.7%。
これまた1%にも満たない水準です。

 ところが目を一歩海外に転じると、たとえばチャイナでは、元から明に、明から清へと国の体制が変わるとき、毎度、人口の7~8割が失われています。
 たとえば元から明に変わったときは、チャイナの人口が1億3千万人あったものが、なんと3千万人に減っています。
人口に対する死亡率は、なんと8割です。

 明から清に変わったときの人口も、わずか2460万人です。
明王朝最盛期の人口がおよそ8千万人ですから、人口の7割が失われました。

 上に述べたスペイン風邪も、実は感染源はチャイナでした。
ヨーロッパで14世紀に猛威をふるった黒死病(ペスト)は、当時のヨーロッパの人口を6割も減らしましたが、これもまた感染源はチャイナです。

 歴史時代に入ってから、人類はこれまでに何度となく世界的な疫病によって多くの命を失ってきましたが、そのいずれもが、感染源がチャイナです。
そしてチャイナ発の疫病は、世界の歴史を塗り替えてきたのです。

 もちろんその影響は日本にもありました。
日本でも多数の死者が出ていますが、それでもチャイナや西欧に比べて死者の数、感染者数とも圧倒的に少ないのは、日本人がきれい好きで、手洗いとうがいを日常的習慣にしていることによります。

 そしてそれが生まれたのが、いまから2500年前の崇神天皇の時代ということが、記紀に書かれているわけです。

 そのことが記紀にちゃんと書かれ、その記紀を幼いうちからしっかりと学んできたことによって、我が国では手洗いやうがいの習慣が定着し、これが我が国に伝染病がやってきたときに、たいへんに多くの人の命を救ってきたといえます。

 戦後、記紀を必死で否定してきた学者たちがいますが、彼らは感染症によって、日本でも多くの死者が出ることになったとき、その責任をどうとるのでしょうか。
何の責任も痛痒も感じないとするならば、それはもはや学者以前の問題として、人に値しない外道といえるのではないでしょうか。

 ちなみに我が国では挨拶に際しても、頭を下げ合うだけで、握手という習慣はもともとありません。
ハグの習慣もない。
これもまた、もともと感染症対策から、そうなったと考えると、先人たちの知恵というのは、ものすごく深いものということができます。

 いずれにせよ、今回のコロナウイルスの問題は、今後益々大きな問題となっていくことでしょう。

このことは世界の人口をいちどきに大きく減少させ、また世界の現在の経済に壊滅的打撃を与えていく可能性があるといえます。
そして最大の困難は、最良の新時代を築く大きなチャンスでもあります。
いまはとにかく、生き残ることです。

 感染は避けられないとしても、その感染をできるだけ遅らせるために必要なことは、手洗いとうがいです。
そして病と戦う力は、常に安寧にあると心得、怒りやストレスに生きるのではなく、平穏とよろこびのある生活を心がけることです。
それが未来を築く力になります。

 最後にもうひとつ。
チャイナは易姓革命の国として知られますが、なぜ「天命が革(あらた)まり、皇帝の姓が易(か)わる」と呼ばれるのかというと、皇帝が国家最高権力者でいられるのは、天帝と呼ばれる形而上学的な高度な存在が、別な姓の人に皇帝を委(ゆだ)ねると考えられてきたからです。

 では、天命があらたまったことがどうしてわかるかというと、前の王朝に天帝から天罰がくだるからです。
その天罰とはどのようなものかというと、これが2つです。
ひとつが「疫病(えきびょう)」。
ひとつが「飛蝗(ひこう)」です。

 「飛蝗」というのは、トノサマバッタの変異種のことで、普段はなんてことないトノサマバッタが、ある一定の密度以上に生まれると、身体が黒く大きく変異し、数億匹の単位で、飛来します。
「飛蝗」の去ったあとには、食べ物は何一つ残らず、人には餓死が待っています。

 「疫病」は、ペスト、天然痘、コレラ、赤痢など、病状は様々です。
ですが、たとえば14世紀に元が滅んで明になったとき、元の人口はおよそ1億3千万だったものが、およそ3千万人に減っています。原因は疫病です。
また17世紀に明が清にかわったときも、明の人口は最盛期およそ9千万人だったものが、清が王朝を築いたときにはわずか2460万人に減っていました。

 ただし、それだけの死者は、すぐに出るのではなく、およそ3年の歳月をかけて拡散しています。
当時といまとでは、衛生環境の違いこそあれ、相変わらず不衛生なことは昔と変わらず、今回のコロナウイルス、そして飛蝗もまた、目下、チャイナに向けて北上中です。

対応次第では、中共政権は崩壊します。

お読みいただき、ありがとうございました。


「ねずさんのひとりごと」より転載
https://nezu3344.com/blog-entry-4420.html

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