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  • 堂本かおる
    堂本かおる
    ニューヨーク在住フリーランスライター
    菊田 均
    菊田 均
    文芸評論家
    松本 健一
    松本 健一
    評論家
    中岡 弘
    中岡 弘
    著述家
    大島 直行
    大島 直行
    伊達市噴火湾文化研究所長
    時広 真吾
    時広 真吾
    舞台演出家
    渡辺 久義
    渡辺 久義
    京都大学名誉教授

    奇跡のような国

    世界の歴史は、東洋史であれ西洋史であれ、支配者が敵対する者を征圧し、また粛清することが繰り返されてきた歴史を持ちます。
    征圧は、現在においても、たとえば香港での騒動にチャイナ共産党が武力征圧を行っていることにもあきらかなように、21世紀となった現在も続いています。

    さすがに粛清、つまり敵対者を皆殺しにするという方法は、この何十年かには見られなくなったものの、これまた20世紀における共産党による大虐殺に明らかなように、人類史という視点でみるならば、つい最近まで行われてきたことですし、あるいはこれからの未来においても繰り返されていくものであるのかもしれません。歴史は繰り返す、からです。

    ところが世界に唯一、こうした征圧や粛清をすることなく、国をひとつにまとめあげた国があります。
    それが日本です。
    日本では、7世紀と19世紀に大きな変革期を迎えましたが、19世紀の明治維新では、戊辰戦争があったものの、7世紀の改革においては、大虐殺も征圧もいずれも行われていません。

    このときには、チャイナに隋・唐といった軍事大国が成立し、その軍事的外圧の脅威から国を護るために、国内を統一国家にしていくという選択が図られました。
    ところが、このときに敵対者を征圧することも、また粛清することも行われていません。

    厳密には、蘇我入鹿を斬り伏せるといった事件は起きていますが、全体像を見たとき、諸外国に見られるような、何千何万、あるいは何百万人といった虐殺が起きていないことは、明らかな事実であろうと思います。

    ではわが国が、どうして粛清や征圧を必要としなかったのか。
    これには2つの理由があります。
    ひとつは「天然の災害」。
    もうひとつは「天皇の存在」です。

    わが国は、戦乱よりも恐ろしい天然の災害の脅威が、常に民衆の生活と隣合わせにあります。
    どのような権力者や大金持ちであっても、ひとたび火山が噴火し、台風による洪水が起こり、あるいは土砂災害が起これば、何もかもが失われるのです。
    しかもこうした災害が起これば、必ずそのあとにやってくるのが、凶作による飢饉(ききん)であり、ひとたび飢饉となれば、そのあとには飢餓(きが)が襲い、飢餓が襲えば次には疫病が広がって、多くの死者が出るのです。
    こうした災害は、権力やお金の有無に関わらず、誰にも(まさに平等に)襲いかかります。
    災害は、我々日本人にとって、まさに恐怖の大魔王なのです。

    天然の災害は、発生を防ぐことはできません。
    ですから必要なことは、災害がいつ起きても、被災者はあっても被害者が出ないように、日頃から準備することが求められます。
    その準備のための最大のものが、実は稲作です。

    わが国も、万年の単位で永く狩猟採集生活が行われてきたのですが、これが稲作中心の社会に生まれ変わった最大の理由は、稲作によって収穫されるお米が、数年単位での常温保存が可能であるという一点に尽きます。
    生活だけなら、実は狩猟採集生活の方が、断然「楽(らく)」なのです。
    一日に3時間程度働くだけで、その日その日の食料を手に入れることができるからです。
    また、木の実などは、粉末に加工して保存することで、1年程度の備蓄も可能です。
    この粉末が、水で溶いてクッキーにして食べていたことは、よく知られています。

    ところが、大規模災害が起きると、年をまたがった食糧不足が起こります。
    人間、飢餓によって我が子を失うことほど、辛く悲しいことはありません。
    それが、稲作によって、数年単位の食料備蓄が可能というのなら、我が子を飢えさせないためにも、おとうちゃん、必死になって土地を開墾するし、夫婦で力を合わせて稲を育て、お米を収穫します。

    ところが稲作が普及するようになると、今度は新たな問題として、大規模水害の問題が発生するようになりました。
    この対策のために、水路を掘る技術が開発されました。
    土を掘ることによって余った残土は盛土(もりど)にして古墳となりました。

    次には丈夫な堤防を築く技術が生まれました。
    そのためには、大量の土砂を川端まで運ぶ必要がありましたが、これには水田作りの際に築かれた水路が大きな役割を果たしました。
    船を使えば、大量の土をいちどに運ぶことができたのです。
    こうして古墳に使われていた土砂は、堤防作りに活用されるようになり、平野部は洪水に悩まされることの少ない、稲作にも生活にも適した土地となっていきました。

    食糧事情が良くなれば、当然のことに人口が増加します。
    けれど一定の土地からは、一定の作物しか収穫できません。
    そこで人々は、新たな土地を求めて、全国に広がっていきました。
    つまりこのことは、親族が全国に広がっていったことを意味します。

    その親族たちは、それぞれの土地に定着し、そこで何百年の時を重ねました。
    けれど、もともと、同じ血を引く一族です。
    山の向こうには、別なムラがあり、村の血を濃くさせないためには、嫁さんは山向こうの隣村や、そのまた向こうの村からもらうといった習慣が生まれました。

    大国主神話に、出雲の八十神(やそがみ)たちがオホナムチとともに、八上の姫を貰いに行くといった描写がありますが、これは今風にいえば、村の青年団が、国をひとつ隔てた因幡の国の八上村の女性たちと、集団見合いに行ったというお話です。

    こうした習慣は、つい近代まで、すこし田舎の方に行けば残っていた習慣(集団見合い婚)で、そうすることによって、村の血を絶やさず、また、血が濃くなることを防いでいたわけです。
    脱線しますが、戦後は自由恋愛が極端に推奨された結果、農村部では嫁を得ることに極端に不自由し、結果、外国人との間で集団見合いが行われたりするということが起こるようになりました。これは社会の歪(ひずみ)ともいうべきことかもしれません。

    一方、稲作は、地方豪族をも発展させました。
    各家庭でも、もちろん食料備蓄はしますし、村単位でも、村の鎮守様にお米を備蓄して、いざというときに備えていたのですが、地域全体が被災するような大規模災害が起こったときには、被災しなかった遠隔地の村から食料支援をしてもらわなければなりません。
    そしてそのためには、広範囲な地域を統括する豪族がいてくれることが、人々の生活にとってなくてはならないものとなっていきました。

    要するに、いざというときのために、
    各家庭でも、食料を備蓄する。
    村でも、食料を備蓄する。
    地域でも、豪族が中心になって食料を備蓄する。
    さらに、豪族たちが、互いに連携することで、地域の飢えを防いでいく。
    といったことが行われるようになっていったわけです。

    ところが、実は、これだけでも足りない。
    なぜかというと、わが国では数十年に一度、東日本大震災のような大規模災害が起こるからです。
    こうなると、地域の力だけではどうにもならない。
    このときに、やはり頼りになるのは、地域の人々にとっての本家のなかの総本家である中央の朝廷です。
    そこで朝廷にも米を備蓄する。
    それだけではなく、中央から国司を派遣してもらうことで、地域をまたがった、広域での非常食料の手当を可能にしていく。
    そして国司は、担当する地域の人達が、決して飢えることがないように、最大限の力を発揮していく。
    要するにわが国では、国と地方と村々が一帯となった災害対策が不可欠であったわけです。

    こうした伝統から、戦前戦中まで、わが国では税の滞納をする人というのは、ほぼ皆無で、納税期間中に、催促がなくても全住民が、必ず確実に納税を済ませるという習慣が根付いていました。
    なぜなら、納税は、いざというときのための災害保険どころか、命を守る手立てでもあったからです。

    ところが、実は、これだけでも足りないのです。
    どういうことかというと、災害時の困難も、人は安定した平時になれば、その苦労を忘れてしまうし、世代を越えたら、なおさら苦難は忘れ去られてしまうからです。

    これを補うために必要なことが教育です。
    教育によって、過去の災害を忘れないようにする。
    どのようにして、どのような災害が起きたのか。
    そのとき、人々はどのようにして身を守り、互いに助け合ったのか。
    そのおかげでいまの命があることを、けっして忘れないためには、教育は不可欠の要素となりました。

    万葉集において、一般の庶民が歌を詠み、また文字を記したことが、世界の歴史では信じられない出来事であるがゆえに、昨今では日本人なのかどうかさえも疑わしい一部の学者のセンセイが、庶民が字を書けるはずがないから、庶民の歌とされているものは、貴族たちの贋作だ、などと証拠もないのにデタラメを述べていますが、そうした論説は、わが国が災害大国であるという事実を完全に見落としています。
    そういう馬鹿者が出ないようにするために、わが国では古来、学問を通じて、過去を忘れないという取り組みが行われてきたのです。
    学問は、わが国において、人々が生き残る上での必要条件であったのです。

    そして国をあらためて統一していこうということになったとき、中央の朝廷が、この学問を中心とした文化の担い手となっていくという選択が行われました。
    それまで、地方豪族ごとにバラバラだった神代文字を、あらためて神代文字を元にした漢字を用いることで、ひとつひとつの文字に、さまざまな意思を重ね合わせて、歌を詠む。
    この技術は、高い教養に裏付けられなければ、実現できないことです。
    そしてその高い教養を、中央の朝廷が中心となって担い、国司がその伝達者となることは、国司が地方の豪族や庶民教育の担い手になるということでもあります。
    つまり、国司は、単に国司というだけでなく、地域社会における師匠の役割をも持つようになるわけです。

    なかでも、とりわけ優秀な地方の国司の子女は、中央の朝廷に采女として採用になるということも行われました。
    そのなかで、よく知られているのが、源氏物語を書いた紫式部です。
    紫式部の父は、越後の国司で、これまたたいへんに優秀な人でした。

    こうしてわが国は、文化といざというときのための災害対策という二つの面から、国の統一を図りました。
    そしてそうすることでわが国は、征圧も虐殺も粛清もしないで、国を統一するということを、実現してきたのです。
    これは世界史的にみて、まさに稀有(けう)なことであったのです。
    つまり日本は「奇跡の国」です。

    お読みいただき、ありがとうございました。


    「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
    http://nezu621.blog7.fc2.com/

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