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あいちトリエンナーレのあの不愉快な展示の再開に大反対する!

 昨日からあいちトリエンナーレのあの不愉快な展示が再開されました。

 表現の自由を守るために、厳戒態勢で30人一組でたった60人が見ることができました。警備も厳重、報道陣もシャットアウト、日本の施設でここまで厳重に持ち物チェックするのは原子力発電所見学くらいではないでしょうか。

 この警備強化のための費用はどこから出ているのでしょうか。これもまた税金?

 表現の自由を標榜するなら、閲覧の自由もあるはず。

 なぜこんなに厳重な警備体制を敷いて、60人限定でするのでしょう?

 文化庁に続いて名古屋市も補助金の交付を見合わせています。大賛成です。

 表現の自由にもきちんと節度と礼節が必要です。天皇陛下に対するヘイトが含まれる展示が大多数の日本国民から許されるはずがありません。それを何をとち狂ったか大村知事は問題の本質を見極めないで自分の我を通しているとしか思えません。

 なぜこれだけの大きな問題になったかを整理しましょう。

 一番の問題点は昭和天皇のお写真を燃やすという不敬な作品が含まれていることに一番国民は腹を立てているのです。そしてそれが多額の税金を使って公共の場所で行われていることに猛烈に怒っているのです。

 もしこれが主催者が自分たちの費用で行っていることであれば、批判はしますが、こんなに大きな問題にはならなかったでしょう。

 それが多額の税金が使われていることです。

 これがこの問題の実相だと思います。

 何も表現の自由を侵害しているつもりはありません。ただ公金を使って国民が嫌がることをなぜするのかということです。

 その問題は何も触れないで、危険性がとか、安全性がといって勝手に中止したのです。

 私がもし愛知県民なら、すぐさま大村知事のリコールをかけるように運動を起こすでしょう。それほど日本国民にとって不愉快なものだからです。それをまた県が市が国が補助金を出すということは、不敬なものでも、芸術と称すれば問題ないということになるでしょう。

 そんなことは日本国民の一人として許すことはできません。

 芸術というものはいろんな定義があるでしょうが、その一つに「誰もが見ることができるもの」ということがあるでしょう。

 だから過激な性的な描写のあるポルノは青少年に有害なため、閲覧を規制されて、芸術とは呼びません。

 尊崇する人の写真を燃やすことは、大多数の日本人に許されない行為です。だからこれを芸術とは呼べないと思います。

 表現の自由が認められているなら、閲覧の自由もあるはずです。それも公金を投入して企画された展覧会ですから、すべての国民に見る権利があるはずです。

 それを県、主催者が国民の見る権利を規制しています。それこそ表現の自由を冒涜していることではないでしょうか。

 なぜ規制するのか?

 それは混乱を防ぐためです。

 その混乱はなぜ起きるのか?

 それは国民が怒っているからです。

 その怒っている内容に何も手を付けず、閲覧する自由を制限しながら、つまり見る方に不自由な思いをさせながら、再開するなんて愚の骨頂だと思いませんか。

 即刻中止を望みます!

 共同開催者でもある河村名古屋市長があれだけ反対しているのに、再会をするということはよほどの覚悟が大村愛知県知事にはあるのか、それもそれをしないとまずいという弱みを握られているのか、理解に苦しみます。

 ぜひ愛知県に即刻中止するように申し入れしましょう!


「井上政典のブログ」より転載
https://ameblo.jp/rekishinavi/

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