■連載一覧
  • 何処へゆく韓国 「親北反日」の迷路
  • 令和参院選 注目区を行く
  • 2019/7/18
  • 2019/7/11
  • 2016 世界はどう動く-識者に聞く
  • 戦後70年 識者は語る
  • 2015 世界はどう動く-識者に聞く
  • 2014 世界はどう動く
  • 2016/1/04
  • 2015/8/09
  • 2015/1/07
  • 2014/1/06
  • 香港憤激 一国二制度の危機
  • 香港・中国返還20年 「一国二制度」の前途
  • 台湾に吹いた蔡英文旋風
  • ルポ・政権交代の攻防 台湾総統選
  • 二極化する香港 識者インタビュー
  • 香港誌「前哨」編集長 劉達文氏に聞く
  • 「雨傘革命」下の香港 揺れる一国二制度の行方
  • 揺れる香港 各派リーダーに聞く
  • 香港の普選運動 親中派民間団体代表の見方
  • 2019/7/04
  • 2017/7/01
  • 2016/1/18
  • 2015/12/26
  • 2015/7/12
  • 2014/11/21
  • 2014/11/14
  • 2014/11/06
  • 2014/7/08
  • 中国「一帯一路」最前線 バルカンに吹く風
  • 危機のアジア 識者に聞く
  • 南シナ海 強まる中国支配 安保専門家に聞く
  • ドゥテルテ大統領就任から3カ月 どこへ向かう比政権
  • 香港「自治」の行方 識者に聞く
  • 中華圏に浸透する同性婚
  • 中台関係の行方
  • 日米同盟と台湾 海洋安全保障の展望
  • 蔡英文時代の台湾 本土派路線のビジョンと課題
  • ASEANの夜明け アジアハイウエー7000キロルポ
  • 緊張 南シナ海
  • 中央アジア胎動 中国「新シルクロード」と日本の戦略
  • “政熱経熱”の中韓
  • 新QDRと米中軍事バランス
  • 新グレートゲーム・幻想だった中国の平和的台頭
  • 新グレートゲーム・中国南進の海
  • 2018/8/20
  • 2018/1/04
  • 2017/7/26
  • 2016/9/21
  • 2016/8/17
  • 2016/7/26
  • 2016/6/03
  • 2016/5/31
  • 2016/5/19
  • 2016/3/22
  • 2015/11/18
  • 2015/10/14
  • 2015/9/07
  • 2014/3/31
  • 2014/2/14
  • 2013/4/18
  • ムスリム同胞団とアラブ モハメド・F・ファラハト氏に聞く
  • 多難な年明けのトルコ
  • EUと難民 UNHCRウィーン事務所報道官に聞く
  • ロシアのシリア内戦介入 アルアハラム財団事務局長に聞く
  • 2017/9/01
  • 2016/1/30
  • 2015/12/11
  • 2015/11/13
  • 大阪G20サミット焦点
  • 地方創生・少子化対策 首長は挑む
  • 新閣僚に聞く
  • 懸案にどう挑む 第4次安倍改造内閣
  • 「赤旗」役所内勧誘の実態
  • 憲法改正 私はこう考える
  • 衆院選大勝 安倍政権への提言
  • 2017衆院選 国難と選択
  • 新閣僚に聞く
  • 第3次改造内閣 信頼回復へ始動
  • ’17首都決戦
  • 施行から70年 憲法改正を問う
  • どうなる「民共協力」 27回共産党大会の焦点
  • 蓮舫民進 疑問の船出
  • 新閣僚に聞く
  • 「立憲主義」について
  • 再改造内閣 始動
  • 安倍政権 新たな挑戦
  • 16参院選 注目区を行く
  • 伊勢志摩サミット
  • 憲法改正 ここが焦点
  • 筆坂元日本共産党ナンバー3と田村自民党政務調査会審議役が対談
  • 第3次安倍改造内閣スタート
  • 詳解 集団的自衛権 安保法制案の合憲性
  • 衆院選 自公圧勝 ~課題と展望~
  • ’14衆院選 注目区を行く
  • 第2次安倍改造内閣スタート
  • 日米首脳会談 成果と課題
  • 2019/6/24
  • 2019/6/12
  • 2018/10/25
  • 2018/10/04
  • 2018/3/30
  • 2018/2/15
  • 2017/10/25
  • 2017/10/16
  • 2017/9/07
  • 2017/8/06
  • 2017/6/27
  • 2017/4/26
  • 2017/1/09
  • 2016/9/17
  • 2016/9/02
  • 2016/8/22
  • 2016/8/04
  • 2016/7/12
  • 2016/6/30
  • 2016/5/23
  • 2016/4/25
  • 2016/4/04
  • 2015/10/08
  • 2015/8/06
  • 2014/12/16
  • 2014/12/07
  • 2014/9/05
  • 2014/4/26
  • '18沖縄県知事選ルポ
  • 歪められた沖縄戦史 慶良間諸島「集団自決」の真実
  • 国防最前線・南西諸島はいま 第2部 自衛隊配備へ動く石垣島
  • 国防最前線・南西諸島はいま 第1部 与那国島・陸自駐屯地
  • 激震・翁長県政 「オール沖縄」の凋落
  • 普天間基地移設 経緯の検証と提言
  • 「援護法」に隠された沖縄戦の真実
  • 2018/9/25
  • 2018/4/07
  • 2016/10/31
  • 2016/10/12
  • 2016/1/26
  • 2015/10/01
  • 2013/7/08
  • 金正恩体制を斬る 太永浩・元駐英北朝鮮公使に聞く
  • 迷走する北非核化
  • 平壌共同宣言の波紋
  • どうなる米朝首脳会談
  • 検証 南北首脳会談
  • どう見る北の脅威
  • 北暴走 揺れる韓国
  • どう見る北の脅威
  • 北朝鮮 制裁の現実
  • どう対処 北の脅威 米有識者に聞く
  • 9年ぶり左派政権 文在寅大統領の韓国
  • 弾劾の波紋 漂流する韓国政治
  • 検証・金正恩統治5年
  • どこへ行く混迷・韓国 国政介入事件の深層
  • どう見る金正恩体制 日韓専門家対談
  • 迎撃ミサイル配備 韓国の決断
  • 3代世襲“完成” 北朝鮮第7回党大会
  • 検証 元料理人 藤本氏の再訪朝
  • 韓国総選挙ショック
  • 日韓国交正常化50年 識者に聞く
  • どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年
  • 日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて
  • 張成沢氏失脚 北で何が起きたか
  • 2019/2/19
  • 2018/12/26
  • 2018/9/26
  • 2018/5/23
  • 2018/5/01
  • 2018/2/13
  • 2017/9/21
  • 2017/9/19
  • 2017/6/26
  • 2017/5/17
  • 2017/5/11
  • 2017/3/15
  • 2016/12/27
  • 2016/12/05
  • 2016/8/24
  • 2016/7/20
  • 2016/5/10
  • 2016/4/29
  • 2016/4/15
  • 2015/6/22
  • 2015/5/11
  • 2015/2/05
  • 2013/12/10
  • 待ったなし地球温暖化対策
  • 環境先進国フランスの挑戦
  • 迫る気候変動の脅威 どうする大災害への備え
  • 2016/1/02
  • 2015/10/07
  • 2015/9/21
  • 米中新冷戦 第2部 中国・覇権への野望
  • 米中新冷戦 第1部「幻想」から覚めた米国
  • 検証’18米中間選挙
  • 米国の分断 第3部 「自虐主義」の源流
  • 米国の分断 第2部 反米・容共の風潮
  • 米国の分断 第1部 断罪される偉人たち
  • 「米国第一」を問う トランプを動かす世界観
  • トランプのアメリカ 就任から1年
  • トランプVSリベラル・メディア
  • 「情報戦争」時代と米国
  • 米軍再建への課題-元上級将校の提言
  • トランプ政権始動
  • トランプ大統領の衝撃 米国と世界はどこに向かう
  • トランプvsヒラリー 米大統領選まで1カ月
  • オバマのLGBT外交 米国と途上国の「文化戦争」
  • トランプVSヒラリー 米大統領選まで3カ月
  • オバマ外交と次期米大統領の課題
  • 2016年米大統領選まで1年
  • 再考 オバマの世界観
  • オバマの対宗教戦争・第1部
  • オバマの対宗教戦争・第2部
  • 2019/1/16
  • 2019/1/07
  • 2018/11/11
  • 2018/10/15
  • 2018/7/18
  • 2018/5/08
  • 2018/3/12
  • 2018/1/18
  • 2017/12/21
  • 2017/4/03
  • 2017/2/28
  • 2017/1/22
  • 2016/11/11
  • 2016/10/08
  • 2016/9/26
  • 2016/8/06
  • 2016/6/14
  • 2015/11/08
  • 2015/7/06
  • 2013/8/05
  • 2013/9/30
  • JAXA宇宙探査計画
  • 2015/12/24
  • 堂本かおる
    堂本かおる
    ニューヨーク在住フリーランスライター
    菊田 均
    菊田 均
    文芸評論家
    松本 健一
    松本 健一
    評論家
    中岡 弘
    中岡 弘
    著述家
    大島 直行
    大島 直行
    伊達市噴火湾文化研究所長
    時広 真吾
    時広 真吾
    舞台演出家
    渡辺 久義
    渡辺 久義
    京都大学名誉教授

    シルクロードはジャパンロード

    シルクロードと聞くと、NHKの『シルクロード紀行』を思い出して、砂漠を旅する壮大なロマンを感じられる方が多いと思います。
    なんといっても音楽が喜多郎。
    ゆったりとした癒し系のリズムで、壮大な景色を見せられると、もとより自然の大好きな日本人は、それだけでうっとりしてしまう。

    ところがこのシルクロード、名前の命名はフェルディナント・フォン・リヒトホーフェン男爵(Ferdinand Freiherr von Richthofen)という19世紀のドイツの地理学者で、著書の『中国(China, Ergebnisse eigener Reisen und darauf gegründeter Studien)』という全5巻の本の第1巻(1877年出版)の中で「Seidenstrassen」と命名したのがはじまりです。
    それまでは、そんな名前はなかったのです。

    ではフェルディナントがどうしてシルクロード(絹の道)と命名したかというと、ササン朝ペルシャを出発して唐の長安に至る交易を考えたとき、ペルシャの側には壺やガラス製の器機、絨毯など、さまざまな産物があるのに対し、唐の長安には、産物らしい産物がないのです。
    あるものといえば、山くるみ、スキ餅、金華ハム、鴨の醤油漬け、木彫り、石彫り、茶、紹興酒くらいです。

    くるみや餅やハムは、長期間を要する旅で運ぶには適さないし、木彫りや石彫ならペルシャの方が技術が上です。
    要するに圧倒的な当時の最先端物産を持つペルシャに対し、唐の側には、それに応ずるだけの産物がない。
    そこでやむなく、上海にまで足を伸ばして、上海にほど近い杭州のシルクが、絹織物としてペルシャで珍重されたのではないかと推測して、付いた名前が「シルクロード」です。

    もっとも、ペルシャがいまなお誇るペルシャ絨毯は、やはり素材に絹が多く使われています。
    その絹は、いまのイランのカシャーンのあたりが大産地なので、これまた実は唐から絹を輸入する必要がない。
    このように考えると、ペルシャの商人たちが、わざわざ遠く唐の長安まで出かけていく理由がなにもないのです。

    これについて、長安が当時人口200万を要する世界最大の都市だったからだ、という説がありますが、これまたかなり嘘くさいものです。なぜなら長安がそれほどの人口を擁した古代の大都市であったとは、どうにも考えにくいからです。
    実際、長安の都市図は、さまざまなところで紹介されていますが、その規模は、誰がどうみても200万の人口を擁する町に見えません。

    600

    そもそも当時の食糧生産力から考えて、長安の周辺で200万人分の食料を生産することは不可能です。
    それにこの時代、唐の国全体の人口でさえ、たったの5000万人です。
    現代Chinaの人口は13億3972万人(2010年)なのだそうですが、昔の長安、いまの西安の人口は987万人です。
    比率がいまも昔も変わっていないとすれば、唐の時代の長安の人口は最盛期でもようやく40万人程度です。
    Chinaは白髭三千丈の国で、だいたい半値八掛五割引すると実数になるという特徴がありますが、200万を半値八掛五割引すると、まさにぴったり40万になります。

    ちなみに下の図は奈良の都の復元図です。
    往年の奈良の都の人口は20万人。
    20万人でも、この規模になるという見本です。

    500

    奈良の都・奈良市市役所にある復元模型

    長安は、唐の全盛期には人口200万を擁したが、その後、唐が衰退すると人口は元の20万に戻った・・・などと説明されていますが、そうではなくて、そもそも人口が最初からずっと20万であり、都が置かれた唐の時代の最盛期がおそらく倍の40万といったところなのではないでしょうか。

    いずれにしても、単に人口が多いだけの政治都市ならば、世界中、他にいくらでもあったわけで、やはりペルシャ商人たちにとって何の魅力もありません。
    ところが、ペルシャからやってくるシルクロード商人というものが、実在したことはたしかなことです。
    その事実は、我が国の正倉院の宝物などでも証明されています。
    では、ペルシャ商人たちは「どこを目当てに、どうして、どうやって」やってきたのでしょうか。

    自動車や航空機のなかった時代のことです。
    荷物を持った人の移動に際しては、川を使うのが、もっとも適していることは、あたりまえのように理解できることです。
    そしてこの時代のペルシャは、ササン朝ペルシャの時代で、その領土はいまのトルコからイラン、アフガニスタンに至る広大な地域でした。
    その東の外れにあるのがインダス川です。
    そしてインダス川をさかのぼれば、ガンダーラを経由して、パミールやカシュガルに至り、そこからタリム盆地の砂漠地帯を避けてオアシス沿いに北上すると、キルギスのイシク・クル湖に到達します。

    そこからバイカル湖方面に抜けて、川を下って渤海国に入るとウラジオストックに抜けることができます。

    ウラジオストックは、昔は東京龍原府と呼ばれていたのですが、そこまで商品を運んでくると、日本から来た商人たちが金(Gold)と商品を交換してくれたのです。
    日本では、東北地方はお米が取りにくい。
    けれども税は、租庸調で、米か布か、その他金属類です。

    貨幣経済はまだ銅銭が出たばかり。まだまだ物々交換が主流の時代です。
    金(Gold)も、いまほどの交換価値を持ちません。

    その金が、東北地方ではたくさん産出しました。
    地元の人たちにしてみれば、川の水をすくえばいくらでも採れる、ただの金色をしたきれいな砂粒、あるいは山の鉱物に混じった金色の帯でしかありません。

    ところがその砂や石を東京龍原府に持っていくと、ペルシャの商人たちが大喜びして貴重なガラス製品などと交換してくれます。
    そしてペルシャ製品を貴族に献上すると、これがまたたいへんによろこばれ、税の免除などをしてもらえる。
    東北地方はお米が取れないから、これは本当に助かることだったのです。

    一方、ペルシャでは、砂漠に自然現象によってできたガラスの塊(かたまり)が、あちこちに転がっています。
    ガラスは、少し熱を加えるだけでいろいろな形に変形させることができるものですから、これを様々な形にした食器や壺やお皿が普及しました。

    つまりそれは、砂漠の民であるペルシャの人たちにとって、簡単に原始取得(元手をかけずに自然から入手できるもの)できるガラスを用いた二次加工品であったわけです。
    ガラスが石英などの鉱物を加工して人工的に作られるようになるのは、もっとずっとあとの時代のことです。
    そして砂漠がない日本には、ガラスはありませんし、当然、ガラス製品もありません。

    代わりに日本では、山で餅鉄(もちてつ)が手に入りました。
    これは山の鉄鉱石が、山火事などで溶け出して固まったもので、これを利用して古来さまざまな鉄器が作られるようになりました。その代表格が日本刀です。
    同様に日本では、特に東北地方において、川の水をザルですくえば、金色の砂(砂金)がいくらでも手に入りました。山に行けば、金色の層(純金)を持った岩石がいくらでも手に入りました。
    これはいまで言うならば、たとえば河川の上流に行けば、川底に丸いきれいな石がいっぱい転がっていますが、その石が海外ではひとつ10万円化けるようなものです。
    要するにペルシャでは原始取得のガラスがいくらでも手に入り、日本では原始取得の金(Gold)がいくらでも手に入ったわけです。

    いくらでも手に入るモノというのは、その土地の人たちにとっては二束三文の品でしかありません。
    けれど、地球の反対側の人たちにとっては、それはものすごく貴重なものです。
    まさにWin-Winの関係です。おかげでシルクロード商人たちは列をなしてやってくるし、日本国内では金が大量に掘られることになる。
    そして窓口のなっている渤海国は、濡れ手に粟で大儲け、となりました。
    もっとも濡れ手に粟の渤海国は、あまりに経済成長いちじるしかったため、奥地にいる契丹にヤキモチをやかれて、契丹によって滅ぼされてしまいます。

    はるばるペルシャからやってきた商品は、貴族たちに献上され、貴族はまた天皇に献上しました。
    そして当時の品々は、いまも国宝として正倉院に大切に保存されています。

    以上は、従来唱えられてきた説とだいぶ異なります。
    しかし「シルクロードはペルシャから唐に至る交易の道」という固定概念を外してみると、なんとシルクロードと呼ばれていた交易路は、なんと「ジャパンロード」と呼んだほうがはるかにふさわしい路であったことが見えてきます。

    歴史は、過去の出来事を合理的かつ客観的、論理的にストーリーにしていく学問です。
    つまり、考える楽しみのある学問分野なのであって、単なる暗記科目では本来ありません。
    学問は、本来自由であるべきものです。
    私は常に自由でありたい。そのように思っています。

    お読みいただき、ありがとうございました。


    「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
    http://nezu621.blog7.fc2.com/

    1

    コメント

    コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。