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仁徳天皇陵を私物化する堺市の利己主義

■世界遺産で喜ぶ

 仁徳天皇陵を含む古墳群が世界遺産に指定された。陵墓が世界遺産に指定されたことで、堺市は喜びに沸いた。堺市は喜びに沸いているが、彼らは日本人としての魂を何処へ売り渡したのか疑問。金のために人権の源すら売り渡す行為は軽蔑に値する。

■人権の源

 日本では天皇陛下は日本人の人権の源。天皇陛下の御地位は日本国であり生きる国家。天皇陛下になることは人間から国家である日本国になることを意味しています。国家が国民に人権を与えるから、天皇陛下は人権の源なのです。

 天皇の御地位は日本の権威であり神々に祈る神官。天皇の御役目は、御先祖様である神々に民の安寧を願う。そして天皇が災いを吸収し民に災いが及ばない様に願うフイルターの役目。これが歴代天皇の御地位と御役目。

 国家が消滅すれば国民は無人権になる。日本人は初代天皇から今上天皇まで人権の源。日本は初代天皇である神武天皇から大和王朝として継続している。だから日本人は歴代天皇から人権を与えられ生きています。

「天皇陛下は神聖にして侵すべからず」

 だから天皇陛下は神聖なのです。仁徳天皇も日本人の人権の源だった。仁徳天皇も災いが吸収し、民に災いが及ばない様に願うフイルターの役目を受け入れた。

■権威と権力

 日本では権威と権力は別れている。日本の権威は天皇陛下であり人権の源。日本の所有者は天皇陛下ですが、日本の管理権を民側に委任しています。だから古代から日本は、民が権力を運営していました。

権威:天皇陛下
権力:公家・武士・首相

 権威と権力を分離し、民が天皇陛下から日本の管理権を委任されています。そして民が日本の権力を持ち運営していました。これは戦国時代でも変わりません。戦国武将は天皇家から日本の所有権を奪い合ったのではなく、日本の管理権を奪い合いました。そして管理権を多く獲得した戦国武将は、時の天皇陛下の元へ行き、日本を管理する征夷大将軍の地位を与えられました。

 堺市は戦国武将でもしない悪事を行ったことになる。日本の所有者は天皇陛下であり、堺市は土地の管理権を委任されている。堺市は管理権を超えて所有権を天皇陛下から奪ったのです。

■人権の源を軽んじる堺市

 仁徳天皇は過去の人権の源。現代を生きる日本人の御先祖様の人権の源だった。これは堺市の民も同じ。だが堺市の民は、今を生きている理由を理解していない。今自分たちが生きているのは御先祖様のお陰。御先祖様が代々生きたお陰で今の自分がいることを忘れている。

 仁徳天皇が人権の源だったから御先祖様が生きていることを忘れている。もしくは理解できないのだろう。堺市の民は恩義・礼儀を捨て、金銭欲を追求した浅ましき民に堕ちた。

利他的:見返りを求めない愛・創造・家族関係。
利己的:見返りを求める愛・殺人か自殺による破壊・契約と金銭関係。

武士:暴力の善用(正義に力を与えよ)・暴力で弱者を護る
雑兵:暴力の悪用(力に正義を与えよ)・暴力で弱者を食い物にする

 日本人は利他的と利己的に価値観を分けて生きた。その帰結として武士と雑兵に分けた。これは日本人の美意識として代々受け継がれた。

 利他的は家族主義。親兄弟に契約関係は無く、見返りを求めない愛で形成される。だが利己的に生きると契約関係になる。利他的な考え方は見返りを求める自己愛。自分が欲しい者(物)を手に入れるために他人から奪ってでも手に入れる自己愛。

 利他的な人間は自己愛の権化だから金銭欲を優先する。そのため他人の所有物でも売り物にして金を手に入れる。手に入らないなら殺してでも手に入れる。追い詰められたら苦しみから解放される目的で自殺を選ぶ。だから利他的な考えの行き着く先は社会破壊。

 武士は暴力の善用であり暴力を用いて弱者を護る。だから武士は社会的地位を得た。それに対して雑兵は暴力の悪用。雑兵は暴力を用いて弱者を食い物にする。だから雑兵は強くても社会的地位を失った。これが日本人の美意識。

■私物化を喜ぶ堺市の民

 日本は初代天皇から今上天皇まで大和王朝が継続中。大和王朝は男系男子の皇統を今も継続しています。だから日本各地の陵墓は大和王朝の一部。そして歴代天皇の一部。

 だが堺市の民は他人の所有物を私物化して利益を得る道を選んだ。仁徳天皇陵は墓であり他人の所有物。仁徳天皇陵は天皇家の墓であり大和王朝の所有物。堺市の民はこのことを無視して金儲けを選んだ浅ましき守銭奴。

人間としての条件
 制限の範囲内の自由:人間・個人主義
 無制限の自由   :獣・利己主義

社会
 制限の範囲内の自由を選んだ人間同士の共同体。

政治
 個人の利益よりも全体の利益を優先した多数決が民主主義。

 民主主義は、「制限された範囲内の自由」で生きる個人主義。個人主義で生きる者同士が集まり共同体を作る。その結果、「個人の利益よりも全体の利益を優先した多数決が民主主義」になる。

 だが堺市の民は異なる。堺市の民は、「個人の利益を全体の利益」にすり替え、「多数決が民主主義」に落とした。多数決だから民主主義ではない。このことを無視し個人の利益を追求した。

 この原因は「制限された範囲内の自由」を捨て、「無制限の自由」を選んだ獣である利己主義の考え方。利己主義で生きる獣が集まり共同体にした。利己主義の共同体は、「個人の利益を全体の利益を優先した多数決は民主主義」にした。だから堺市は仁徳天皇陵を私物化出来たのだ。

■名誉・廉恥を捨てた民

 基本的人権の前提には、動物から人間になるための心の条件が必要。動物と人間が異なるのは、「公正」・「名誉(廉恥)」・「博愛」を持つからだ。名誉とは廉恥であり恥を知る価値観。名誉は他人に恥をかかせて侮辱しないことであり、自分が恥をかかないことを意味する。

 仁徳天皇陵は他人の所有物だから、他人から奪うことで名誉を奪う行為。堺市は天皇家から仁徳天皇陵を奪い天皇家の名誉を奪った。同時に恥をかくことを捨てた。堺市の民は名誉を奪う民として軽蔑されるだろう。

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