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  • 堂本かおる
    堂本かおる
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    菊田 均
    菊田 均
    文芸評論家
    松本 健一
    松本 健一
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    中岡 弘
    中岡 弘
    著述家
    大島 直行
    大島 直行
    伊達市噴火湾文化研究所長
    時広 真吾
    時広 真吾
    舞台演出家
    渡辺 久義
    渡辺 久義
    京都大学名誉教授

    着物と呉服の違いとは

    600

    和服のことを「呉服(ごふく)」とか「着物」といいますが、どちらが正しいのでしょうか。
    古代の日本には文明も着るものさえなく、魏蜀呉の三国志の時代に孫権率いる「呉の国」から着衣の文化が伝わったから「呉服」なのだなどという、まことしやかな嘘がまかり通ったりしていますが、もちろんそのようなことはありません。
    日本は魏蜀呉の三国時代などよりもはるか数千年の昔から、布の衣装を着ていたことは、ちゃんと遺跡が考古学的に証明しています。

    さて、「呉」という字は、訓読みが「くる(繰る)、くれ(繰れ)」ですが、糸を繰って織った布地を使った衣服のことを、もともとの大和言葉で「くれはたおり」、または「くるはたおり」といっていたのです。
    その「はたおり」が長い時代のなかで言葉が常識化し短縮されて、「はとり」となりました。
    「はとり」は、服を織(お)る人たち、つまり「部(べ)」ですから、ここから「はとりべ」という単語が生まれ、短縮されて「はっとり」となり、この意味をあらわす漢字として「服部(はたおりべ)」が用いられるようになりました。

    そして「糸を繰って」つくった布で服を織ったもののことを「くるはた」または「くれはた」と読んだことから、後から漢字で同音の「呉(くれ)」が用いられるようになり、そこから「呉(く)れ服(はた)」と書くようになり、これを音読みして「ごふく」と呼ぶようになったわけです。
    こうして「はたおり」で作られた着物のことを「呉服(ごふく)」と呼ぶようになりました。

    そもそもChinaの「呉」の国は、孫権が打ち立てた国ですけれど、この国は西暦229年に成立し、西暦280年には西晋によって滅亡させられています。
    つまり、呉が国家を営んでいたのは、わずか51年のことでしかありません。

    そしてこの時代に、魏志倭人伝が書かれたことに明らかなように、日本(当時は倭国)は、呉とは敵対している魏とむしろ仲が良く、逆にいえば、呉は敵国の範疇ですから、この時代に日本が「呉の衣装の影響を受けた」というのは、いまいち考えにくいことなのです。

    これは現代にも通じることですが、被服などの習慣は、文化的優位性のある国や地域から、遅れた国へと伝播するものであって、その逆はありません。
    逆が起こる・・・つまり文化の遅れた国から、文化の進んだ国へと伝播するのは、スラングや暴力、隠語や売春など、風俗や暴力、つまり裏世界に関することに限られます。

    早い話、英国が七つの海を制したから、世界のビジネスマンの衣装は英国風背広とネクタイになったわけです。
    あるいは、文化的先進国とみなされた英国からやってきたツイギーがミニスカートだったから、日本中でミニスカートが流行ったのです。

    では、この時代、呉は、それだけ進んだ文化を持った偉大な国とみなされていたのでしょうか。

    そもそも魏蜀呉の三国が鼎立(ていりつ)していたころ、なぜか魏の曹操だけが、憎らしいくらいに強い宰相であり、魏は軍事大国として描かれているのは皆様御存知のとおりです。
    まさに事実はそのような状況であったのですが、魏がどうしてそんなに強かったのかというと、魏の後方には、倭国という技術大国があったからです。

    魏は、倭国との交易のために、わざわざいまの平壌に楽浪郡庁を置き、次いでいまの漢城に帯方郡という郡庁を置いています。
    理由は、倭国との交易を盛んに行うためです。
    ではそれが何のためだったのかといえば、倭人たちは質の良い鉄を作っていたからです。

    三国志の時代は、Chinaはまだ青銅器の時代です。
    その青銅器の時代に、鉄製の武器を持てば、その軍団は世界最強です。
    なにせ青銅器の盾は、鉄の剣や槍(やり)で簡単に断ち割ったり、突き通すことができたのです。
    だから曹操は強かったのです。

    そして魏と国交を持つ倭国からしてみれば、わざわざ遅れた国である呉とこの時代に付き合う理由はありませんし、呉人の衣装を「かっこいい!」と真似る必要も理由もありません。

    要するに「呉服」というのは、呉の国から渡ってきたから「呉服」というのではなくて、もともと「繰れ織(くれはた)」に「呉(くる)服」という漢字を当てただけのことで、実は呉服と呉の衣装とは、何ら関係などありません。

    ちなみに、もともとは単に機織りして作った布で出来た衣装のことを呉服と言ったのに、これが「ごふく」と呼ばれ、なんとなく海の向こうからやってきた服装のようなイメージで受け取られるようになったことには、歌舞伎が影響しています。

    江戸時代のはじめに、派手な衣装を付けた歌舞伎者たちが三国志演義の上演をして、これがたいへんな人気となったのです。
    日本人はもともと洋モノが好きなことに加えて、なにせ歌舞伎の衣装は派手で恰好いい。

    ちなみに史書である三国志と、三国志演義は実は中身はまったくの別物で、演義の方は、なるほど史書の三国志をモチーフにしているものの、桃園の誓いとか義兄弟の契りとか、いわばひと昔前の任侠ものの映画みたいなもので、義理と人情と恋と喧嘩と、弱い正義が強大な悪に最後は必ず勝つという創作ドラマです。
    そして江戸時代の初期の歌舞伎は、実は歌舞妓と「女偏」であったくらいで、出雲の阿国(おくに)の時代から、いまの宝塚劇団さながらに、女性が演じる舞台でした。

    女性歌舞妓ですから、衣装も派手だし、物語は勇壮な三国志演義です。
    関羽も張飛も、着飾った美しい女性たちが演じるわけですから、これが人気が出ないはずがありません。
    まして江戸時代にはいって世は平和となり、戦乱で壊れた建物などの建設需要が増して世はまさに好景気。
    河原に舞台小屋が建てば、そこは行列をなす客の入りようとなりました。

    役者さんたちは、まさに1日に千両稼ぐ、文字通りの千両役者となるのですが、そうなると千両箱を積み上げてでも、そんな女性の役者さんと一夜をともにしたいというおじさんも現れるわけで、いきおい風紀を乱すもととなりました。

    そこで幕府が行ったのが、女歌舞妓の禁止です。
    こうなると、女性は舞台に立てませんから、仕方がない、男性ばかりで舞台を行うようになりました。
    ところが役によっては女性役も必要になるわけです。
    そこで誕生したのが女形で、また歌舞妓も、国字で「伎」という字がわざわざ作られて、歌舞伎と書かれるようになりました。

    ちなみにこの女形、今度はご婦人方に大人気となり、歌舞伎はふたたび興隆してまたまた千両役者が登場します。
    基本、ドラマや映画のように、人が何かを演じるという舞台は、これは万国共通で人気になるものです。

    一方、出雲の阿国に代表される役者さんたちは、男女とも派手な衣装に身を包んだわけですが、これが関ヶ原以降に生まれた新たな幕府という権威に歯向かうような一種の爽快感をもって庶民感情を刺激して大ヒットします。
    同じ着物でも、役者のようなかっこいい着物、流行の最先端のモテ系の着物を扱うお店が、三国志人気にあやかっって、呉服屋を名乗るようになります。

    いまでも原宿や青山あたりに、派手な最先端のファッション店がたくさんありますが、江戸のはじめころのああいった派手系のお店が、呉服屋を名乗っていたわけです。

    要するに、呉服は、もともとは単に「繰って織った布で出来た服」を指す言葉を意味したし、着物は単に「着るもの」を意味した言葉だったのだけれど、江戸のはじめの歌舞伎と三国志演義の出しものの影響で、呉服がなんとなく、海外のモノをイメージする着物の最先端ファッションを意味する一般名詞へと変化し、これが時を経て、江戸の末期には、着物全般を意味する言葉へと変化していったわけです。

    ところが幕末から明治にかけて、西洋から男物は筒袖にももひき姿の衣装、女物はすその広がったスカートの衣装が入ってきます。
    さらに明治政府は、文明開化のために洋装を奨励しました。

    このため、従来の被服が和服、西洋風の被服が洋服と分けて呼ばれるようになったのですが、このとき、もともとあった呉服や着物という名称もそのまま生き残りました。

    さてその和服、戦後洋装化に拍車がかかったために、いまや和服は絶滅危惧種になりつつあります。
    けれど、着たらわかりますが、自然と姿勢が保たれ、また、夏の暑いときには、人は脇の下にびっしょり汗をかきますけれど、和服はそこが空いているわけです。
    やはり、高温多湿の日本の気候にあっているというか、夏、和服は意外と涼しいし、冬は温かいものです。

    ところが近年職人さんがみなさん高齢化し、実はあと30年もしないうちに、呉服の柄を書ける日本人の職人さんが絶えてしまいそうな危機にあります。

    理由のひとつが、近年の中国柄です。
    日本の職人さんに、絵柄を描いてもらうと値段が 高いのでと、Chinaに行って、Chineseの絵描きさんに柄を描いてもらう。

    ところが、やはり日本人とChineseの感性の違いで、色使や絵柄から、日本人の職人さんの描く、やさしさやすなおさが消え失せ、派手で手抜きの電飾のようなケバケバしさだけの絵柄となってしまいます。
    China柄やChina染は、伝統的な和服の控え目でいるようでいて、精緻でキメの細かな和服の熟練の美しさがなかなか出ません。

    近年、日本の伝統文化が次々と失われています。
    しかし、文化の継承、技術の継承こそが、新たな文化や技術を開くのです。
    文化も技術も持たずに、ただ目先の利益に飛びつくことが、いかに脆弱なものかは、お隣の国を見ればあまりに明らかです。

    そうそう。
    着物といえば、扇子が定番の小物ですが、その扇子も近年ではChina産の安い扇子が出回っているだけでなく、ある程度の高級扇でも、骨になる竹材がChina産の竹が用いられています。
    ところが浅草にある文扇堂というお店ででは、製法が昔ながらというだけでなく、骨の竹材も国産の竹を使っています。
    愛用させていただいていますが、おかげで扇子を閉じるとき、パチンという小気味良い音がしてたいへん気に入っています。
    製法も材料も、国産のものは、やはりちょっと違います。

    ※このお話は2016年6月の記事のリニューアルです。
    お読みいただき、ありがとうございました。


    「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
    http://nezu621.blog7.fc2.com/

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