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対馬と壱岐の基地化が必要だ

■不安定な朝鮮半島

 アメリカが在韓米軍を置いていることで朝鮮半島の軍事バランスは維持されている。だが在韓米軍を撤退させれば、アメリカの国防線は朝鮮半島から日本に移動する。米韓軍事演習を廃止すれば軍隊の練度が低下する。

 このようなことは朝鮮半島情勢を不安定にするので、日本の国防はアメリカ依存から抜け出す必要が出ている。今から備えなければ日本国民を戦争の惨禍から守れない。

■対馬と壱岐は要衝

 対馬海峡は要衝であり、経済用の貿易航路と軍事作戦用の緊要地形の一つ。対馬と壱岐は2000年以上も前から日本と大陸を結ぶ重要な拠点だった。中継地点は貿易だけではなく軍事作戦でも使われる。

 元寇襲来(1274年と1281年)の時に対馬と壱岐は中継地点に使われた。軍事作戦を行うなら物資を戦場近くに集め、ピストン輸送するのが基本。これは紀元前の世界から現代まで変わらない。対馬と壱岐は、それだけ重要な場所存在する。

■対馬と壱岐の悲劇

 対馬と壱岐は緊要地形に存在するため、元寇襲来時に中継地点に使われた。これは対馬と壱岐の悲劇を歴史に残している。武士は元寇と戦うも多勢に無勢。島民は戦火に巻き込まれ苦しんだ。

■古代の日本は戦略が有った

 今から2000年以上前の日本は三島水軍を用いて大陸と貿易していた。愛媛県松山市道後にある湯築城跡から当時の大陸からの品物が出土している。その時代は対馬と壱岐を基地化。さらに韓国南端に任那を置き大陸への橋頭堡にしていた。神話である古事記の記述では、当時の日本の覇権は現在の38度線まで及んでいたようだ。

 現代海軍戦略を基準にしても、古代日本は戦略を持っていたことが伺える。もっとも戦略の根幹は3000年前から不変。だから戦略があれば対馬と壱岐に軍事基地を置き、大陸への干渉と関与ができるようにするはず。

■失われた戦略

 古代日本には戦略があったが白村江の戦い(663年)で敗北。三島水軍の損害率は50%と推測され、これ以後三島水軍は海外遠征能力を失うことになる。同時に任那も歴史から消え、日本は大陸に対する干渉と関与ができないまで戦略を失う。

 白村江の戦いの敗北は日本が戦略を失う転換期だった。人的損害は戦略を知る人材を失うことを意味し、これ以後の日本は戦略なき軍事になり、元寇襲来で悲劇を歴史に残すことになる。

■海軍戦略

 日本は白村江の戦い以後、戦略を持たない国になった。これが常態化した結果、対馬と壱岐の悲劇を生み、そして第二次世界大戦で悲劇を生んだ。日本は古代日本が持っていた戦略を復活しなければならない。

海軍戦略=艦隊+基地ネットワーク
海洋戦略=目的(制海権の獲得)・手段(敵艦隊+敵基地ネットワークの破壊)・方法(艦隊と基地ネットワークの造成)

制海権=艦隊+基地ネットワークの継続利用。

■対馬と壱岐の基地化

 九州北部の軍事強化は当然だが、対馬と壱岐を基地化して相互支援できるようにしなければならない。これにより朝鮮半島の有事に備えることと、大陸からの軍事侵攻に備えることが可能。

 対馬と壱岐の基地化は在韓米軍撤退が実現すると重要性を増す。何故なら在韓米軍撤退は、アメリカの国防線が台湾・日本のラインまで下がる。これはアメリカが想定する戦場が、朝鮮半島から台湾・日本のラインになることを意味する。その最前線になるのは対馬と壱岐。だから対馬と壱岐の基地化は必要なのだ。

■日本の国防

 本来は日本単独で対馬と壱岐を基地化しているのが普通。だが日本はアメリカの軍事戦略に依存している。日本は在韓米軍と在日米軍の軍事展開で国防が成り立つだけで、在韓米軍撤退だけで日本の国防は効力を失う。

 だからこそ対馬と壱岐は古代から現代まで重要な島。対馬と壱岐が外国軍に占領されると日本への侵攻は容易になる。これを阻止するには、今から対馬と壱岐を基地化して備えなければならない。

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