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どこまで行くのLGBT?

 フランスでびっくりするような法律が可決されたそうです。

 それは、公立学校の家族欄に「父」とか「母」という言葉をなくして「保護者1」「保護者2」と書くように改めるという法律です。

 フランスでは2013年に同性婚が法律で認められており、その次の措置です。

 新しい命を産み、育む家庭が無くなりつつあります。これでいいのでしょうか?

 今の私の極上の喜びは孫たちとの時間を過ごすことです。

 一昨日も、6歳の孫1号が自転車の補助輪を自ら外したいと言ってきたので、自転車屋さんに連れていきました。聞けば、保育園のお友達が補助輪を外して乗り始めたそうで、自分も挑戦してみる気になったそうです。

 何度か、外そうかと話を持ち掛けたのですが、まだ「怖い」といって応じてきませんでした。外は寒いし、もう少し暖かくなってからと思っていましたが、日曜日がちょうどいい天気だったのです。

 東京で原子力関係の勉強会に出席して昼に帰ってくると、孫1号3号4号がそろって空港で待っていてくれました。

 大きな声でジィジと叫び、飛びついてくれた時は涙が出るほどうれしかったのです。幸福感絶頂です。

 家に帰り、孫1号に自転車屋さんに行こうというと、「うん!」ととびっきり嬉しそうな顔をしてまた抱き着いてきました。

 最近は、この1号がキス魔になっており、事あるごとに私にキスをしてくれます。喜ぶとしてくれなくなるので、敢えて嫌がっているふりをするとまた面白がってキスをしてくれます。

 車に自転車を乗せて、お店でスタンドに付け替えてもらっている時にヘルメットが欲しいと言い出し、紫色のしゃれたヘルメットを買ってあげました。やはりそこは女の子です。

 公園で後ろから支えて一緒に走るとあれよあれよという間に乗りこなしていました。

 これも子供が成長するときの一コマだなと感慨にふけっていましたが、ふと振り返ってみると自分の三人の子供の時にはそれをした覚えがありません。仕事が忙しく、いつの間にかみんな自転車に乗れるようになっていました。

 やはり時間に余裕のある孫育ては子育ての新しい発見ができるものです。

 長々とジジバカぶりを書いてきましたが、この充実した幸福感を味わうことのできない人たちはかわいそうだと勝手に思っています。

 これは自分の子を持ち、さんざっぱら苦労を重ねて、一人前にし、そして彼らが結婚して生まれてきた孫たちです。

  「血」のつながりは不思議なもので、たまにしか会えない2号と5号も会うとすぐになついてきます。4号は一歳になったばかりですが、私の顔を見るといつも「ニコッと」してくれますし、おいでと両手を差し伸べると一所懸命にはいはいして私のところに来てくれます。

 私は他所の子にもだいたい好かれるのですが、わが血のつながっている子はまた格別です。

 それは自分がそのような立場にならないとわからなかった事実です。子供は本能で自分と血のつながった家族がわかるのでしょうか。そうとしか思えないことが多々ありました。

 子供が病気でぐずってママ(娘)がいっぱいいっぱいの時に、私が抱っこすると安心したようにすやすや眠るのです。我が腕で眠る孫の寝顔を見てはこの子たちが大きくなる時には、祖国を誇れるようにするというのが私の今の活動の原動力です。そのためには、自分の命を懸けてもいい、それがジィジの責任だと思っているのです。

 親が子を育て、ジィジになったらその子や孫をサポートする。そしてさらに年をとったら、子や孫がそばにいてくれるというのが普通の幸せではないでしょうか。そしてそれが長い人間の歴史で代々繰り返されてきたことでしょう。

 それを私たちの時代に壊す権利があるのですか?

 個人の性的な嗜好にとやかく口を出しません。でも、結婚が両性の合意によって成立するものであることを一歩も譲る気はありません。

 それはその場所に立たなければ見れない景色、味わえない幸福感があるのです。それを一時の流行のようなもので変えるべきものではないと思っています。

 フランスやヨーロッパで起こっていることに日本人の私がとやかく言う筋合いはありません。でも、私の祖国でそんなことが起きるのはいやです。

 グローバリズムが世の流れという似非リベラルな人が言いますが、それは間違いです。それぞれの個性を持つからこそ、新しいものが発見でき、面白いのです。

 海外旅行に行った時に、インドネシアでもフランスでも、エジプトでもマクドナルドを食べたいですか?

 グローバリズムというのは平べったく言えばこういうことなのです。インドネシアではそこの名物を、フランスでは極上のフランス料理を、エジプトではピラミッドを見ながらエジプト料理を食べたくないですか?

 50年後にフランス人が日本に来て言うでしょう。

 「日本っていいですね、家庭という素晴らしいものが残っているから」と。

 というのも、すでにスウェーデンでは社会保障制度が充実しすぎ、子育ても国家がするようになったため、家庭がいらなくなり、老人の自殺が増えています。彼らが今発言しているのが「この100年で一番悲しい出来事は、家庭が無くなったことだ」というのです。

 親が愛情たっぷりに子を育てると、紆余曲折はありますが、必ず元の鞘に納まるものです。

 まだ結婚していない若い人へ。結婚ってとっても素晴らしいものですよ。若いときは炎のような熱情があり、子供ができるとこたつのようなぽかぽかの温かさがあり、そして老年になると孫というとびっきりのご褒美がもらえるからです。

 そして子供が出来て、親に見せるのが最高の親孝行です。

 でも、それを望んでも子宝に恵まれない人もいます。その人にはきっと別な使命があるはずです。その使命を果たすことにより、周りのみんなに喜ばれ、頼りにされるのです。

 もし、離婚を今考えているあなた。特に男性は、一時の感情で家庭を捨てると人生の最高のご褒美がもらえませんよ。ひたすら我慢して家庭を守りましょう。

 孫との接し方がわからないあなたへ。孫に精一杯の愛情を注いであげてください。それだけで必ず通じます。それが血のつながりというものです。胡坐をかいたところに孫を入れてください。子供にとってとっても落ち着く場所になりますから。いつも私の胡坐をめぐって孫たちが競争しています。

 気持ちが通じ合ったら、どんなにクラブで若い子にちやほやされるよりも孫との時間が楽しくなります。

 孫と一緒に遊ぶために、体調管理に気を付け、運動をすることによりさらに健康になります。

 私は孫たちの結婚式でバージンロードをエスコートできるようにおしゃれで素敵なジィジになることを目指しています。そのためには80歳を過ぎても背筋をピンと伸ばし、おしゃれに気をつかうジィジになるように精進していきたいと思っております。

 この楽しみは小市民的な幸せかもしれませんが、どんな名誉よりも充実した喜びだと思っております。

 それが家庭を持つことの喜びであり、結婚の素晴らしさではないでしょうか。

 もう一度家族とは?家庭とは?そして結婚とは?と見直してみたらいかがでしょうか。

 世の流行に流されるほど取り返しのつかくなることはありませんよ。


「井上政典のブログ」より転載
https://ameblo.jp/rekishinavi/

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