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阻止する手は2010年からなかった

デニー知事はキャンプ・シュワブで「打つべき手必ずある」と言った。それは負け惜しみの方便である。県知事には打つべき手はない。翁長知事は「承認取り消し」をやり、謝花副知事が「承認撤回」をやった。打つべき手はそれで終わりだある。
「承認取り消し」と「承認撤回」は県に法的権利があるから「打つべき手」ではあったが、「打つべき手」は埋め立てを阻止する手ではなかった。「承認取り消し」は最高裁が違法行為であると判決を下した。「承認撤回」も同じ運命である。。

辺野古移設が決まったのは2010年である。民主党政権の菅首相が辺野古移設を決定した。それ以後は法的な手続きによって辺野古移設を進めるだけであった。菅首相が辺野古移設を決めた時から県知事が辺野古移設を阻止する手はなかった。
「承認取り消し」も「承認撤回も」も県の「打つ手」ではあるが「阻止する手」ではない。

2010年から埋め立てまで8年かかったが、翁長前知事ができたのは阻止することではなく、工事期間を引き延ばすだけであった。翁長知事の「打つ手」とは引き延ばすことであって阻止する手ではなかった。「打つべき手」とは阻止する手ではなく、引き延ばす手なのだ。県知事の権限で阻止する手は2010年からなかった。これからもない。もう、引き延ばす手さえなくなった。


「沖縄に内なる民主主義はあるか」より転載
http://hijai.ti-da.net/

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