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  • 堂本かおる
    堂本かおる
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    菊田 均
    菊田 均
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    松本 健一
    松本 健一
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    中岡 弘
    中岡 弘
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    大島 直行
    大島 直行
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    時広 真吾
    時広 真吾
    舞台演出家
    渡辺 久義
    渡辺 久義
    京都大学名誉教授

    考古学的発見によって変わる古代史

    359

    2005年の夏休みのことです。
    国立科学博物館で「縄文対弥生ガチンコ対決」という催しものが開催されました。

    上にあるのは、そのときのポスターの写真です。
    実は、この写真、縄文人、弥生人に現代人が扮しているのですが、服装や装飾品、髪型に加えて、モデルの顔立ち体型などまで、しっかりとした時代考証に基づいて、写真に収まっているとされました。

    たいへん印象的なよくできた写真で、これでも当時の国立科学博物館の催しとしては、現代日本考古学界に対して、かなり挑戦的かつ野心的な展示会だったものです。
    それから13年、いまでは、この催しの間違いも明らかになっています。

    この展示会が野心的だったというのは、縄文時代の衣服について、当時の日本考古学会の大御所たちの公式見解は(いまも公式にはそうですが)、「縄文人は鹿の毛皮を着ていた」というものを、冒頭の写真のようにひっくり返したことを言います。
    この展示会は、縄文人が「布の衣装を着ていた」としたという説を採用したのです。
    しかもその衣装は染料で染められて、折柄の装飾まで施されていたことを、日本考古学会の公式見解に対する野心的提言として、堂々と世間に公表しています。
    ですから当時としては、これは日本考古学会の公式見解的には「あり得ない展示」でした。

    しかし実際に8千年くらい前の、たとえば鳥浜貝塚などから現に布が出土しているわけです。
    また、そもそも縄文という名が示す通り、土器にも繊維の跡が付けられています。
    ということは、誰がどう考えても、布があったと考えられたのです。

    そもそも布があるのに毛皮しか着ないというのは、ありえないことです。
    なぜあり得ないかといえば、日本列島の気温は、いまから6千年ほど前は、平均気温がいまより2度高かったのです。
    年間平均気温が1度違うと青森が鹿児島の気候になります。
    2度違うとどうなるかというと、台湾の高雄市の気候が、大阪くらいになります。
    つまり、日本列島の西日本は熱帯になります。
    日本はただでさえ高温多湿ですが、これがさらに気温があがって熱帯性気候になっていたのです。

    今年の夏も猛暑でしたが、それよりもずっと暑い中で、男たちは山で狩りをしたりする。
    鹿の皮の褌にこだわる日本考古学会の男性の先生方は、縄文時代の男性たちは、高温多湿の猛暑中で、毛皮のパンツを履いていてもインキンになる心配がないと考えたのでしょうか。
    それはありえない話です。

    ですから布の衣装を着ていたとするこの国立歴史博物館のこの展示は、たいへんに野心的な取り組みであったのです。
    ところがその後の10年で、明らかに間違いとわかったこともあります。

    写真を見たらすぐにわかることですが、この写真は「縄文人」と「弥生人」を、まるで遺伝的特性が異なった、つまりまったくの別人種のように捉えています。
    縄文人は、背が低くて、眼が二重のどんぐり眼で、瓜実顔のロシア顔、
    弥生人は、背が高くて、眼が一重のキツネ眼で、エラの張った朝鮮顔、です。

    モデルは、縄文時代、弥生時代それぞれから出土した人骨をもとに、その復顔した顔立ちや骨格に近いモデルを起用したことになっています。
    これは、「縄文人、弥生人、人種入替り説」に基づくものです。
    どういうことかというと、弥生時代に入って朝鮮半島からの渡来人が縄文人を駆逐して(殺戮して)、日本列島に棲む民族は、入れ替わったのだ、とする説です。

    ところが、
    1 そうした説を唱えた学説に用いられた比較用の人骨が、実は、とんでもない、学者さんの偽造写真や合成写真であった
    2 身長の高低も、眼の一重二重も、瓜実顔もエラの張った顔も、実は縄文時代から「どちらも存在していた」ことが、いまや証拠に基づき明らかになっています。
    つまり、縄文人弥生人が入れ替わったのではなくて、昭和人が平成人になったようなもので、どちらも同じ日本人であったということが、現在では考古学的に完全に証明されているのです。

    ということは「縄文人、弥生人、人種入替り説」は、昭和人と平成人を別な人種と考えるような、実はとんでもない大間違い説であるということです。

    【ご参考】縄文人と弥生人は同じ人

    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2250.html

    もっとも、この写真には、ただしい部分もあります。
    それは写真にある通り、縄文時代の女性が、とても賑やかな装身具をまとっていること、一方で弥生時代の女性は身に付けた装身具がたいへんに少なくなっていることです。

    みなさまもご記憶があると思うのですが、縄文時代は狩猟採集生活で、鹿の毛皮を着た、つまり原始人のような生活であり、それが弥生時代になって稲作が渡来して弥生時代になった、とする説があります。
    ほんの少し前までは、これが定説でした。

    戦前戦中は違いました。
    日本書紀に基いて国史を学んでいましたから、日本では縄文草創期、あるいはもっとずっと古い時代から稲作が行われていたというのが、皇国史観に基づく公式見解でした。
    稲作渡来説というのも、戦後に提唱されたものにすぎません。

    しかし、不安定な狩猟採集生活から、人々の生活が稲作によって豊かになったというのなら、どうして上の写真の弥生時の女性は、服装が簡素で、装身具もあまり身に付けていないのでしょうか。
    着衣に染色もなく、柄もありません。
    弥生期には「生活が豊かになったのだ」といいながら、女性たちの服装が地味になっているのです。
    これはいったいどういうことでしょうか。

    縄文時代というのは、いまから1万7千年前から3千年前までのおよそ1万4千年の長い時代で、その縄文時代の人々の生活の痕跡を示す縄文時代の遺跡は、全国に数万箇所あります。
    皆様の家の近くで、「○○貝塚」と呼ばれる遺跡があれば、それらはすべて縄文時代の遺跡群です。

    その数万箇所ある縄文遺跡からは、多数の人骨が発掘されていますが、その人骨が男性か女性かは、調べなくても見ただけでわかります。
    なぜなら女性の人骨は、耳飾り、腕輪、ブレスレット、首輪など、様々な装身具をいくつも身に着けて埋葬されているからです。
    それは、特定のシャーマンだけが、おしゃれをしていたということではなくて、どの女性もすべてなのです。

    さらに縄文時代の遺跡からは、いわゆる対人用の武器に相当するものが、いまだかつて一例も出土していません。
    これが何を意味しているかと言うと、縄文時代の人々に、人が人を殺す文化がなかったということです。
    人が人を殺す文化というのは、奪う文化です。
    奪う文化がなかったということは、わかちあう文化が、なんと1万4千年の長きにわたって続けられてきたということを意味します。

    縄文時代の人を象った人形(土偶)もまた、全国で多数のものが発掘されていますが、これまた剣や槍を帯びた、つまり武装した姿を示す土偶は、一例もありません。
    もちろんヤジリや石斧などは多数発掘されていますが、それらは形状や大きさから、野生の小動物を狩りするための道具としての武具であって、対人用のものといえるものは一例も発見されないのです。

    女性は、いつの時代にあっても、美しくありたいと願うのは、これは女性の本能と言えます。
    そして女性たちが、ファッションを楽しむことができる社会というのは、平和な社会でなければ、ありえません。
    実際、大正時代にモダンガールといわれて最新式のファッションを楽しんだ女性たちは、そのわずか10年後には、モンペに防空頭巾で、体を飾る装身具などを身に付ける余裕のない戦乱期を過ごすことになりました。

    つまり縄文時代は、1万4千年という途方もなく長い期間にわたって、人が人を殺したり、殺すことで奪ったりすることのない、たいへんに平和な社会が営まれていたのだということを、女性たちの装身具が証明しているのです。

    ところが3千年くらい前の弥生時代が始まりますと、途端に女性たちの服装にファッション性がなくなります。
    しかも弥生時代になると、日本人が、どういうわけか武装しなければならなくなり、女性たちの服装からはファッション性が消えてしまいます。
    これが何を意味するかと言えば、答えはひとつです。
    何らかの要素が加わって、人々が武装しなければならなくなったということです。

    同じ時代、Chinaでは前漢が誕生したりしています。
    前漢の誕生といえば、項羽と劉邦で有名ですが、人が人と殺し合い、奪い合うことがさかんに行われていたわけです。
    そういう人たちのなかの、いわば敗残兵のような人たちが日本に入ってくるとどうなるか。
    とりわけ当時の日本は、朝鮮半島の南部(いまの韓国あたり)を倭国の一部にしていました。
    つまりChinaと半島は陸続きなのですから、そのような危険な人たちが入り込んでくるという危険は、常にあったわけです

    武力による威嚇や強盗が多発すれば、それらから身を護るために人々は武装しなければならなくなります。
    弥生時代の女性たちの服装に装飾性がなくなり、同時代から日本人の武装が始まったことは、そうした背景の結果なのかもしれないと想像されます。

    不思議なことに、7世紀には白村江の戦いがあり、13世紀には元寇、19世紀には黒船来航がありました。
    だいたい600年毎に外寇の危機があったということは、1世紀にも、同様の危機があったのかもしれませんし、紀元前5世紀、紀元前11世紀にも、外寇の危険があったのかもしれません。
    そしてまさにその紀元前11世紀ごろから、日本の弥生時代が始まっています。

    縄文から弥生への服装の変化は、社会環境の変化と、決して無縁なものではありますまい。
    平成に入ってからも、考古学上の新しい発見が相次いでいますが、そうした祖代の歴史についても、もしかするとこれから先、次々と明らかになってくるのではないかと思います。
    実に楽しみなことです。

    お読みいただき、ありがとうございました。


    「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
    http://nezu621.blog7.fc2.com/

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