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渋谷のハロウィン騒動、一方的反対ではなく日本流に発展させよう

ハロウィン騒ぎの中で起こった「事件」あれこれ
 最近、ハロウィンが若者を中心に盛り上がっています。盛り上がりに自分がついていけない時に批判する人は少なくありませんが、ハロウィンについてはそれが顕著です。


・渋谷で軽トラをひっくり返す事件が起きた。

・大勢の人が集まる中で暴力事件や痴漢事件が起きて逮捕される者もいた。

・大阪では道頓堀に飛び込む者まで現れた。

・山口組がハロウィンの時にお菓子を配り、近所の子供たちが集まった。


 一つ一つの事象は事実ですが、それに「日本は、ケルト民族の信仰を有している訳ではない」「子どもが近所にお菓子をねだるのは日本に合わない」といった理由を付け加えて、

ハロウィン「廃止論」に物申す
 ハロウィン自体をやめるべきといった意見には賛同できません。極端なハロウィン批判やハロウィン廃止論に私が反対する理由は以下のとおりです。


・信仰がないという意味ではクリスマスも同様であり、信仰的理由からハロウィンをやめるべきであるならば、クリスマスも同様である。

・ハロウィンに関わらず人が興奮して大勢集まる場では、犯罪力が起きがちである。それゆえ、ハロウィンで盛り上がる地域で警察活動は重視する必要はある。しかし「それゆえハロウィン自体を廃止すべき」という理由が成り立つのであれば、特定の「花火」や「祭り」等も廃止すべきという理由が成立する。

 ・道頓堀に飛び込む者がいるのなら彼を処罰すれば良いのであって、それを根拠にハロウィンをやめるのであれば、同様の理由で「阪神球団は解散すべき」「プロ野球を停止すべき」となる。

 ・「山口組など暴力団が参加し住民との共住を主張しかねないからハロウィンを廃止すべき」という主張が成り立つのであれば、ハロウィンに先行してテキ屋がモノを売っているすべての伝統的な「祭り」を廃止すべきである(テキ屋は自らをヤクザではないと主張しているが、警察の報告によれば暴力団の起源の一つであり現在も暴力団が背景にいる)。


 さて、如何でしょうか。まさか、こんな理屈に基づいて日本のクリスマスや祭りや花火を全部廃止しようと言う方はいないでしょう。

ハロウィンも日本型のチューニングいて楽しもう
 でも、戦前のクリスマスはキリスト教徒や支配者層のもので、戦争直後にサラリーマンがスナックで盛り上がった時には、今のハロウィンの比ではないくらいの大勢の人が他人に迷惑をかけました(道で大騒ぎする者、他人の家の横で嘔吐する者がいました)。昭和時代、地域によりますが「祭り」で出会った非行少年同士が殴り合いをすることなどザラでした。花火がきっかけで付き合ったカップルは大勢いましたが、強引な男も大勢いたので今の法律なら「痴漢」に該当したかもしれません。

 私は「ハロウィンだから許せ」などとは全く思いません。ハロウィンだろうが何だろうが、犯罪者はどんどん捕まえ、迷惑な者は叱責し、暴力団や暴力団と仲良い者とは距離をとりたいと考えています。しかし、それでも、様々な宗教行事を日本型にチューニングして取り入れ楽しむのは、古くは仏教にまでさかのぼる私たち日本人の特性であり、ハロウィンもその一つなのではないでしょうか。そう考えて、ハロウィンを楽しむ若者達を陰ながら支持しようと考えています。

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