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中国「改革開放40周年」の〝異変″

●トップニュースは南部戦区の視察

 日中平和友好条約締結40周年という節目の年に、安倍晋三首相は10月25日から、日本の首相として約7年ぶりの中国公式訪問を行い、習近平国家主席や李克強首相らとの首脳会談に臨んだ。安倍首相はODA(政府開発援助)について、「その歴史的使命を終えた」と述べ、今年度の新規案件を最後に終了することを表明したが、「世界第2位の経済大国」どころか、拡張主義で世界覇権を目指し、欧米諸国の警戒対象になっている中国共産党政府に対して、この決断はあまりに遅すぎた感が否めない。

 また、「一帯一路」戦略に対する第三市場での日中協力表明、〝信用ある外貨″日本円と、人民元を双方で融通する通貨スワップ協定の再開など、「日中関係は正常な軌道に戻った」と報じられているが、私見では「中国を利するディール」ではないかと考えてしまう。

 米中経済戦争が本格化する中での安倍首相の訪中だったため、注目度は高いはずで、日米メディア、日米評論家らがそれぞれの立場で喧々囂々となっているが、米ワシントン・ポスト紙のように「トランプ氏の盟友、日本の首相が中国首脳にすり寄ろうとしている」など、皮肉めいた内容も散見する。

 さらに帰国後の29日には、「3つの原則」を巡る齟齬がいきなり露呈した。安倍首相が国会の代表質問の答弁で、「国際スタンダードの上に競争から協調へ」「隣国同士として互いに脅威とならない」「自由で公正な貿易体制を発展させていく」、そして「この3つの原則を、習近平主席、李克強首相と確認している」と述べたが、中国外交部は「双方は両国関係の発展について高度な共通認識に達した」としながらも、3つの原則を確認したかについては沈黙。外務省が火消しに走るなど、ほころびが出ている。

 そもそも、10月26日夕刻に安倍首相と習主席との日中首脳会談が釣魚台国賓館で開かれたが、同日夜7時からの中国中央テレビの報道番組『新聞聯播』において、同会談はトップニュースではなく2番目。迷彩柄の軍服姿の映像と共に、「習近平中央軍事委員会主席が南部戦区を視察」「戦争準備を呼びかけた」という前日25日午前中の活動がトップニュースだったのだ。

 安倍首相の心中は如何に? だが、やられてばっかりでもなさそうだ。帰国の翌日、28日にはインドのモディ首相を山梨県の自身の別荘に招待して歓迎した。安倍首相が外国の首脳を別荘に招待するのは初めてとされ、これは「中国共産党政府よりも、価値観を共有できるインドとの信頼関係を重視している」サインだったとも受け取れる。

●〝南巡″の新時代

 さて、世界の(反中国共産党の)中国メディアは、日本の首相による約7年ぶりの中国公式訪問よりも、その直前、10月22日からの習主席の「南巡」にまつわる〝異変″にフォーカスしていた。習主席は24日に全長55キロに及ぶ世界最長の海上橋、「香港・珠海・マカオ大橋(港珠澳大橋)」の開通式に参加し、その後、前述の通り南部戦区を視察して「戦争準備の呼びかけ」をしている。

 ただ、〝南巡″という表現で日本人にとっても馴染み深いのは1992年1~2月にかけて鄧小平が行ったそれであり、「南巡講話」である。この時に「改革開放の加速」が国内外に呼びかけられ、同年10月中旬に開催された第14回中国共産党大会で「社会主義市場経済」が正式に提起され、その後は、欧米社会から「赤い資本主義」「縁故資本主義」などと揶揄されながらも、今日に至るまで独自の経済発展の道を歩んできた。

 その中国は今年、鄧小平が1978年に掲げた「改革開放」政策から40周年という節目の年に当たる。これに合わせて、昨年12月末から深圳(シンセン)の蛇口に「改革開放博物館」がオープンしたのだが、1年に満たない同博物館は、「ある意図」をもって模様替えがなされていたことが分かった。

●消される鄧小平

 「改革開放博物館」のオープンから半年ほどは、改革開放博物館への来館者は、まず壮大なレリーフ――「改革開放」に着手した中国のリーダー、鄧小平の地方視察を描いた彫刻作品――に迎えられた。ところが6月初めに、同館はいきなりクローズして「更新作業中」となり、8月の再オープン時には入口を飾っていたレリーフが消え、その代わりに、地方の発展を映す動画のスクリーンと習主席の言葉が書かれたパネルになった。展示も習近平を礼賛する内容が増え、鄧小平の功績を示すモノは少なくなった。

 しかも、習主席はこの度の南巡の間に鄧小平の「ト」の字すら発することなく、共産党系メディアも「鄧小平」の名前を出さず、功績についても一切触れなかった。

 この事態に鄧小平の長男、鄧樸方が反発し、「改革開放という偉大な業績を成し遂げたのは誰なのか」「改革開放を後退させてはならない」とネットで声を挙げはじめ、暗に習政権を非難した。

 ただ、鄧小平一族にとっては危機的な状況が散見している。今年8月に北京の中国美術館で開催された「慶祝改革開放40周年全国美術作品展」において、中国政府お抱えの著名画家が描いた「早春」が注目を浴びた。改革開放初期に、鄧小平、葉剣英、胡耀邦、習仲勳、楊尚昆、穀牧の6人が会議をしている様子を描いた1枚なのだが、誰が見ても絵画の主役は深圳あたりを立って指さしている習近平の父、習仲勳(元副首相)だった。改革開放の騎手、経済特区の発案者は習仲勳??? しかも、この6人が揃って会議をした「事実」はないとされる。中国現代史の改ざんすら現在進行形なのだ……。

 想起するのは、昨年10月に行われた第19回中国共産党大会の前後、「毛沢東が国を立ち上がらせ、鄧小平が国を豊かにし、習近平は国を強くする(中国語で「站起来、富起来、強起来」)」という言い回しが一時流行したことだ。この段階で、江沢民元国家主席の名前は消されたも同然だったが、鄧小平一族の命運は如何に? 孫娘の元夫、安邦保険集団の創業者、呉小暉会長は詐欺罪で訴追され、懲役18年とする判決が下っている。
鄧一族もやはり江沢民一派同様、徐々に「消されていく」運命なのか?

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