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    中村 仁
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    石平
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    長谷川 良 ...
    コンフィデンシャル

    VRChatで「アート」を創り出す 蕎麦職人田名部氏へのインタビュー

     東京メトロ丸ノ内線の本郷三丁目駅、都心のこの駅からほど近い十字路の角に見える白い暖簾。通りを入った所であるため知る人ぞ知る立地に建つ、鹿威しがほのかに照らされた入り口。「手打そば 田奈部」。ここは今、とある界隈で大いに注目されている蕎麦屋である。

    手打そば 田奈部の店舗外観。仕度中の風景だが、夜は鹿威しが淡く光るシックな風景に変わる

    手打そば 田奈部の店舗外観。仕度中の風景だが、夜は鹿威しが淡く光るシックな風景に変わる

     暖簾をくぐり扉を開ければ、木造りの落ち着いた店内が見渡せる。所々に飾られた酒瓶は程よいアクセントとなり、茜色に照らされた内装にアクセントを添える。
     その蕎麦屋の一席で店主の田名部 康介氏へインタビューを行う事が出来た。しかし、インタビューは実際の店舗だけではなく、店主の注目されている界隈でも行われた。このコラムサイトで何度か特集している「VRChat」。仮想空間上で様々なテイストの映像作品を作る田名部氏に、彼の今までと今後を伺った。

    手打そば 田奈部の店内の様子。暖色のライトが静かな独特の雰囲気を醸し出す

    手打そば 田奈部の店内の様子。暖色のライトが静かな独特の雰囲気を醸し出す

    元々は普通の蕎麦屋で、ある日VRに出会ってしまった

     ――本日はインタビューに応じていただき、有難うございます。田名部さんは、どういった経緯で「手打そば 田奈部」を開かれるに至ったのでしょうか。

     「元々はサラリーマンをやっていたのですが、実家の飲食店の家業を継ぐ意思もなく、サラリーマンとしてもあまり儲かってはいませんでした。自分は蕎麦が好きだったので、4~5年ほど様々な店舗で修行をして開業に踏み切りました」

     ――そんな蕎麦屋を営んでいた田名部さんが、VRに出会われたきっかけというのは何でしょうか。

     「『Oculus DK2(VRゴーグルの一種で、現在「Oculus Rift」として知られる製品の開発モデル)』が出てきた時でしょうか。その時の衝撃たるや凄まじいものでして、ファミリーコンピュータがPlayStationになったという次元の驚きでした。『これは面白いぞ!』と興味を惹かれましたね」

    ・映画製作への憧れと、VRChatへの漂着

     VRChatを通して店員の面接もしたことがある、そういった話を聞きながら私はこの店のメニューの中から鴨せいろを注文した。Twitterでこの店が話題になる際には必ず注文される人気メニューとの事で、どういった物が出てくるかを期待しながらインタビューに戻った。一方のVRChat上では、店主のアバターが様々に表情を変えながら話を繰り広げている。

     ――現在VRChatで多く動画を作られている田名部さんは、昔からそういった事をされていたのですか。

     「いいえ、それ自体は最近なんです。子供の頃から映画は好きだったんですが、そういう道を目指すこともなく今まで生活をしてしまったものでして。その後『VRChat』で『World(仮想空間上での世界、フィールド)』が作る事が出来て、遊びではありますが動画撮影もする事が出来るという事が分かったんです。それからはもう、過去の熱が一気に再燃してしまったという感じですね」

     ――VRChatはいつ頃から始められましたか?

     「去年の7月くらいです」

     ――その頃はまだ、VRChatはそこまで日本国内では有名でなかった時期になりますよね。

     「はい。実はVRChatをやる前に、マイクロソフト社が買収した『AltspaceVR(オルトスペースVR)』というVRChatによく似た「ソーシャルVRゲーム」をやっていました。そこで英語を学習したり、Worldの作成技術を磨いたり、イベントを開催して運営の方と仲良くなったり、サンフランシスコのユーザーと共同で教会を作って毎週仮想空間上でミサをやったりしました」

     ――仮想世界でのミサですか!それはまた今までにない新しいイベントの形だと感じます。

     「身体の具合や僻地に住んでいるといった理由で外に出られない方もいるのですが、そういった方がVRヘッドセットやパソコン、スマホからでも参加できる教会があったらいいなという話がありました。それで、実際に作る事になったんです」

     ――そういった活躍をされていた田名部さんが、どうしてVRChatに活動の場を移されたのでしょうか。

     「AltspaceVRが1回サービスを終了してしまったからです(現在はサービス再開中)。なので、VRChatに来たのはある種仕方ないと思って流れ着いたという面があります」

     ――田名部さんが感じるVRChatの魅力とはなんでしょうか。

     「色々な事が楽しめるし、飽きが来ないというのはとても大きいです。VRChatのコミュニティマネージャーの「VRPill」さんともよく話をするのですが、彼のビジョンとしてはVRChatを世界中の人とコミュニケーションするためのツールにしたい、アートやデベロッパーの活躍できる場にしたいという話を聞きました。最近VRChat内でもアートに関するイベントが多く開かれているため、彼の目指すビジョンの方向性に近づいていると思います。この部分は自分と考え方がよく似ていると感じています」

    店主の田名部さん。恰幅がとても良いが、話し方はとても繊細である

    店主の田名部さん。恰幅がとても良いが、話し方はとても繊細である

    VRChatで注目され始めた、蕎麦屋の新たな可能性

     インタビューが進み、手元のテーブルには名物となる鴨せいろが運ばれてきた。ほのかな柚子の香りと濃厚な出汁の香りが合わさって、そんじょそこらの蕎麦屋の物とはだいぶ風格の違う高級感を感じる。
     刻まれた蕎麦の量こそ少ないが、歯ごたえも味も上品であり蕎麦つゆとよく絡み合う。これぞ上物というある種の気品がそこにはあった。舌鼓を打ちながら、引き続きインタビューを進めていく。

    自慢の鴨せいろ蕎麦。これと卵焼きをセットで頼むのが、VRChatユーザーの習わしだとか

    自慢の鴨せいろ蕎麦。これと卵焼きをセットで頼むのが、VRChatユーザーの習わしだとか

     ――VRChatで田名部さんが有名となった事で、実際にお店に来られる方は増えましたか。

     「はい、実際に増えています」

     ――ここに来店されたVRChatのユーザーが符丁のように頼まれるのが…。

     「そうです、鴨せいろと卵焼きですね」

     ――なにかこの、鴨せいろにユーザーを惹きつける魅力というものがあるのでしょうか(笑)

     「あっはっは、真面目に言いますと『蕎麦屋がVRをやっているから面白い』というのと『SNSにアップロードされる鴨せいろの写真がとても美味しそうだから』というこの両輪が評判になっていると思います」

     ――現在そのネームバリューから図らずも『VRと現実との交差点』となっているこのお店ですが、来られるVRChatのユーザーの方々を見てなにか思うことはありますか。

     「若くてキラキラしてる(笑)」

     ――身も蓋もありませんね(笑)我々お年を召した方々には刺さりそうなので、この話題はこの辺にしましょうか。

     「はい」

    自分が楽しいという目的と、そこから産まれる副産物

     ――ご自身の創作活動をする目的やビジョンといったものはございますか。

     「その根本は『楽しいから、自分がやりたいから』という事に終始していますね。方法論やその後の目的というのは無いと言えます。最近はVRChat上でも結構派手でアーティスティックなイベントが多いですけれど、初心者はまずそこまで辿り着けませんよね。なので、自分みたいに割と適当に動画を作る存在がいれば『こんな適当な奴が適当な動画を作ってるぞ!』とハードルを下げられると思っています。VRChatというソフトの上で、こういう発表の仕方もあるんだよと捉えて貰えるならラッキーですね」

     ――ハードルを下げるという効果を与えつつも、主目的はあくまで自分が楽しめる動画作りという事ですね。

     「本業は蕎麦屋ですから」

     ――寝る間も惜しんで動画を作られたという話もありますが…

     「実際編集だけなら一時間ほどで出来ますので、影響はありませんよ!」

     ――最後に、VRChatをこれから始められる方にメッセージなどありましたらお願いします。

     「『タダだから、入ってきな。無料だよ』と。私自身は一般ユーザーですから大きな事は言えませんが、こういう遊び方もあると提示したいですね」

     ――本日はインタビューにお答えいただき、どうもありがとうございました。

    VRChat上での田名部さん。インタビューは現実世界とVRChatでの2回に渡って行われた

    VRChat上での田名部さん。インタビューは現実世界とVRChatでの2回に渡って行われた

     VRChat上での店主のアバターを背に、蕎麦屋のカウンターでお会計を済ませる。現実世界の外は既に薄暗くなっており、足早に背を丸めて帰るサラリーマンたちの姿が。
     VRChatを終了したパソコンの画面には、いつも使っているソフトウェアのアイコンや情報を示すウィンドウが並ぶ。実際に手打そば 田奈部に足を運び蕎麦を味わえる現実世界と、距離を気にせず行ける世界で独自の動画コンテンツを披露する仮想世界。そんな現実と仮想の中間に位置するこの静かな蕎麦屋に、今日も仮想の身体を纏った誰かが暖簾をくぐっていく。そして名物の鴨せいろと卵焼きを味わって、現実から仮想へシフトしていく。
     一見奇妙に思えるこの構図だが、これこそが新しい未来のコンテンツとそれを手にできる現在を渡す艀(はしけ)になるのではないかと思ってやまない。そう考える筆者が蕎麦屋を出て感じた空気は、仮想世界にはない現実の秋の夜空の寒さを連れて来ていた。

     「手打そば 田奈部」は東京都文京区本郷3-35-6 大石グリーンビル1階にあり営業時間は11:30~14:00と17:30~21:00(土曜日のみ11:30~14:00、17:30~20:00)定休日は日曜日、祝日。本郷三丁目駅より徒歩2分。お時間のある時に、ぜひ立ち寄ってみてはいかがだろうか。

    (外観と店内写真提供:手打そば 田奈部 文章・動画・一部画像:市村 龍二)

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