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LGBTだけを認める「左翼ファシスト」こそ社会の敵です

 歴史に多少の知識のある人には常識だと思いますが、日本が欧米に社会制度をまねる前、人々は、レズ、ゲイ、バイに対して極めて容認的でした。井原西鶴が江戸時代に書いた『好色一代男』で主人公の世之介は一生のうちに、「たはふれし女三千七百四十二人。小人のもてあそび七百二十五人」と女性だけでなく男性ともセックスをしていたとされています。彼は今で言うところのバイセクシャルであることが当然だったのです。レズについては、男性のゲイやバイほどメジャーではありませんが、鎌倉時代の『我が身にたどる姫君』において天皇に近い人々がレズだったという物語が書かれています。

 杉田水脈氏がLGBTについて、これらレズ(L)、ゲイ(G)、バイ(B)とトランスジェンダー(T)は異なり、Tは「性同一性障害」という障害なので、これは分けて考えるべきだと主張しました。杉田氏の主張全体に対して同意的ではありませんが、この点は鋭いと思って論文を読みました。ところが左翼は、杉田氏の「LGBT支援」を否定するスタンスに対し大勢で批判を始めました。LGBT支援を否定する意見にも肯定する意見にも相応の根拠があるのでしょう。それゆえに、全員が同じ主張をすることは、極めてファシズムになりやすい。他の政治的主張が同じ人々でさえ性的指向は中々統一できません。それを理解せずに、欧米の猿真似、現在なら「LGBTの支援」だけが「正しい」政治的主張になると考えている人たち、様々な言論ポストで杉田氏を批判した人たちこそ政治的に無能なのではないでしょうか。

 性的指向に政治的正解がないことを理解しやすいのは「多数の女性を愛す男性」の評価です。ご存知だとは思いますが、イスラム教では男性が4名の女性を妻にすることが認められています。では、なぜ彼らは複数女性を愛すことを認められているのでしょう。それはコーラン第4章 第3節の次の文章が根拠になっています。
「あなた方がもし孤児に対し、公平にしてやれるならば、あなた方がよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ。だが公平してやれそうにもないならば、只1人だけ(娶るか)、またはあなた方の右手が所有する者(奴隷の女)で我慢しておきなさい。このことは、不公正をさけるため、もっとも公正である」(第4章 第3節)

 ここでは、「多数の女性を愛せる人」の方が、「1人の女性しか愛せない人」よりも格上で、「1人の女性さえ愛せない=奴隷女だけを相手にする」男性が最低レベルだと理解できるはずです。さて、イスラム教徒も多くなりつつある現在、これらを日本で政治的に主張することを左翼政党は肯定できるのでしょうか。

では、明治時代中期まで認められていた「妾」を肯定するのはどうでしょう。明治政府が欧米の猿真似をしたせいで不幸になった女性は大勢いらっしゃいました。今だって、現実には妾的なポジションにいる人は存在します。左翼政党は経済的に弱者である可能性が高い彼女のために何か力を出しているのでしょうか。

「弱者のために政治をしている」と主張しているインチキ左翼どもよ。最近流行っているLGBTだけでなく、2番目から4番目の「正式な」妻なのに日本の法的制度のために不幸な扱いを受けているイスラム教徒を、明治時代に欧米の猿真似をしたせいで今も不幸な暮らしをしている「事実上の妾」を、その他性的弱者という理由で被害を受けている人全員を守ろうと叫ぶ勇気が彼らにあるのでしょうか。

現実の人々を見れば、性的主張が一つになることなど不可能だと実感できるはずです。バイを嫌うゲイがいます。レズを嫌うバイもいます。トランスジェンナーの陰口をたたく妾だっています。イスラム教の多妻を否定するLGBTは世界に大勢います。それらの様々な性的言動を一つにし、杉田氏への批判が商売になると考えていた人たち。私は、彼らこそ無能で社会の敵とも言うべき「左翼ファシスト」だと信じています。

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