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やっぱり翁長知事は余命いくばくもないことを知っていた

 翁長知事に関して、琉球新報に二つの記事が掲載された。
「死を覚悟、がんの転移伏せ 死去の翁長知事、妻が語る」
「『辺野古の撤回までは立たせて』 翁長知事の妻、主治医へすがる」

翁長知事は「12月まで持たないかもしれない」と死を覚悟しながら、家族以外には病状を伏せ、名護市辺野古の埋め立て承認撤回のために公務を続けていたという。 
4月に検査入院で膵臓がんが判明した。病部を切除する手術を受けたが、一週間後に心臓の不調を来たした。検査の結果、がん細胞が飛び散り、肝臓まで転移していることが分かった。さまざまな抗がん剤を試したがどれも効果が出ず、副作用にも苦しんだ。口内炎がひどくなり食事も進まず、水を飲むことさえ困難になっていった。

          琉球新報

 5月にはがんが肝臓に転移していることを知っていた。そして、さまざまな抗がん剤を投与したが効果がなかった。余命はいくばくもないこと。12月まで持たないかも知れないと翁長知事自身が思っていたことを7日に新報は明らかにした。私は翁長知事自身が余命いくばくもないことを知っていたのではないかと約1カ月前のブログに書いていた。
翁長知事は余命いくばくもないことを知っていたのではないだろうか
翁長知事は余命いくばくもないことを知っていたのではないだろうか
 8月8日の午後5時から謝花喜一郎副知事の記者会見があり、翁長知事が意識混濁の状態であることを発表した。記者が意識混濁の原因を聞いた時、謝花副知事は肝臓がんが原因であると言った。翁長知事の症状を説明する時に謝花副知事は膵臓ガンが肝臓にも転移していたと説明したが、転移してすぐに意識混濁になるほどの影響を与えることはないはずである。
意識混濁とは意識がない状態であり、危篤状態になっていることを意味する。肝臓がんが翁長知事の生命を危機に陥らせるほどに進行していたことを推測せざるを得ない。とすれば肝臓にがんが転移したのは最近ではないということである。
もしかすると膵臓摘出をする時にはすでに肝臓にもガンは転移していたのではないだろうか。膵臓を摘出した後に肝臓も摘出するというのは困難だろう。

謝花副知事ははっきりと意識混濁の原因は肝臓がんだといった。謝花副知事の説明が正しければすでに肝臓にもがんは転移していたことになる。肝臓に転移していることは翁長知事にもすでに告げられていたのではないだろうか。
6月定例会が12日に開会したが、議案説明のため登壇した翁長雄志知事は「県議会議員をはじめ、県民の皆さまには大変ご心配をお掛けした。手術も成功し、現在は再発や転移を抑える治療を行っている。引き続き、公務に全力で取り組み、私に与えられた知事としての責務を全うしたい」
と述べた。知事の任務を全うすることをその後にも何度も言ったが、一度も次の知事選に出馬するとは言わなかった。記者に問われても「任務を全うする」とだけ言い、知事選出馬するとは言わなかった。
県民は翁長知事の健康に不安があるはずだから、がん治療を終えて元気になってから知事選出馬宣言をすると予想していたが、もしかすると、翁長知事はがんの肝臓移転を知っていて、余命いくばくもないことを知っていたのではないだろうか。だから、知事選出馬をあきらめ、命がけで知事の任務を全うしようと頑張っていたのではないだろうか。
命の限り知事の座にあることが翁長知事の執念であっだだろうし、翁長知事は執念を貫いて命を全うしたのである・・・・と思う。
2018年08月10日

私が予想していた通りがんは肝臓に転移して末期状態になっていた。そして、そのことを翁長知事自身が知っていたのである。
7月27日に承認撤回を表明する記者会見を開いた翁長氏は、まともに歩けないほど衰弱していたという。

翁長氏は7月27日に記者会見で埋め立て承認撤回の方針を表明した。だが会見の前夜には、知事公舎に帰るなり、玄関に置いてあるいすに3分ほど座り込んだ。立ち上がってもすぐに台所やリビングのいすで休んでは息を整えた。玄関から着替えのため寝室に入るまで20分かかるほど、体力は衰えていた。
会見の日の朝、「記者の質問に答えることができるだろうか」と弱音を吐いた翁長氏を、樹子さんは「大丈夫よ。できるでしょ」と送り出した。ただ「撤回という重大な決断をするのに、判断能力がないと思われてしまうわけにいかない。不安だったと思う」と夫の心中を推し量る。

 会見を終えて帰宅した翁長氏が「30分くらい自分の言葉で話ができた。よく保てた」とほっとした表情で報告するのを聞き、樹子さんは「神様ありがとう」と心の中で叫んだ。

         琉球新報

この頃の翁長知事は記者との応答も困難なくらいに意識はしっかりしていなかった。

私が翁長知事の異変に気付いたのは6月23日の慰霊の日、翁長知事が追悼式で平和宣言をやっている写真を見た時だった。ブログには、

すごい意志力である。翁長知事は平和宣言をしたが、素晴らしい平和宣言であった。
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平和宣言をしている翁長知事の写真を見るととても痩せているが、内からみなぎってくる力強さを感じる。
平和宣言している翁長知事は次の知事選に出る積りなのだと思ってしまう。膵臓がんになったために知事選に出ると確言できない状態であるが、厳しいがん治療を受けながら県議会に出席し、慰霊祭で平和宣言するのは次の知事選に出たい気持ちが私たちの想像を超えるくらいに強いからではないだろうか。

と書いた。この時には感じていながら書けなかったことがある。それは「生気」がないことであった。「すごい意志力である」「知事選に出たい気持ちが私たちの想像を超えるくらいに強いからではないだろうか」と翁長知事の気力の凄さを強調した後に実は「気力は感じるが生気は感じられない」と書こうとしたが、書かなかった。そこまでは書けなかった。ただ、知事選には出馬できないだろうという確信はあった、

「樹子、ウチナーンチュはみんな分かっているんだよ。生活や立場があるけれど、未来永劫(えいごう)、沖縄が今のままでいいと思っている県民は一人もいないんだよ」
の翁長氏の言葉が忘れられないという樹子さんは、
「県民の思いが同じであれば、いつまでも基地問題を挟んで対立しているのは政治の責任でしかない」
と訴えると新報は書いている。そして、承認撤回して海上工事を止めれば、県の職員まで損害賠償が及ぶと国がちらつかせてきたことを翁長氏は知事として気に病んでいたと樹子さんは話し
「国が一般職員まで脅すなんて不条理が本当にあるのでしょうか。それにもかかわらず、そう出てくると言うならば、その時こそペンの出番ですよ」
と記者に話したという。
 承認撤回をするのは県であり県職員とは関係がない。国は県に賠償を求めるのであって県職員が負担することはあり得ないし、国がそんなことを言うはずがない。恐らく左翼が流したガセネタだろう。翁長知事が話すはずはないが妻の樹子さんは翁長知事が話したという。

結局新報の記事は辺野古移設が翁長知事の悲願であることを誇張して安倍政権非難になっている。辺野古移設阻止、承認撤回支持をしている玉城デニー候補応援の記事になっているといっても過言ではない。
 翁長樹子さんを取材すれば、玉城デニー候補応援の記事になるのは当然だろう。

 翁長知事は次の知事選に出ることはできないことを認識していた。次の知事にならないことを認識しているなら、辺野古移設については次の知事に任せると考えるのが普通である。
ところが翁長知事は確実に次の知事にならないのに承認撤回を目指した。県民の選択の自由を奪った翁長知事である。

8月4日の謎

 なぜ、謝花副知事は8月4日に病院に行き、翁長知事と約20分間の面談をしたのか。翁長知事が呼んだのか、それとも謝花副知事のほうが翁長知事に話したいことがあって行ったのか。
 4日はその後の政局を大きく左右する重要なことを2点話された。
1、承認撤回の権限を富川副知事から謝花知事に移すように翁長知事が命じた。
2、呉屋金秀会長と玉城デニー衆議員が後継者になつてほしいと翁長知
事が話した。
1は重要なことであり、真剣な話だっただろう。しかし、2は普通の会話であったという。たった20分で性質の違う二つの話をしたのである。
面談には謝花副知事以外に遺族関係者が居たという。しかし、家族は居なかった。謝花副知事が居たのに録音テープの公開は他の人に迷惑がかかるから公開しないようにと遺族関係者はテープを聞いた新里議長に言った。謝花副知事が居たのに遺族関係者は公開を拒んだのである。考えられないことである。
翁長知事との20分間で、承認撤回の権限の謝花知事への権限移動の話も呉屋会長、玉城デニー氏に後継を望む話もなかったと私は予想している。 
翁長知事は、承認撤回を宣言した7月27日の記者会見の前夜には知事公舎に帰るなり、玄関に置いてあるいすに3分ほど座り込み、立ち上がってもすぐに台所やリビングのいすで休んでは息を整えた。そして、玄関から着替えのため寝室に入るまで20分かかるほどに体力は非常に衰えていた。
記者会見ができたことは、樹子さんが「神様ありがとう」と心の中で叫んだくらいに奇跡的ななことであった。翁長知事のがんは体全体をむしばみ、記者会見ができたことが奇跡であるくらいに体力は衰えていた。
会見から3日後の7月30日に病状が進み翁長氏は再入院する。謝花副知事が翁長知事と面談したのは入院から5日後である。翁長知事の体力はますます衰えていただろう。

なぜ、謝花副知事は病院に行ったか。私の推理では主治医に呼ばれたからだと思う。なぜ呼ばれたか。主治医は翁長知事の余命が幾ばくも無いことを説明するために謝花副知事を呼んだだろう。これも私の推理になるが4日には翁長知事は意識混濁状態で話すことはできなかったと思う。

翁長知事が死去することを知り、これからのことを謝花副知事や新里議長などの左翼幹部たちは計画を立て、実行したのである。
私の推理のほうがつじつまは合う。テープは存在しないし、翁長知事が話したこともない。全ては左翼のでっち上げである。こんな嘘がまかり通る政治は沖縄だけだろう。
嘘をつき、でっち上げをしなければ選挙に勝てない沖縄左翼である。
沖縄人として残念であり、虚しい。

翁長知事の辺野古移設反対を支持しなくなった県民が増えただろう

翁長知事は命を懸けて辺野古移設阻止に頑張り、死去する前に承認撤回をやろうとしたことをこれでもかこれでもかと報道している。
マスコミは翁長知事の辺野古移設反対の遺志を多数の県民が支持しているのが当然であるというイメージを与えている。
でも、4年間の翁長知事を見てきて、翁長知事の辺野古移設反対を県民は本当に支持しているだろうか。
この4年間の翁長知事は辺野古移設を阻止するために奮闘してきた。それだけに奮闘してきたと言っても過言ではない。その結果、どうなったか、
承認取り消しの裁判を初め、裁判は全て敗北し、阻止はできなかった。辺野古飛行場建設は着々と進んだ。
そんな翁長知事に失望した県民は多いだろう。4年間で翁長知事の辺野古移設反対を支持しなくなった県民は非常に増えただろう、


「沖縄に内なる民主主義はあるか」より転載
http://hijai.ti-da.net/

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