«
»

日本の再生こそ世界を救う

*********
【正論】「日本の再生」こそ世界を救ふ帝塚山大学名誉教授・伊原吉之助

■蔓延(はびこ)る賤民資本主義

強欲資本主義が世界を横行してゐる。
悪(あく)の野蠻國(やばんこく)が三つある。
米國、Russia、China。

三者に共通する野蠻は、他者を際限なく貪(むさぼ)る者を野放しにしてゐる點(てん)にある。
これでは世界は修羅(しゅら)の巷(ちまた)になるほかない。

「金儲(もう)けは悪いことですか?」と問ふた人が居た。
悪事に決つてゐるではないか。
それが目的なら。
それがけじめを辨(わきま)へぬなら。

給食費を拂(はら)つてゐるから、
「戴(いただ)きます」
「御馳走(ごちそう)様」
と言ふ必要はないと言つた母親が居(ゐ)た。
植物にせよ動物にせよ、生ある物の生命を戴いて生きることへの感謝の念が根本にあり、育てた人、調理した人への謝意も含むことを忘れた罰當(あた)りな發言(はつげん)である。

このやうに、日本も腐つて来た。
責任ある地位に居ながら、税金や利權(りけん)にたかるだけで責任を果さぬ「背任横領の徒」が蔓延(はびこ)つてゐる。
とつくの昔に占領が終つて獨立(どくりつ)した筈(はず)なのに、日本弱體(じゃくたい)化の占領政策を政府もメディアも後生大事に守つてゐるのでこんなことになつた。

略字・漢字制限・現代假名(かな)遣(づか)ひは、戰後育ちに戰前の書物を讀(よ)ませぬための日本文化断絶(だんぜつ)策だつたのに、政府もメディアもひたすら遵守(じゅんしゅ)してゐる。
こんな政府もメディアも「反日の元兇(げんきょう)」と言はざるを得ない。

■野蠻國へ退化するか

正統を護持せずに、何で日本が日本で居られやうか。
私は5年前の5月に「反日蔓延る不思議の國日本」を、
昨年3月に「動物文明から植物文明へ轉換(てんかん)しやう」をこの欄に書いた。
再讀三讀して頂きたい文章である。

日本は元禄以降、つまり18世紀に世界最初の文明國を築いた。
勤勉實直(じっちょく)・薄利多賣・見ず知らずの他人を信用してかかる高信用社會(かい)である。
西歐(せいおう)が高信用社會を築くのが19世紀だ。
RussiaとChinaは現在に到るまで、やらずぶつたくりの低信用社會の儘(まま)に留まつてゐる。
米國は原住民も黒人も排除した「市民」だけで造つた人造共和國である。

移民社會だけに、下層民を信用してゐない。
だから大統領を選ぶのに一般國民の直選にせず、大統領選擧人(信用ある名望家)を選ばせる間接選擧を採用して現在に到る。
共和國(國民が市民共同體を形成し、自由で平等で友愛の間柄)と帝國(人民は雜多で不自由・不平等・差別)の二重構造なのだ。

日本は天皇家を宗家とする家中心の安定した社會構造を持つてゐた。
それを占領軍が民法を長子相續(そうぞく)から均分相續に變(か)へた。
それ以來、家も近隣社會も國民共同體もばらばらに分解した。
そこへ慾惚(よくぼ)けと邪魔臭がりに基くやらずぶつたくりの利己主義が蔓延して、今や野蠻國に退化しつつある。

■みそぎによる浄化を

占領軍に限らず、外國は日本を弱體化することによつて生延びやうとしてゐる。
19世紀ロシヤにニヒリズムが生れて以來、人生と社會を根底から破壞するニヒリズムが世界に蔓延して來た。
共産主義(レーニン主義)は、Russiaニヒリズムの嫡出子である。

曾(かつ)て素晴しい共存共榮(きょうえい)の社會を築いた大和民族が、かうまで墮落(だらく)した姿を見るにつけ、私は「死んでも死に切れぬ」思ひを禁じ得ない。
美と崇高への獻身(けんしん)、
謙虚で強くて慈愛に満ちてゐた
あの立派な日本と日本國民は何處(どこ)へ行つた?

みそぎによる浄化が必要だと思ふ。
臥薪嘗胆(がしんしょうたん)による國民精神の再生が不可欠だと思へてならない。
それが日本だけでなく、世界をも救ふ筈である。

幸か不幸か、目下米國の強欲資本主義に端を發する金融危機が、世界經濟を破綻(はたん)に導きかけてゐる。
これが日本を含む人類の浄化に役立つかも知れない。
といふより、これを契機に新しい共存共榮が出來るやうに文明を轉換すべきである。
奪ふ文明、人間性を破壞する文明から、
與へる文明へ、多元的で寛容な美と慈悲の文明へ。

幸ひ、日本には天皇陛下が居られる。
今上陛下が體現してをられる、
「美と崇高と獻身と優しさ」
こそ、日本を救ひ、世界を救ふ植物文明の原理である。
日本は慾惚けと邪魔臭がりと引籠りから脱却し、生きる歡びに目覺めるべき秋である。
物的欲望は最小限に抑へ、仲間との絆(きずな)に基く聯帯(れんたい)と心の豐かさを求めるべき秋である。

(この原稿はその趣旨から「正漢字・歴史的假名遣い」で執筆しました)
(いはらきちのすけ)
*********

2009年にこの論考をご紹介させていただいたとき、一緒に24歳(当時)のセーニャ・シモノバさんというウクライナの女性芸術家が描く砂絵の動画を貼らせていただきました。
今回も同じ動画を下に貼らせていただきます。

24歳の彼女が描いているのは、ウクライナの愛と、その愛が政治という暴力によって蹂躙された歴史です。
ウクライナはヨーロッパの穀倉地帯と呼ばれる豊穣な土地で、大半の国民がキリスト教徒です。

そのウクライナを蹂躙したソ連は、キリスト教を否定しました。
そこで1932年にウクライナはソ連から独立を目指しました。
するとスターリンによるウクライナの傀儡政権のボルシャベキ政権が、軍隊を用いてウクライナの民衆から穀物を奪い取り、さらにウクライナの国境を封鎖して食糧輸入を禁止してしまいました。

手持ちの食料は奪われる。
外からも食料は入ってこない。
逃げることもできない。
その結果飢饉が発生し、2年で1千万人の国民と家畜たちが死んで行きました。
かろうじて生き残った者も銃で撃たれて殺されました。

その悲しみを砂絵で描いているのが、セーニャさんです。
この砂絵のことを、サンド・アニメーションと呼ぶのだそうです。
素晴らしい芸術だと思います。

人が自己の利益を図るために人を支配する。
伊原先生は、19世紀以降の米露支を挙げておいでですが、そうした支配と隷属の関係によって、いちぶの人たちだけが贅沢三昧の暮らしをし、その暮らしを維持し、さらにもっと大きな贅沢を手に入れるために、人を利用して悪事の限りを働かせるという、まるでがん細胞のようなことが行われる付けたのは、いまからおよそ6千年前、奴隷という存在が誕生した頃の時代にまで遡るものだと思います。

そしてそれが頂点に達したのが、欧米列強による世界の植民地支配でした。
その500年続いた欧米列強の植民地支配を、たった三年半の戦いで終わらせたのが日本です。
しかし、その戦いは、実はまだ終わってはいません。

なるほど植民地支配という形は失われ、東亜やアフリカの人々も、同じ人間として人種の平等の利益に預かり、いまや世界中にネットが普及するようになりました。

しかし特定の民族が、他の民族を民族ごと支配するという構図は失われましたが、一生かかってもつかいきれないような大金を年収として稼ぐ世界の一部の大金持ちは、さらに自己の利益を図るために、世界に混乱を招き、あらゆる場における対立を刺激し、その混乱に乗じて金儲けに走るという、その形はいまだ終わってはいません。

けれどもあと数年して、ネットのAIが発達してくると、言葉の障壁もネットを通じてリアルタイムに翻訳され、世界中の人々が、互いにコミュニケーションすることができる世界がやってきます。
そうなれば、世界の何が問題なのか。
どこの国の誰が人類からサチを奪っているのか。
そうしたことが、次々と明るみに出てくることでしょう。
欲のある者は、そのことを見越して、他を出し抜いたりすっぱ抜いたりして、いまのうちに利益を確保しようと躍起になっています。
そして互いに暴露合戦を繰り広げ、あと数十年の内に共倒れしていくことでしょう。
世界は変わろうとしています。

しかし、これまでの利権が倒れただけで、世界が良くなるのかといえば、それは違います。
新たな人類社会の枠組みが必要になるのです。
これを「火の文明」から「水の文明」への変化だという人もいます。
「火の文明」というのは、火力(軍事)が秩序をもたらす文明です。
「水の文明」というのは、すべてが等しいことが秩序となる文明です。
火の文明では、力のあるものが力で人々や自然を支配することが秩序です。
水の文明では、民衆こそが大事であり、その民衆が自然と共生することが秩序です。

簡単にいうなら、
特定の大金持ちだけが大事な存在とされる社会か、
民衆が豊かに安全に安心して自然と共存して暮らすことが大事にされる社会か、
の違いということもできます。

そして後者を神話の昔から、ずっと希求し続けてきたのが日本です。
その日本が再び目覚めるということは、日本が上になるとか、そのために戦争をするだとか、誰かひとりの英雄が出て、強権力を持って世界を支配下に収めるとか、そういうことではなくて、民衆の心が、豊かに安全に安心して自然と共存して暮らすことを大切に思う、そういう社会をよろこびと楽しさのある平和の中で築こうと、一歩を踏み出していくということです。

そしてそれこそが、神様がつくりたかった社会といえるのではないかと思います。

※この記事は2009年9月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。


「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
http://nezu621.blog7.fc2.com/

1

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。