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海外派遣戦力の基準

■基準を知らなかった政治家の罪

 戦前の日本が戦争に至ったのは政治家が国際社会のマナーを知らなかったから。白人世界の基準に合わせるのが嫌だとしても、国際社会で生きるならば合わせなければならない。国際社会の平和は強国に都合がいいルール。これを受け入れることから始まります。

■軍政と軍令

 国家権力は独裁を避けて分離している。軍隊も軍政と軍令に分かれて運用されています。戦前の日本も軍政と軍令に分けて運用していました。

軍政:宣戦布告・停戦・休戦・国軍に戦争の政治目的を付与する。
軍令:軍隊の組織と運用は経験則に従い原則として自由。

 政治家が外国と外交を行いますが軍人は外交を行いません。政治家が外国と外交を行い、交渉や軍隊派遣を決定します。政治家が軍隊海外派遣と宣戦布告する軍政権を持っています。

■戦術と戦略の単位

 戦術の最小単位は約500人規模の大隊。そして戦術の最大単位は約2万人規模の師団です。同時に師団は戦略の最小単位で、10万人規模で戦略における一人前の戦力と言えます。

 陸戦では4万人から5万人規模は威力偵察に使われます。これは敵国に侵攻する時の単位でもあるので、国境付近に4万人以上の戦力を集中しないようにしています。

 なぜなら国家間の緊張を回避するためであり、国際社会では国境付近に4万人以上の戦力を集中しない傾向になっています。

■基準無視の日本

 政治家が軍政権を持っているので、日本軍の海外派遣は政治家が決定します。この時に政治家が派遣戦力を間違えば白人世界を怒らせます。

 日本は島国だからスケールが小さいのではなく、理屈だけで考えるから国際社会の基準に合わない傾向が有ると言えます。その一つがシベリア出兵(1919~24年)です。

 日本もシベリア出兵を要請されましたが、他国の参加兵力が1万人を超えない状況でありながら、日本は延べ人数7万人を超える戦力をシベリアに派遣しました。

 国際社会に参加するのは良いのですが、派遣する戦力を間違うと白人世界を警戒させた例の一つ。日本は戦略の最小単位である2万人規模を超え、一人前の戦力である10万人近い戦力を派遣しました。

 これが原因で、白人世界は「日本はシベリアに対して領土的野心が有る」と認識させました。日本の政治家としては理屈で考え、良かれと思ってしたことです。ですが基準を間違うと白人世界を警戒させるのです。

■海外派遣の戦力

 国際社会で地域紛争に自衛隊派遣を要請されたならば、日本も参加することが国際社会のマナー。自衛隊を派遣するならば、500人規模の大隊を派遣すれば安全第一。

 500人規模ならば現地で対応できることと、参加したことで感謝されるならばコストパフォーマンとして効率が良いのです。

 強国は国際社会に軍隊派遣を要請しますが、この時に各国に応じた戦力を求めるのも強国のマナー。だから無理な戦力投入はしません。今の強国はアメリカだから、アメリカが日本に1000人規模を求めればその時に1000人にすれば良いのです。

 強国は紛争に合わせた戦力を算出し、各国に合わせた戦力を配分します。仮にアメリカが日本に対潜哨戒機4機の派遣を要請しても、日本側の都合で3機しか派遣できないと交渉できるのも事実。この様な場合の交渉はアメリカも受け入れるので、派遣戦力を調整できるのです。

■参加することに意義がある

 アメリカが地域紛争に自衛隊派遣を求めても、日本が戦闘に参加するわけではありません。極端には参加することに意義がある。戦闘回避と参加のコストパフォーマンを優先すれば、航空自衛隊か海上自衛隊の派遣で対応できる世界なのです。

 状況にもよりますが、航空自衛隊の機体でパトロール任務も行えます。この様な場合は地上の暴動対応とは無縁。姑息な手ですが、参加するが面倒を嫌う国は使います。

 国際社会のマナーは白人世界の価値観。理屈で考えれば納得できない世界。ですが国際社会は経験則の世界です。日本が国際社会で生きるならば、国際社会のマナーに合わせるしか道は無いのです。

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