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  • 堂本かおる
    堂本かおる
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    菊田 均
    菊田 均
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    松本 健一
    松本 健一
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    中岡 弘
    中岡 弘
    著述家
    大島 直行
    大島 直行
    伊達市噴火湾文化研究所長
    時広 真吾
    時広 真吾
    舞台演出家
    渡辺 久義
    渡辺 久義
    京都大学名誉教授

    古事記に描かれた隠身(かくりみ)の凄みと君が代

    600

    まず古事記の宇宙観(あるいは時空間についての概念)ですが、ひとことでいうと、「我々の住む時空間は、神界も人間界も、 そのすべては神々の胎内にある」というものです。

    このことは、古事記の冒頭に出てきます。
    冒頭の古事記は、初めの何もない時空間に天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が成られたとあります。
    次いで高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)がお成りになられます。

    高御産巣日、神産巣日という言葉は、高次元の結び、神々との結びを意味しますので、天之御中主之神は、高次元にお成りになりまして、神々との結びを行われたとわかります。
    ただし高御産巣日神も神産巣日神も、それぞれが神様です。

    すこしややこしいのですが、現象としては天之御中主之神が現れて後、高次元の結び、神との結びが行われるわけです。
    しかしそれはただの現象ではなくて、それ自体が神だ、と古事記は解釈しているわけです。

    このようなことは、ただ神様を人格化して考えるとかえってわかりにくくなります。
    神様は、存在だけではなくて、行動や行為やはたらきのすべてが神なのだというのが、古事記の観念です。

    その立場で、古事記はここまでの三柱の神様を「共(とも)に独神(ひとりかみ)でお成りになられました」と書いています。

    「独」という漢字は、もともと「単独」を意味します。
    そこから「独神」というのは、「単独の神様だ」とわかります。
    三柱の神様は三柱おわすのであって、一緒にしてはならない。
    要するに上に述べましたように、高みでの結びも、神の結びも、それぞれが独立した神々であるということです。

    問題はその次です。
    古事記は、この三柱の神様が「隠身也(かくりみなり)」と書いているのです。
    1 三柱の神々がお成りになられた。
    2 それぞれの神々は、独立した神様だ。
    と、ここまでは良いと思います。
    ところがこれに続けて古事記は、その三柱の神様が
    3 「隠身也(かくりみなり)」と書いているのです。

    この「隠身也(かくりみなり)」は、普通「身を隠すなり=身をお隠しになられました」と訳されます。
    しかしそうであるとすると、ここはたいへんに誤解を招きやすくなります。
    なぜなら天地の創成期に三柱の神様が成られたわけですが、それが時空間に、人の形をした存在が成られたというようにイメージすると、その創生の神々は、身を隠した・・ですから、いなくなってしまうのです。

    何もない無に、神々が成られて、そのままどこかに隠れてしまった、というのなら、その後に起こることのすべても存在しないわけですから、我々も存在しないということになってしまいます。
    本当にそうなのでしょうか。

    実は「隠身」というのは、身を隠したということではなくて、「大切に胎内に入れた」ということを意味します。
    どうしてかというと、まず「隠」という漢字の旧字は「隱」です。
    この字は大切な心臓を手で覆い、その手の上からさらに道具でこれを覆い、それをさらに手で覆っている象形文字です。
    つまり「隠」は、大切に大切に保護したことを意味する漢字です。
    だから訓読みが「かくす」なのです。

    続く「身」という字は、もともと「目」のように見える部分の中にある二本の横線が胎児です。
    上のチョンが頭部、下の二本の棒が足です。
    つまり「身」という字は、妊娠している女性を意味する漢字です。

    ということは「隠身」が何を意味しているかというと、創生の三柱の神々が、それぞれ順にすべてを胎内に置いたということです。
    ひらたくいうなら、最初に無から天之御中主之神が生まれ、その存在の一切のすべてを(天之御中主之神の)胎内に入れた。
    次に高御産巣日神が、その天之御中主之神の胎内に成って、その存在のすべてを(高御産巣日神の)胎内に入れた。
    次に神産巣日神が高御産巣日神の胎内になって、その存在のすべてを(神産巣日神)の胎内に入れた、
    ということを古事記は書いているわけです。
    つまり創生の三神は、三重に我々の住む時空間を大切に保護してくださっているわけです。

    そして胎児は、母体の中にあって、母体の一部となっています。
    ということは、我々の住む時空間は、すべてが三神の胎内にある。
    もっというなら、我々は神々の一部である、ということです。
    そしてそれは、特定の誰かひとりが神々の一部になっているということではなくて、我々の住む宇宙が、その宇宙を構成しているすべてが、神の中にある、ということです。

    さらに古事記は、続く宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかひひこちのかみ)も、次に成られた天之常立神(あめのとこたちのかみ)も、創生の三神と同様に、「独神」で成られて「隠身也」と書いています。
    つまりこの二神もまた、
    高御産巣日神の胎内にて宇摩志阿斯訶備比古遅神が成られて、その存在のすべてを(宇摩志阿斯訶備比古遅神)の胎内に入れ。
    続けて宇摩志阿斯訶備比古遅神の胎内に天之常立神が成られて、その存在のすべてを(天之常立神)の胎内に入れた、というわけです。

    ここまでで、実に神々は五重に我々の住む世界(時空間)を保護してくださっているとわかります。
    そしてここまでの五柱の神々が「別天神(ことあまつかみ)」であると古事記は書いています。

    「別天神」というのは、別な天の神様ということですが、我々の住む時空間がいわば胎児であり、五柱の神々はその外側にお成りになられている母体のような存在です。
    胎児から見れば、まさに別天神(ことあまつかみ)です。
    至極もっともな記述です。

    続く二柱の神、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、豊雲野神(とよくものかみ)も、同様に「独神成坐而、隠身也」と古事記は書いています。
    この二柱の神は、天之常立神の胎内にお成りになられて、我々が知覚しうる時空間の中で、それぞれにお成りになられてその存在のすべてを胎内に入れられたわけです。

    古事記はここまでの記述で、「独神」と「隠身」という語を、都合三回繰り返して用いています。
    漢文は基本的に短い文の中で同じ言葉を繰り返して用いないというのが原則です。
    従って、古事記が、その書き出しの冒頭で、この二つの語を、三度も繰り返して述べているのは、このことがとても重要な概念であるということを示しています。

    つまり、我々のいる時空間は、神々の胎内にあって、我々の住む世界の神々も、空も雲も海も陸も、すべての物体も概念も、そのことごとくが神々の中にあり、神々の一部なのです。
    ですから我々みんながうれしいことは、神々もうれしい。
    我々みんなが悲しいことは、神々も悲しい。
    みんなではなく、個人だけが自己の健康の域を越えて利得を狙うならば、それは神々にとっても癌細胞でしかないということです。

    古事記はこうした記述のあと、五組の男女神を登場させています。
    その最後に、「いざなう男」である「イザナキ」、いざなう女である「イザナミ」の二柱の神がお成になったと書いています。
    大和言葉で、「キ」は男、「ミ」は女を意味します。
    ですから、「おきな(翁)、おみな(嫗)」といいます。

    このイザナキ大神とイザナミ大神から生まれるのが、天照大御神です。
    そしてその天照大御神からの直系のお血筋が、125代続く天皇です。

    その天皇が、天照大御神様からの万世一系のお血筋として、我が国の最高権威となり、民衆を「おほみたから」としてくださっています。
    そして我が国において、最高権力者は、天皇の下にあって、天皇の「おほみたから」が豊かに安全に安心して暮らせることを使命とする政治責任者です。
    責任者ですから、当然に、政治責任を負います。
    なぜなら権力と責任は、常にセットでなければならないものだからです。

    ところが人類の歴史を、我が国以外の諸国でみてみると、歴史を通じて国家最高の存在は、常に政治権力者でした。
    その政治権力者が、国家最高の存在として君臨し、政治権力を駆使して国を統治するというのが、世界の歴史です。
    つまり・・国家最高の政治権力者よりも上位の存在が、残念ながらありません。

    ということは国家最高責任者に対しては、誰も「責任を求めることができない」ということです。
    そうであれば、それは国家最高権力者であって、同時に国家最高の無責任者だということになります。

    諸外国における国家体制の最大の誤りがそこにあります。
    つまり、国会最高の無責任者を、国会最高権力者にしてしまっているのです。
    権力だけあって、一切の責任を負うことがないのなら、その後はやりたい放題です。
    ひとり、この世の贅を極め、人を支配し、人の命や心を蹂躙します。
    当然です。いくらそれをしても、一切責任を負う必要がないのです。
    だからオジをマシンガンで肉片になるまで射殺しても、誰もその責任を追求できず、当の本人は、平和の使者のような顔をして世界の要人と会い、適当なその場限りの約束をして、すべて反故にして、平然としています。
    大なり小なり、人類社会が築いた社会の姿の典型がそこにあります。

    我が国はそうではなく、政治上の最高権力者は、当然に責任を負う立場として国家の体制が築かれてきました。
    それが可能であったのは、日本に天皇という存在があったからこそです。

    だから中世の人は、こんな歌を詠みました。

     我が君は
     千代に八千代に
     さざれ石の
     巌(いわお)となりて
     苔のむすまで

    この歌は西暦905年に奏上された古今和歌集第七の賀歌の343番に「題知らず」として掲載された歌です。
    初句が「我が君は」になっています。
    つまりこれは「天皇」を意味しています。

    要するに天皇という存在のおかげで我が国の民が「おほみたから」とされる幸せを得ているのだから、その天皇が、未来永劫、我が国の頂点にあってほしいという願いを込めたお祝いの歌として詠まれているわけです。

    ところが、12世紀初めに一般向けに編集された和漢朗詠集の流布本から、どういうわけか、この歌の歌い出しが「君が代は」に変化しました。
    そして「君が代」は、以後、一般庶民の婚礼の儀の際の賀歌として、有名な「高砂」と並んで、定番の歌謡となっていきました。

    実はここに我が国の庶民の幸せがあります。
    もともと天皇を称える歌であった歌が、一般庶民に流布し、誰もが「おほみたから」であるという幸せの中で、男である「き」と、女である「み」が結ばれる。
    そして子が生まれ、孫が生まれ、一族が繁栄していく。
    その喜びの歌として、いつしか「我が君は」が「君が代は」に置き換えられていったからです。
    それは、日本に天皇という、政治の最高権力よりも上位の国家最高権威があるからこそできたことです。

    日本人は、幸せです。

    お読みいただき、ありがとうございました。


    「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
    http://nezu621.blog7.fc2.com/

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