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「自己実現」と「社会貢献」の両立とは(後編)

 さて、前回記事で、バブル時代を知っている世代の方と、それ以降の私たちの世代での「自己実現」と「社会貢献」の言葉の定義の違いが生まれる、時代的な背景を書かせていただきました。今回は私たちの世代の時代背景、そして私たちの世代独特の「Social Value」という価値観について書きたいと思います。

失敗したと言われたゆとり世代な私たち

 「ゆとり教育は失敗した」と言われたり、「ゆとり世代はダメだ」と言われたりしますが、まさにそのど真ん中を生きている私たちに失礼ではないでしょうか(笑)

 ただ、ゆとり教育のそもそもの目的は詰め込み型の教育ではなく、自主性を伸ばし、自らで良し悪しを判断し、生きる力を育むためのものだったはず。それなのに、学力が下がったから失敗だと言われるのは本当にどういうことなのか、教えて欲しい……。

 話が脱線しそうなので戻すと、ゆとり教育によって総合学習が導入され、道徳の時間や平和教育が重要視されるようになりました。その結果、私たちは学校で「誰かのためになりなさい」と教えられた世代でもあるのです。実はこれは私たちの世代の大きなバックボーンにあるのです。

「誰かのためになりたい」という思いを持った高校生達との意見交換の様子

「誰かのためになりたい」という思いを持った高校生達との意見交換の様子

私たちの世代の基本的な欲求

 私たちの世代は生まれた時から物質的な豊かさは満たされていました。マズローの5段階欲求をみると、安全欲求までは満たされているのが私たちの世代です。私たちの欲求、幸せは更に高次元の欲求を満たすことが大切です。つまりそれは、友情や家族愛などの社会的欲求、自尊心や他者からの承認などの尊厳や評価の欲求、そして創造性や自発性などの自己実現の欲求なのです。(実はマズローには6段階目の欲求が存在するとされており、それはコミュニティや他者への貢献であり、自己超越欲求とされている)。

マズローの欲求5段階説とは?

マスズローの欲求5段階説とは?

 私たちの世代は、「自己実現の欲求」が高いのです。だからこそ、自分自身が「なりたい姿」を定義して、そこに向かっていくことに幸せを感じるのです。なので、私たちは「Visionに生きる」人材を増やす取り組みをしています。私たちが提供する大学生向けの研修には年間で300名以上の大学生が関わり、一人ずつが、「Vision(なりたい姿)」や「Mission(創り出したい社会)」を定めます。言葉や行いたいことは違えども、ほぼ100%の人が「だれかの何かのためになりたい」ということをVisionやMissionにおくのです。

「やりたいをできたに変える」が両者を貫く

 前回記事で、私たちの世代は「やりたいをできたに変える」ことが「社会貢献」と「自己実現」を貫く、「お金」に変わるものなのではないかと書きました。

 上記の時代背景の中で、私たちは「だれかのためになること」を「良し」として学校で教えられてきたのです。私たちの世代の「やりたい」は、自分勝手なものや自分だけが良くなるようなものではなく、「誰かの笑顔につながる何か」であることが多いという事実があるのです。以上のことから「やりたいをできた」にすることは誰かのためになりながら、自己実現に向かうことができるのではないかという風に考えています。

町の人と一緒にハンモックを作った時の様子

町の人と一緒にハンモックを作った時の様子

 そして、それが私たちの世代が持つ独特な価値観である、エコノミカルバリュー(経済第一主義)と対になるような意味合いでのソーシャルバリュー(誰かの為に第一主義、お金を豊かになる一手段と捉える)の本質的な部分なのだろうと思います。

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