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あの世から届く亡き人たちの優しい想い

 1万5000人以上の犠牲者を出した、あの東北大震災から、すでに7年が過ぎました。

 7年目のちょうどその日、午後テレビを見ていると、『魂でもいいからそばにいて』(奥野修二著)が取り上げられている。副題は、「3.11後の霊体験を聞く」というもの。家族や親しい人を突然失った人たちが、その後体験したさまざまなこと。その中に「霊体験」と呼ぶしかないものがたくさんあるというのです。

 ある男性は、妻と幼い娘を失った。生きる意欲を失いかけ、悲嘆に暮れていると、夢を見た。妻が夢に出てきて、思いがけないことを告げたのです。

 「今は何もできないけど、あなたを信じてる。待っている」

 それは、「いずれ、自分もあの世に行ったときに会える、ということだろうか」と男性は思い、夢の中で妻と指切りをする。

 ある母親は、3歳の息子をなくした。最後に口に流れ込んだのが轟轟たる泥水だっただろうと思うと、何年たっても辛くてたまらない。ところがある日、息子が好きだったのはアンパンマンだったと考えていると、部屋に置いてあったアンパンマンの車が突然点滅して走り出した。

 「あの子が見てくれている。私は、簡単に死ねない」と、お母さんは思ったという。

 番組に出演しているコメンテーターの中には目頭を押さえる人もいる。あの世を信じると言う人もいる。「私はあの世を信じないけど、自己治癒をする体験ではないか」と言う人もいる。

 いくつかの体験談を聞きながら、私が不思議に思ったことがあります。亡くなったすべての人が、例外なく、「突然の、覚悟のない死」だったはずです。しかし残された人が体験した「あの世の人々」は、思ったよりも落ち着いており、むしろこの世の人を気遣っているようにさえ思えるのです。

 私自身も昔、似たような体験をしたことを思い出しました。妻が病気で亡くなって、ちょうど3年目を迎えようとしていた頃です。命日の数カ月前、車上荒らしにあって、DVDプレイヤーや財布を取られた。警察に通報すると、警察は「心当たり」があるという。車上荒らしの通報が、他にもあったものでしょう。

 それから数カ月、3年目の命日の前日、朝早くに玄関で呼ぶ声がする。出てみると、近所の男性で、「これ、お宅のじゃないですか?」と言って、泥のついた財布を見せてくれたのです。

 「どこにありましたか?」と驚いて尋ねると、「今朝、うちの畑の草刈りをしていると、草刈り機の歯にカチッと当たるものがある。何かと見たら財布で、中身を見ると、あなたの名前の書いてあるカードがあるので、なくされたものだろうと思いまして」

 次の日が、妻の命日。そして、その翌日、警察から数カ月ぶりに連絡があり、「犯人が捕まり、取ったものがいくつか戻ってきました」と言う。

 警察に赴いて、様子を聞くと、「犯人は若い男で、夜中に車上を荒らして目ぼしいものを抜き出し、後は財布ごとそばの草むらに捨てたと言っています」とのこと。

 妻の命日を挟んだ3日間で、取られたもののほとんどが戻り、事件が解決した。しかも、この解決方法には、妻の人生哲学が関わっているのです。

 昔、私が自宅で1万円札をなくしたことがある。随分探したが見つからず、私は諦める。ところが妻は執念をもって探し続け、夜も更けて私が布団に入ろうかと思っているときに、「あった!」という妻の声が響いたのです。そして一言、「なくしたものは、探し続ければ、きっと出てくるのよ」

 そういう体験があったので、私は、諦めていた財布が妻の命日に戻ってきたとき、「これは、妻が探し出してくれたな」と思ったのです。

 まだ幼かった2人の子どもを残し、若くして他界するとき、本人としても無念であり心残りもあったろうと思っていたのに、3年後のこの一件では、妻の包むような優しさを感じたのです。

 大震災で犠牲になった方々と言い、「あの世に行くと、人間性を磨いていく特別のプロセスがあるのだろうか」と考え込んだりします。もっともそれ以来、これほどに劇的なことは2度と再びないので、あの世からの通信は、想像するほど手軽なものではないようでもあります。

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