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「驚くべき『訓読み』」を編み出した先祖に感謝

 感謝の言葉「ありがとう」を書くとき、私はなるべく漢字仮名交じりで「有り難う」と書く。

 この時、2つの漢字はどちらも訓読みしています。そうすると、この言葉の意味は、「有ることが難しい」だと推察でき、「元々は、有ることが難しい、つまり普通では有り得ないような良いことが起こる、という意味だ」という解釈がすんなり納得できるのです。

 私はこれを当たり前のように思ってきたのですが、よく考えてみると、このような思考作業が可能なのは、日本語に漢字の訓読みという用法があるからだということに気がついた。それを気づかせてくれたのは、呉善花さんの『漢字廃止で韓国に何が起きたか』という書です。

 ご存知の通り、現在の韓国では漢字がほとんど使用されない。呉さんは小学4年生までは学校で漢字を習ったが、5年生になった時に韓国で公用文から漢字を排すると決まって、漢字との縁が切れた。典型的な「ハングル世代」の先駆けです。

 本書は、その呉さんが日本にやって来て、韓国語と日本語の見た目以上の大きな違いに驚いた、その体験がベースになっています。

 韓国は元々、日本と同様、漢字を輸入して言語文化を形成してきた国です。しかしその漢字は長い間、上流層、知識層のみが使うもので、一般庶民には縁遠いものだった。それで15世紀の半ば、当時の李氏朝鮮、世宗王の命を受けて「訓民正音」(民を教える正しい音)が考案された。これが今日「ハングル」と呼ばれるものです。

 ところがこれは、一般庶民にもあまり広まらず、漢字至上主義の知識層はもちろん使わない。数百年後、日本統治時代に日本が学校制を敷きながら、「ハングル」として広まっていったようです。

 日本人から見れば、韓国語は日本語と語順もほとんど同じ、単語も同じ漢字を使ったものが多い。日本語で漢字仮名交じり文が当たり前のように、韓国語でも漢字とハングルを組み合わせて書けばいいという発想は、自然に出てくるでしょう。

 しかし、韓国が独立し、しばらくすると、漢字を排し、ハングル一本でいくということになった。なぜこんなことができたのか。

 韓国には、漢字は国字だという考えがなかった、ハングルだけが国字だと見做されたからだと、呉さんは言う。ここが日本と違うところです。

 漢字学者である白川静氏が言うように、日本では、「漢字は国字」なのです。

 漢字を輸入した国は日本以外にも、韓国、ベトナムなどいくつもありますが、日本のように漢字をもとにして仮名を作った国は他にない。しかも、日本人は漢字を音読みするだけでなく、訓読みという読み方を考案した。それで、日本では漢字が完全に国字になったのです。

 我々が小学校に入って漢字を学ぶとき、一つの文字にいくつもの音読みがある上、さらには訓読みまである。どうしてこんなに日本語は複雑で煩わしいのかと恨めしく思うのですが、実はこれがあまりにも素晴らしい先人の知恵であり、言語文化の偉大な遺産だったのです。

 漢字に対する日本と韓国の対応の違いを一つ見てみましょう。

 「国破山河在」という有名な漢詩の一節。

 これを韓国では、「クック・パ・サン・ハ・ジェ」と読み、その意味はおよそ、「戦争で国が敗れて悲惨な状況が生まれても、国土の自然は何ら変わることない姿を見せている」というふうに理解する。

 それに対して日本では、「国破れて山河在り」というふうに送り仮名をふって、日本語で読み下すことを教わる。これで、漢詩も日本の詩になるのです。

 呉さんは、韓国が国家として敢行した漢字排除の政策を慨嘆しています。国家の力で一度こんなことをして、数十年が過ぎてしまうと、それがどんな結果をもたらすかを分かっても、取り戻すことは極めて難しい。わずか一世代前までの先人が残した文書も読めなくなるし、もう一度漢字を復活させようとしても、漢字を習わなかった先生が生徒に教えるのも難しいでしょう。

 呉さんは是非とも漢字復活を願う。しかし、ただ漢字を復活させるだけでも足りないだろうと考える。日本語のような「訓読み」まで考慮しないと、本当に充分な文化革命にはならないだろうと言うのです。

 日本の先人たちの営々たる尽力に、改めて感謝の念を禁じ得ません。

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