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韓国紙セゲイルボを読む rss

「サイゴン陥落」のデジャブ

 板門店宣言以後、北核廃棄が終戦宣言と平和協定問題につながり、ついに在韓米軍撤収論議にまで出てきた。韓国と米国が慌てて否定し、論議はひとまず水面下に潜ったが、不吉である。

 1949年6月27日、最後に残った米軍1500人が仁川港を離れた。その3日後、米陸軍は「撤収完了」を発表した。当時ソ連は「北に駐留するソ連軍6万人を撤収させるから、南側の米軍2万人も引け」と米国を圧迫した。

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政治家の断食

 1983年5月、新聞の片隅に「在野人士の食事問題」「政治懸案」という短信の記事が掲載された。金泳三(YS)元大統領が民主化を要求して23日間続けた断食に関する記事だった。政府の報道統制のため「断食」という言葉は一言もなかった。髭(ひげ)を剃(そ)らず憔悴(しょうすい)した顔のYSが病院に運び込まれた写真を見た国民たちはその時になって初めて政治弾圧の実情を悟るようになった。

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なぜ今、在韓米軍の存在を揺さぶるか

 文正仁大統領外交安保特別補佐官は米外交専門誌フォーリン・アフェアーズに、「平和協定が締結されれば在韓米軍はどうなるのか。…米軍がずっと韓国に駐留する名分を探すことは難しいだろう」と書いた。

 彼の在韓米軍に関する発言は初めてではない。2月には「大韓民国大統領が在韓米軍に出て行けといえば出て行かなければならない」と発言して波紋を広げた。

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板門店宣言後の「統一」の進路

 「板門店宣言」が発表され、韓国民は楽観的な期待にみなぎっている。一部では感激で親近感を感じるとし、北朝鮮の金正恩労働党委員長を褒め称(たた)えたりもするが、本当に南北関係が思い通りに進み、北核廃棄→平和→統一が達成されるのだろうか。

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わが国の鎧は何なのか

 古代は戦争の時代だ。領域を拡大しようとする古代の諸国家の間で、戦争はいつでも起こっていた。中国史の時代区分に「戦国時代」があるのは、それなりの理由があるのだ。百済を建国した温祚王。卒本扶余の王となった義父(実父との説もある)の高朱蒙から逃れて南に下ってきた温祚が直面したのも戦争だった。

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地球上で唯一残った非武装地帯の未来

 韓半島を分ける「非武装地帯」(DMZ)。韓国動乱の休戦と同時に軍事的衝突を防止するためにつくった緩衝地帯だったが65年間、そこが非武装であったことはなかった。重火器が配備され、地雷が炸裂(さくれつ)し、生死が交錯する激戦場だった。

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北の“オリーブの枝”は本物か

 分断の象徴である板門店が平和の象徴に変身したことは歴史のアイロニーだ。南北が軍事的に対立するごとに激しいやりとりをした所だ。北朝鮮軍がポプラの枝を切り落とした国連警備兵らに斧(おの)を振り回して殺害した現場でもある。そのような悲劇の最前線で金正恩労働党委員長がポプラの代わりにオリーブの枝を持って登場する。

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韓半島統一の機会なら逃すべきでない

 私たちがよく見る韓半島が中心にあって両側に大陸が広がっている世界地図は安定感と均衡感を与える。地図の上下をひっくり返してみれば、太平洋とインド洋が韓国の前庭のように見え、「韓国が世界の中心だ」というスローガンがもっともらしく聞こえる。

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半導体戦争

 アリババは中国最大の電子商取引会社だ。英語の講師だった馬雲(ジャック・マー)が創業した。馬雲は1964年、浙江省杭州市で生まれた。そんな因縁のためなのか、アリババは杭州の半導体企業を買収した。買収した企業はC-SKY(中天微)だ。この事件をめぐって世界の半導体業界に緊張が走った。“半導体戦争”を告げる信号弾であるためだ。

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準国賓待遇の金正恩委員長、礼砲や国歌演奏は省略か

 韓国大統領府は金正恩労働党委員長に国賓に準ずる優遇をする見通しだ。分断後、北朝鮮最高指導者としては初めての韓国訪問という象徴性があることに加えて、韓半島平和定着の重大な転機になる今回の首脳会談の相手である金委員長に会談の内容とは別に、客を迎える礼は尽くすという意味だ。

 南北は23日、首脳会談のための関連実務会談で、首脳会談当日の公式歓迎式と歓迎晩餐(ばんさん)を開くなど細部日程で合意した。

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成果主義より地域特性生かした観光政策を

 国内外の旅行に出掛ける人が増えるとともに、その目的も多様化している。しかし、地方自治体などでは観光対策として予算をつけて新しい施設を造ることだけに汲々(きゅうきゅう)としているのが現状だ。結果、同じような施設が全国各地に造られ、観光客は変わり映えのしない風景を見させられることになる。このような“観光開発流行”は旅客数等の成果にだけ執着する行政便宜主義的思考に起因する。

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使われなくなる「未亡人」

 「未亡」とは、夫が死んだ時に後を追って死ぬことができず、独りだけ生き残っていることを意味する。未亡人は夫を亡くした夫人が自分を低めて呼ぶ言葉だ。古代の北方民族の「殉葬」文化から始まったものと推測される。中国春秋時代の魯の学者、左丘明が著したとされる『春秋左氏伝』で初めて使われた。楚の宰相、子元が先王(兄である文王)の夫人を誘惑しようと、宮殿の横で「萬」という踊りを踊らせたが、夫人が「先王はこの踊りで軍事訓練を行ったのに、今は未亡人の傍らでこんなことをするなんて、おかしくありませんか」と語ったというのだ。

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米大学「韓米研究所」閉鎖の衝撃

 小説家パール・バック。幼い頃中国に行き18歳まで暮らした。小説『大地』『西太后』『東の風・西の風』は中国を背景にしている。歴史学者ジョン・K・フェアバンク。西欧の東洋史学者第1世代で、1930年代、北京の精華大学で講義した。ハーバード大初の中国史教授である彼の『東洋文化史』は古典である。『中国の赤い星』を書いたエドガー・スノー。22歳で中国に行き12年間記者生活をした。毛沢東に直接会った。

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韓米自由貿易協定の再協議で得たものは

 韓国政府が韓米自由貿易協定(FTA)再協議が妥結したと発表したが、米国は南・北・米首脳会談以後に交渉妥結宣言を先送りするという。

 韓国が再協議を通じて得たものは何なのか。開始から妥結まで、相手方の意図を予測できず、主導権を渡して言いなりになって、相手方が投げた条件を受け入れて妥結してしまった交渉だということができる。

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歴史動かせるか「板門店会談」

 1945年2月、旧ソ連クリミア半島の休養地ヤルタにフランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相、ヨシフ・スターリン・ソ連共産党書記長が集まった。ドイツ分割占領など戦後処理の原則を定めたヤルタ会談だ。学者たちはこの会談を「ソ連外交の金字塔」だと呼ぶ。

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つり橋ブーム

 江原道の原州市地正面にある艮峴(カニョン)観光地は1970年代~80年代、首都圏近隣の行楽地として脚光を浴びた。小金山から流れ出た三山川の水かさが深くない上に、白い砂の川原が広がっていて、水遊びの場所としてはもってこいだった。(春川市南山面)江村(カンチョン)、(京畿道楊平郡)両水里(ヤンスリ)などと共に、大学生が集団でデートする場所として有名だった。しかし、高速道路が拡張されて、原州に工業団地が造られるようになってから、艮峴観光地は衰退し始めた。

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“民族の血脈”南北鉄道、一日も早い復元を望む

 南北間の緊張緩和の雰囲気を迎えて、足踏み状態の南北鉄道の連結、離散家族の対面など、これまで中断されていた南北交流協力事業が本格的に推進されるように願う。特に実質的な統一のための準備作業という面から、最も優先的に推進しなければならないのが南北鉄道の復元だろう。

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実りの秋は来るのか

 金正恩・朝鮮労働党委員長が「秋には実りを持って『秋が来た』という公演をソウルで開催しよう」と言った。一昨日、東平壌大劇場で開かれた韓国芸術団の公演『春が来る』を観覧した後に、語った言葉だ。秋という“デッドライン”を示した。ソウル公演を観覧するために来るだろうという韓国側の期待感まで煽(あお)っておいた。

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超強硬派ボルトン氏起用を受けて

 トランプ米大統領は国家安保問題補佐官としてボルトン元国連大使を選んだ。それも歴史上初めての北朝鮮指導者との会談を予告した時点でだ。北に対する軍事的攻撃も排除しない超強硬派ボルトンの登場に“韓半島のチェス盤”がにわかにせわしくなっている。

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北朝鮮との核交渉には「プランB」も用意せよ

 米朝首脳会談をよく「世紀の会合」というが、不確定要素が多く、条件はそれほど良くない。北朝鮮は米朝首脳会談や非核化に関する公式の見解を出しておらず、朝鮮中央通信は「全てのものが開始にすぎない」と言っている。4月1日から始まる韓米合同演習の日程発表にも何の言及もない。

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鉄鋼王・朴泰俊氏の夢

 時価総額28兆ウォン(約2・7兆円)、従業員1万6500人。韓国企業で初めてニューヨーク証券取引所に上場し、米国の投資家ウォーレン・バフェット氏が投資価値を認めた企業。浦項市民の60%に影響を及ぼす会社。軍人だった朴泰俊氏が誕生させて今年4月に創立50周年を迎えるポスコ(旧浦項製鉄)の実績だ。

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13年前にも囁かれた北の甘言

 北朝鮮が核兵器保有を宣言すると、鄭東泳統一相(当時)が2005年6月17日、特使として平壌にすっ飛んで行って金正日国防委員長(総書記)に会った。

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韓国市場攻略進める中国グローバル企業

 「モバイク、微信、滴滴出行」。わずか2、3年前には見慣れなかった用語がいまや韓国の日常生活の中に深々と食い込んでいる。

 3年前誕生したシェア自転車の「モバイク」はグローバル共有自転車の巨人に成長した中国企業。企業価値が1兆ウォン以上だと伝えられている。

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