ワシントン・タイムズ・ジャパン

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プーチン大統領は自ら招いた孤立を自覚せよ

 ロシアの首都モスクワ「赤の広場」で、旧ソ連の対独戦勝70年記念軍事パレードが行われた。過去最大規模の軍事パレードで国威発揚に努めたが、これを観閲した首脳級は、旧ソ連圏を除けば旧共産圏など十数カ国だけだった。プーチン大統領はウクライナ問題で自ら招いた国際的孤立を自覚すべきである。

 外国首脳の出席はわずか

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4人で決めたクリミア併合

ロシア研究家 乾 一宇

 独裁国家では、首脳が公の席に現れなくなると騒ぎになることがある。

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ロシア政府、愛国教育を強化

2020年までに入隊希望者10%増へ

 ロシアのプーチン政権は、国民に対する愛国教育の強化を進めている。教育科学省が作成した「ロシア市民愛国教育」に関する新たなプログラムでは、2020年までの5年間で「祖国を誇りに思う」ロシア市民を8%増加させ、軍への入隊希望者を10%増やすとの目標が掲げられた。外国勢力がロシアの社会問題を利用し、ロシアを政治的に不安定化させる試みを防ぐことなどが、同プログラムの目的だ。(モスクワ支局)

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民主派ネムツォフ氏の暗殺

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

 ロシアの反プーチン政治家ボリス・ネムツォフ(55)が2月27日夜、クレムリン近くで何者かに暗殺されて1カ月が過ぎた。犯行そのものは「よく練られた計画性はなく、アマチュアの仕業のようだ」(英国際情勢分析専門家)との見方があり、警察当局も「(弾道鑑定や現場に残された薬莢(やっきょう)によって)銃弾が古くふぞろい(1986年製と92年製)であり、自家製の銃が使用された可能性からも、プロの犯行ではない」と推測した。

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困り者のモスクワの警官

地球だより

 モスクワで暮らす我々にとって一番の脅威は、実は犯罪者ではなく警官だ。

 彼らは外国人と目が合えばパスポートの提示を要求する。日本人だと分かると態度が親切になり、言葉遣いも丁寧になる。しかし、どちらにせよ住民登録を怠ったと言いがかりをつけ「逮捕されるのがいやならカネを払え」と言う。

 困ったことに彼らは、こういう場合に日本人なら15㌦程度の賄賂を渡してしまうと知っている。

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ロシアの野党指導者暗殺でチェチェン現役軍人逮捕

 プーチン大統領を批判してきた野党指導者、ボリス・ネムツォフ元第一副首相が先月27日、モスクワ中心街で暗殺された事件で、実行犯と黒幕をめぐり、さまざまな見方が飛び交っている。このような中で、チェチェン共和国カディロフ首長の元私兵組織メンバーで、現在は同共和国内務省部隊の現役軍人が容疑者として逮捕された。捜査をめぐり、カディロフ首長と、プーチン大統領側近の治安関係者らが対立しているとの見方も出ており、事件の真相は闇の中だ。(モスクワ支局)

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クリミア併合1年、撤回に向け対露圧力強化を

  ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ南部クリミア半島の併合を決定してから1年が経過した。

 併合は「力を背景とした現状変更」であり、決して容認することはできない。国際社会はロシアへの圧力を強め、併合を撤回させる必要がある。

 プーチン氏「核使用」発言

 プーチン大統領は当時、クリミアの「住民投票」で示された「民意」を理由に併合を正当化した。

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戦争動員態勢強めるロシア

ロシア研究家 乾 一宇

 昨年末、ロシアはウクライナ情勢などを踏まえ、2020年までを想定した2010年2月制定の軍事ドクトリンを急遽(きゅうきょ)修正し、公表した(2月1日付本欄参照)。

 本稿では、ロシアがウクライナ情勢をどうとらえ、軍事ドクトリンをどのように修正したのかを見てみたい。

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野党指導者暗殺、露民主主義に深刻な懸念

 ロシアのプーチン政権を批判してきた野党指導者ボリス・ネムツォフ元第1副首相が、モスクワ中心街で射殺された。国家統制色が強まるロシアで、野党指導者、反政権ジャーナリスト、人権活動家らの暗殺が相次いでいる。ロシアの民主主義の実態に、深刻な懸念を抱かざるを得ない。

 「反戦デモ」の直前に

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モスクワ郊外は学校不足

地球だより

 友人が住むモスクワの郊外の街ポドリスクを、エレクトリーチカ(近郊電車)で南に1時間ほど揺られて訪ねた。最近のモスクワ郊外は地方から若者層の流入が進んでいる。モスクワ市民権を持つ平均的な子持ちカップルは、モスクワ環状道路の外側に住居を求める。

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ウクライナ停戦合意の行方不透明

 ウクライナ東部での親ロシア派と政府軍の戦闘終結に向け、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国首脳会議がまとめた停戦合意「新ミンスク合意」が15日、発効した。しかし、停戦発効後も親露派は要衝デバリツェボで攻勢を続けるなど、合意の行方は不透明だ。ウクライナ議会でも、東部への自治権付与で親露派に譲歩したポロシェンコ大統領に対する不満が高まっており、和平プロセスそのものが瓦解(がかい)する可能性もある。(モスクワ支局)

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ロシアの軍事ドクトリン修正

ロシア研究家 乾 一宇

 冷戦時代、ソ連には安全保障という概念はなく、国防分野における最高の文書として「軍事ドクトリン」があり、これからの戦争の目的と性格、国家・軍の戦争準備、戦争遂行の方法などを状況に応じ定めていた。

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プーチン露大統領の歴史像

日本大学名誉教授 小林 宏晨

 プーチン・ロシア大統領は欧州における侵略戦争を“復活”した。ロシアの歴史像は、この展開に適応し、1939年の独ソ不可侵条約を“復権”した。

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ウクライナ政策 米国の陰謀説から決別を

2015 世界はどう動く 識者に聞く(18)

ロシア科学アカデミー主任研究員 アレクサンドル・ツィプコ氏 (下)

 ――そうであるならば、ロシアは思想的に正しい道を進んでいるとの希望がある。

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西欧の価値観 ロシア文明特別論が挑戦

2015 世界はどう動く 識者に聞く(17)

ロシア科学アカデミー主任研究員 アレクサンドル・ツィプコ氏(上)

 ――ロシアの2014年をどのように評価するか。

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ロシアの今後に悲観的見方

 ロシアの政治・経済分野の有力者・有識者らが集う会議「ガイダル・フォーラム」が1月14日から16日、モスクワで開催された。原油価格の急落や欧米の対露経済制裁などを受けロシア経済がマイナス成長に陥る中で、会議では悲観的な意見が相次いだ。また、昨年末に反プーチン指導者ナワリヌィ氏が有罪判決を受けたことについて、政治的混乱の中で同氏が反政権派のリーダーとなることをクレムリンが恐れためだ、との見方も示された。(モスクワ支局)

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ルーブル暴落後のロシアのクリスマス

地球だより

 1年の中でも、ロシアの街が最も活気にあふれるのがこの時期だ。ロシアでは旧暦(ユリウス暦)に従って、新年を迎えた後の1月7日にロシア正教のクリスマスを祝うのだが、ソ連崩壊後は西欧のクリスマスもお祝いする人々が増えた。

 西欧のクリスマス(12月25日)、新年、ロシア正教のクリスマス、そしてユリウス暦で祝う旧正月(1月14日)とお祭りが続く。

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ロシア通貨ルーブル急落、プーチン大統領会見に厳しい目

 ウクライナ危機をめぐる欧米の対露経済制裁や原油安を背景に、ロシアの通貨ルーブルの価値が急落し、15日には最安値を更新した。このような中で18日に開かれたプーチン大統領の年次記者会見が注目を集めたが、大統領は危機打開への具体的な方策を示すことはできず、失望感が広がった。ベラルーシやカザフスタンなどロシアの「友邦」とされる国々に離反の動きも見えつつある。(モスクワ支局)

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ルーブル暴落、ウクライナ危機を打開せよ

 通貨ルーブルの暴落によってロシアは1998~99年のルーブル危機以来のクライシスに直面し、プーチン政権を脅かしている。

原油価格下落の影響

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続・ドブルイニン回想録を読む

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

米ソ冷戦史のエピソード/レーダー工事遅れ大韓機撃墜

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プーチン大統領の古典的な“弁明”

 ロシアのプーチン大統領は4日、クレムリンで年次教書演説を行ったが、その中で欧米諸国の対ロシア制裁を「根拠に乏しいロシア抑止政策であり、ロシアへの明らかな敵対行為だ」と主張し、「不法な欧米諸国の敵対行為を絶対甘受しない」と述べた。ここまではプーチン氏が頻繁に繰り返してきた対欧米批判だ。

 問題はその次の発言だ。バチカン放送独語電子版6日によると、欧米側の対ロシア制裁の契機となった今年3月のウクライナ南部のクリミア半島併合について、「ロシア民族にとってクリミアは聖地だ。ちょうど、イスラム教徒とユダヤ人にとって『神殿の丘』(Tempelberg)のようだ」と弁明したというのだ。

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ロシアの孤立浮き彫りになったG20

 オーストラリア・ブリスベンで15、16の両日に行われたG20(20カ国・地域)首脳会合に出席したロシアのプーチン大統領は、ウクライナ問題で各国首脳から批判を受ける中、首脳会合の日程終了を待たずに途中帰国した。ロシアは中国、インドなど新興5カ国(BRICS)首脳からも支持を得ることができず、孤立の度合いを深めている。(モスクワ支局)

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ドブルイニン回想録を読む

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

 アナトーリー・F・ドブルイニン。知る人ぞ知る、フルシチョフ時代の1962年からブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコ、そしてゴルバチョフ政権の86年まで24年間も、駐米ソ連大使を務めた人物である。71年にソ連共産党中央委員に選ばれ、大使退官後には約2年間、党中央委書記兼党国際部長の重責を担った。その後、ソ連最高会議幹部会議長とゴルバチョフ大統領の顧問を歴任。2010年4月、90歳5カ月で亡くなった。

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