■連載一覧
  • 波紋呼ぶLGBT請願
  • 検証’18米中間選挙
  • 人口減少社会を超えて 第2部・戦後人口政策の誤り
  • 新閣僚に聞く
  • 2018/12/06
  • 2018/11/11
  • 2018/10/29
  • 2018/10/25
  • 2016 世界はどう動く-識者に聞く
  • 戦後70年 識者は語る
  • 2015 世界はどう動く-識者に聞く
  • 2014 世界はどう動く
  • 2016/1/04
  • 2015/8/09
  • 2015/1/07
  • 2014/1/06
  • 香港・中国返還20年 「一国二制度」の前途
  • 台湾に吹いた蔡英文旋風
  • ルポ・政権交代の攻防 台湾総統選
  • 二極化する香港 識者インタビュー
  • 香港誌「前哨」編集長 劉達文氏に聞く
  • 「雨傘革命」下の香港 揺れる一国二制度の行方
  • 揺れる香港 各派リーダーに聞く
  • 香港の普選運動 親中派民間団体代表の見方
  • 2017/7/01
  • 2016/1/18
  • 2015/12/26
  • 2015/7/12
  • 2014/11/21
  • 2014/11/14
  • 2014/11/06
  • 2014/7/08
  • 中国「一帯一路」最前線 バルカンに吹く風
  • 危機のアジア 識者に聞く
  • 南シナ海 強まる中国支配 安保専門家に聞く
  • ドゥテルテ大統領就任から3カ月 どこへ向かう比政権
  • 香港「自治」の行方 識者に聞く
  • 中華圏に浸透する同性婚
  • 中台関係の行方
  • 日米同盟と台湾 海洋安全保障の展望
  • 蔡英文時代の台湾 本土派路線のビジョンと課題
  • ASEANの夜明け アジアハイウエー7000キロルポ
  • 緊張 南シナ海
  • 中央アジア胎動 中国「新シルクロード」と日本の戦略
  • “政熱経熱”の中韓
  • 新QDRと米中軍事バランス
  • 新グレートゲーム・幻想だった中国の平和的台頭
  • 新グレートゲーム・中国南進の海
  • 2018/8/20
  • 2018/1/04
  • 2017/7/26
  • 2016/9/21
  • 2016/8/17
  • 2016/7/26
  • 2016/6/03
  • 2016/5/31
  • 2016/5/19
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  • 2015/11/18
  • 2015/10/14
  • 2015/9/07
  • 2014/3/31
  • 2014/2/14
  • 2013/4/18
  • ムスリム同胞団とアラブ モハメド・F・ファラハト氏に聞く
  • 多難な年明けのトルコ
  • EUと難民 UNHCRウィーン事務所報道官に聞く
  • ロシアのシリア内戦介入 アルアハラム財団事務局長に聞く
  • 2017/9/01
  • 2016/1/30
  • 2015/12/11
  • 2015/11/13
  • 懸案にどう挑む 第4次安倍改造内閣
  • 「赤旗」役所内勧誘の実態
  • 憲法改正 私はこう考える
  • 衆院選大勝 安倍政権への提言
  • 2017衆院選 国難と選択
  • 新閣僚に聞く
  • 第3次改造内閣 信頼回復へ始動
  • ’17首都決戦
  • 施行から70年 憲法改正を問う
  • どうなる「民共協力」 27回共産党大会の焦点
  • 蓮舫民進 疑問の船出
  • 新閣僚に聞く
  • 「立憲主義」について
  • 再改造内閣 始動
  • 安倍政権 新たな挑戦
  • 16参院選 注目区を行く
  • 伊勢志摩サミット
  • 憲法改正 ここが焦点
  • 筆坂元日本共産党ナンバー3と田村自民党政務調査会審議役が対談
  • 第3次安倍改造内閣スタート
  • 詳解 集団的自衛権 安保法制案の合憲性
  • 衆院選 自公圧勝 ~課題と展望~
  • ’14衆院選 注目区を行く
  • 第2次安倍改造内閣スタート
  • 日米首脳会談 成果と課題
  • 2018/10/04
  • 2018/3/30
  • 2018/2/15
  • 2017/10/25
  • 2017/10/16
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  • 2015/8/06
  • 2014/12/16
  • 2014/12/07
  • 2014/9/05
  • 2014/4/26
  • '18沖縄県知事選ルポ
  • 歪められた沖縄戦史 慶良間諸島「集団自決」の真実
  • 国防最前線・南西諸島はいま 第2部 自衛隊配備へ動く石垣島
  • 国防最前線・南西諸島はいま 第1部 与那国島・陸自駐屯地
  • 激震・翁長県政 「オール沖縄」の凋落
  • 普天間基地移設 経緯の検証と提言
  • 「援護法」に隠された沖縄戦の真実
  • 2018/9/25
  • 2018/4/07
  • 2016/10/31
  • 2016/10/12
  • 2016/1/26
  • 2015/10/01
  • 2013/7/08
  • 平壌共同宣言の波紋
  • どうなる米朝首脳会談
  • 検証 南北首脳会談
  • どう見る北の脅威
  • 北暴走 揺れる韓国
  • どう見る北の脅威
  • 北朝鮮 制裁の現実
  • どう対処 北の脅威 米有識者に聞く
  • 9年ぶり左派政権 文在寅大統領の韓国
  • 弾劾の波紋 漂流する韓国政治
  • 検証・金正恩統治5年
  • どこへ行く混迷・韓国 国政介入事件の深層
  • どう見る金正恩体制 日韓専門家対談
  • 迎撃ミサイル配備 韓国の決断
  • 3代世襲“完成” 北朝鮮第7回党大会
  • 検証 元料理人 藤本氏の再訪朝
  • 韓国総選挙ショック
  • 日韓国交正常化50年 識者に聞く
  • どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年
  • 日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて
  • 張成沢氏失脚 北で何が起きたか
  • 2018/9/26
  • 2018/5/23
  • 2018/5/01
  • 2018/2/13
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  • 2015/2/05
  • 2013/12/10
  • 待ったなし地球温暖化対策
  • 環境先進国フランスの挑戦
  • 迫る気候変動の脅威 どうする大災害への備え
  • 2016/1/02
  • 2015/10/07
  • 2015/9/21
  • 米国の分断 第3部 「自虐主義」の源流
  • 米国の分断 第2部 反米・容共の風潮
  • 米国の分断 第1部 断罪される偉人たち
  • 「米国第一」を問う トランプを動かす世界観
  • トランプのアメリカ 就任から1年
  • トランプVSリベラル・メディア
  • 「情報戦争」時代と米国
  • 米軍再建への課題-元上級将校の提言
  • トランプ政権始動
  • トランプ大統領の衝撃 米国と世界はどこに向かう
  • トランプvsヒラリー 米大統領選まで1カ月
  • オバマのLGBT外交 米国と途上国の「文化戦争」
  • トランプVSヒラリー 米大統領選まで3カ月
  • オバマ外交と次期米大統領の課題
  • 2016年米大統領選まで1年
  • 再考 オバマの世界観
  • オバマの対宗教戦争・第1部
  • オバマの対宗教戦争・第2部
  • 2018/10/15
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  • 2015/7/06
  • 2013/8/05
  • 2013/9/30
  • JAXA宇宙探査計画
  • 2015/12/24
  • 歪められた沖縄戦史 慶良間諸島「集団自決」の真実 rss

    昨日の敵は今日の友、自責の念晴れた石原隊長

     バックナー中将らが立っていた丘陵最東端の真南1キロの地点には日本軍の榴弾(りゅうだん)砲2門が草木で擬装され、じっと隊長の発射命令を待っていた。野戦重砲兵第1連隊長の石原正一郎大尉は砲弾が8発しか残されておらず、その砲弾の標的がくるのを今か今かと待っていた。

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    バックナー中将の戦死、最後まで前線で兵士鼓舞

     筆者はこの連載の冒頭で「最も醜いはずの戦争の中に、最も美しい物語が潜んでいる」と書いた。今回はその一つを紹介しよう。1945年6月18日、南部前線視察の日だ。バックナー中将の部下らは前線視察は危険だからと忠告したが、将軍はいつものように「部下の兵士らが前線で戦っているのに将軍の私が逃げるわけにはいくまい」と忠告を一蹴した。将軍は前線視察がどれだけ兵士の士気を鼓舞するか、よく知っていたから、しばしば前線に出ていた。

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    ずさんな『新沖縄戦』、両軍トップ戦死の日付に誤り

     「集団自決」という言葉は伊佐(大田)良博氏が『鉄の暴風』の中で初めて使用したもので、それまで「玉砕」と当たり前のように使われていた。実際、今でも渡嘉敷島では「第1玉砕場」とか「第2玉砕場」という呼び名が使われている。ところが記念碑には「集団自決の碑」と刻まれ、「玉砕の碑」の表記は使いづらくなっている。筆者も今さら「玉砕」という言葉を使えず、本当に困っている。だから、カッコ付きの「集団自決」で前に進もう。

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    嘘を事実認定する新県史 大田元知事、投降日を捏造

     昨年3月、沖縄県は県史『新沖縄戦』を発行した。執筆者は吉浜忍沖縄国際大学教授(今年引退)の指揮下に37人いるが、本の内容は実に杜撰(ずさん)なものだ。

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    歴史歪めた歴代知事の責任、「集団自決」に無知な翁長氏

     第1次世界大戦が終わり、戦後処理が始まった時、日米軍縮会議が開かれ、「琉球」をどうするか議題に上がった。ドイツ領であった南洋諸島が日本の「管轄下」に置かれたことはよく知られているが、「琉球」のことは誰も知らない。

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    沖縄は全体主義的閉鎖社会、曽野綾子氏の予言的指摘

     連載第1回で筆者は、1950年8月15日、沖縄タイムス編『鉄の暴風―現地人による沖縄戦記』によって赤松嘉次大尉と梅澤裕少佐は「集団自決」を命じた「極悪人」であることが暴露され、そのイメージが定着した、と書いた。『鉄の暴風』の第2章「悲劇の離島・集団自決」の著者・伊佐(後に太田と改名)良博氏がその元凶だったが、その後、誰もそれを咎(とが)める者はなかった。しかし、曽野綾子氏が73年、『ある神話の背景』で赤松氏や第3戦隊の隊員らに取材し、太田良博氏の“極悪人赤松嘉次”の神話が音を立てて崩れていったのだ。

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    渡嘉敷島“玉砕”の真実、3人組で20人超を殺害

     金城重明牧師は「集団自決」の日から50年後の1995年、一冊の本を高文研から出版した。『集団自決を心に刻んで―沖縄キリスト者の絶望からの精神史』というタイトルだ。彼は70年4月15日、琉球新報紙上に「渡嘉敷島の集団自決と戦争責任の意味するもの」と題する一編を発表した。あの集団自決から25年後、長い沈黙を破って表に出てきたのだ。そして50年後には東久邇(ひがしくに)稔彦(なるひこ)内閣の「一億総懺悔(ざんげ)」を非難している始末だ。

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    親族「殺した」金城牧師

     前回、沖縄の新聞やテレビで乱用されている「集団自決」「強制集団死」という並列表記の起源が伊佐良博氏の『鉄の暴風』で使われた造語にあることを記し、安仁屋政昭、石原昌家、林博史の3氏の責任を指摘した。

     ここからは、渡嘉敷村と座間味村でいったい何が起きたのか検証する。

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    意味のない並列表記 、「集団自決」は「玉砕」

     今、目の前に分厚い本がある。昨年3月発行の『沖縄県史(新版)沖縄戦』だ。翁長雄志知事(当時)は発刊の言葉で「本書が平和の創造への一助となることを期待します」と高らかに宣言している。しかしながら、書の内容は悲惨なものだ。何が悲惨か検証しよう。あり余る悲惨さの中で「集団自決」に焦点を当てて話を進めよう。

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    罪重い犠牲者数捏造、住民死者は最大5万5000人

     「平和の礎(いしじ)」の隠された真相については初めて明らかにした。そこに刻印された沖縄出身者のほとんどが沖縄戦とは関係ないことも理解できたものと思う。それでは、沖縄戦で一体何人の沖縄住民が死んだのか、について調べよう。

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    沖縄戦戦没者 三つの数字 水増しされた住民死者数

     沖縄戦の「戦没者総数」として三つの数字が存在する。①1968年、琉球政府が発表した「20万656人」②大田昌秀氏が『沖縄戦とは何か』(85年版)で発表した「25万6656人」③「平和の礎(いしじ)」に刻銘された「24万1468人」(2017年度)―だ。これから、これらの数字が全て子供騙(だま)しの欺瞞(ぎまん)、いや、詐欺であることを単純明快に証明したい。

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    デタラメな調査で大広告、生存者も戦没者名簿に

     1995年1月16日、前代未聞の大広告が沖縄タイムスと琉球新報に出た。48ページにわたる「平和の礎(いしじ)に刻銘する沖縄県出身戦没者名簿」の広告だ。この大広告には県知事の権限内の6000万円(タイムス、新報に3000万円ずつ)が出費されている。

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    「平和賞」候補への推薦、無知な「文化人」の売名行為

     1992年の暮れは沖縄知事公室と県警本部は異常な緊張に包まれていた。ついに大田昌秀知事は「上原の告訴状を取り下げさせろ。そうでなければ、4月末に来沖予定の天皇皇后両陛下の警備費用は絶対に出さん」と高山朝光知事公室長を通して迫ってきた。やむなく、佐野智則県警本部長は那覇署のA警部補らを呼び出し、事情を説明し、「告訴状を何とか取り下げてくれないか」と頼んだ。大田知事は「予算計上」という知事権限を利用し、警察を脅迫していたのだ。

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    告訴取り下げ迫られる、天皇陛下警備と引き換えに

     1992年12月県議会で西田健次郎議員は代表質問に立ち、「上原正稔氏が大田昌秀県知事を被告人として暴行ならびに侮辱罪で県警本部に告訴した旨、(新里英之氏の)プレス1紙に報じられている」と質問した。だが、大田知事は答えた。「告訴の事由にされている暴行および侮辱罪に該当するような事実は全くありません」

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    酔った知事が襲撃、「人間失格、心の底から軽蔑」

     事件は1992年9月13日に起きた。戦後、琉球政府の民生官を務めたロバート・フィアリー氏を歓迎する戦後史シンポジウムのパーティーが那覇市内のホテルで催された。

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    裏切った有識者たち、知事の権力におもねる

     偽善者には2種類がある。「自分があくどいことをやっていることを知りながら、赤信号、みんなで渡れば恐くない」とふんぞり返る偽善者。「自分があくどいことをやっていることを自覚せず、やりたい放題のことをやる」恥も外聞もない偽善者だ。かつては沖縄タイムスと琉球新報が曲がりなりにも第4の権力ジャーナリズムとして、権力者の腐敗に「物申す」姿勢を見せていたが、今では両新聞は権力の腐敗を覆い隠すブラックジャーナリズムに成り果てている。

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    奪われるメモリアル構想、大田知事「蝋人形を作れ」

     1991年3月、筆者は具志頭村の上原文一氏、そして屋宜宣純村長と話を詰めた。その時、村長は「このメモリアル建立構想は全県的なものになるので、大田昌秀知事に協力を仰ごうではないか」と言った。それは確かに正論だが、筆者は大田知事ら“反戦平和運動家”の正体を知り、彼らに「1フィート運動」を奪われたこともあり、ためらいがあった。

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    立ちはだかる反戦平和、地元紙がメモリアル構想報道

     1990年にはロジャー・ピノー氏から海軍兵士戦死者約5000人の名簿が送られてきた。6月21日、慰霊の日の前に沖縄戦メモリアル建立の構想を友人たちと一緒に記者会見で発表した。翌日、まず琉球新報が「沖縄戦永遠に記録―全戦没者名も調査―メモリアル運動展開へ」という見出しで報道した。

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    名簿探しに奔走、敵味方なく戦没者を刻銘

     筆者は自分が始めた1フィート運動という「世のため人のために役立つ」仕事を奪われ、しばらく怒り心頭に発し、放心していた。振り返ってみると、平和運動家を表明していた大田昌秀、石原昌家、安仁屋政昭、外間政彰(市立図書館長)らの諸氏は「寄付金を全島民から集め、世のため人のために役立つ仕事」をしたことがなかったのだ。だから、筆者らから仕事を奪っても良心が痛まないということだ。

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    沖縄戦メモリアル構想、反戦平和に乗っ取られる

     「平和の礎(いしじ)」をインターネットで検索してみよう。「沖縄県平和祈念公園」には敵味方関係なく、沖縄戦の死者全て24万1468人が刻銘されていることが記されている。だが、この数字が子供ダマシの虚偽、いや、詐欺であることを知る者はいない。そして、ウィキペディアには以下のように書かれている

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    マスコミと自作自演、大田元知事にノーベル平和賞?

     話は核心に迫ったところだが、ここからは副題の「慶良間諸島の“集団自決”の真相」をしばらく棚上げにして、6月23日の慰霊の日に全県民が祈る「平和の礎(いしじ)」の知られざる大問題に入ろう。

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    梅澤隊長は軍命出さず、母の嘘の証言を娘が覆す

     『母の遺言』はこう締めくくる。

     <1980年、母は梅澤元隊長と那覇市内で再会した。本土の週刊誌に梅澤隊長が自決を命令したという記事が出て以来、彼の戦後の生活が惨さんたるものであるということを、島を訪れた元日本兵から聞かされていた母は、せめて自分が生きているうちに、ほんとのことを伝えたいと思っていたからである。

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