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東日本大震災10年 未来に繋げる希望 rss

トモダチ作戦の絆、日米で紡ぐ家族ぐるみの交流

 東日本大震災で米軍が行った大規模な復興支援「トモダチ作戦」から10周年の節目を迎え、宮城県気仙沼市大島で6日、モニュメントの除幕式が行われた。石碑には「絆を永遠に…萬謝(ばんしゃ)をこめて」と刻まれている。

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災害ボランティア 寄り添い自身の心の成長に

 東日本大震災では多くのボランティアが活躍し、被災地の人々の生活や心に希望を与えた。青年ボランティア隊「UPeace」(東京都渋谷区)は、大震災を契機に発足した団体だ。災害に苦しむ人々の助けになろうと、ボランティアに関心のある若者が集まり、2011年3月23日、第1陣が東北の被災地支援に出発した。

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南三陸「20代の語り部」 後輩に仲間の大切さ伝える

 津波などの被害から立ち上がり、現在も復興を続ける宮城県南三陸町に、20代の「語り部」として自身の経験を伝える若者がいる。悲痛な体験をあえて振り返り、伝え続けるのは震災を「負の記憶」としてだけでなく、大切な教訓として未来に繋(つな)げていきたいという強い想(おも)いがあったからだ。

 (一社)南三陸町観光協会職員、阿部悠斗さん(24)。同観光協会が行っている「20代語り部」の一人だ。

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南三陸の町づくり、復興・発展を同時に進める

 東日本大震災による津波などで甚大な被害を受けた宮城県南三陸町。リアス式海岸の一角を形作るこの地域は、過去120年で2011年を含む4回の大津波を経験した。教訓を胸に「二度と命を失わない町へ」と決意を固め、「復興」と「発展」を同時に進める町づくりに、行政と住民が力を合わせて挑んでいる。

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大量廃棄のホヤ、新メニューで食文化救う

 でこぼこした見た目から、「海のパイナップル」とも呼ばれる海産物「ホヤ」。東北でよく食されるが、水揚げから時間が経(た)つと独特な風味が強くなるため、地域によってはほとんど知られていない。

 東日本大震災前の2010年、ホヤの国内生産量は1万㌧を超えており、そのうち最大の産地、宮城県は84%を占めていた。その多くは国内より需要のある韓国へと輸出。韓国では一時期、宮城県三陸町のホヤがブランドだった。

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東日本大震災10年 福島と台湾の若者、ツアー企画し風評払拭へ

 東日本大震災から10年がたつ。復興が進む一方で、風評被害対策や災害の記憶の風化など、取り組むべき課題はまだ山積みだ。震災が残した爪痕はなかなか消えない中、困難に立ち向かい、未来を切り開こうとする人々にスポットを当てた。(東日本大震災10年取材班)

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