ワシントン・タイムズ・ジャパン
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韓半島 rss

米国視野に動く北朝鮮

どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(6)

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の本部競売問題で、仮に落札した企業に総連が賃貸料を支払って継続使用する場合、その原資は総連系金融機関の破綻処理の一環で整理回収機構(RCC)による債権取り立ての対象になる。厳格な法執行による圧力だ。許宗萬総連議長の次男がマツタケ不正輸入の容疑で逮捕されたのも外為法適用の結果だ。

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台頭するか自衛隊出動論

どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(5)

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錯綜する韓国発「生死」情報

どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(4)

 昨年10月末、膠着(こうちゃく)状態に陥り始めた拉致問題をめぐる日朝交渉が中断されるという最悪のケースを回避し、事態打開を模索するため日本政府代表団が平壌を訪れ、「拉致問題が最優先課題」であることを改めて強調した翌週、韓国大手紙・東亜日報の1面トップにショッキングな見出しが躍った。

 「めぐみ、北の薬物過多投与で死亡」

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「北未来描けぬ」は開発権狙い?

どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(3)

 日朝貿易の日本側窓口、東アジア貿易研究会。昨年7月、北朝鮮が日本人拉致被害者らの再調査に向け特別調査委員会を立ち上げたことを受け、日本政府が踏み切った対北制裁一部解除に密かな期待を寄せていた。

 「北朝鮮と貿易をしていた在日商工人から『向こうから連絡が来た』という話を聞いたことがある。しかし、実際には動いていないようだが」

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硬軟両様の「総連カード」

どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(2)

 北朝鮮は昨年動きだした日朝交渉で、日本に対し二つの懸念を吐露してきたという。一つは競売手続きに入っていた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮 総連)中央本部の建物と敷地、もう一つは1回目の核実験に対する制裁措置として2006年以降、日本入港が禁止されている貨客船「万景峰号」 だ。

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格違いの日朝交渉体制 仕切り直し不可避に

どうする拉致解決 日朝ストックホルム合意1年(1)

  昨年5月26~28日、スウェーデンのストックホルムで日本人拉致問題などをめぐり日本と北朝鮮が政府間協議をし、被害者再調査などに北朝鮮が取り組むことで合意してから間もなく1年になる。しかし、北朝鮮側からは調査結果に関し誠意ある回答は示されず、交渉は事実上の仕切り直しに入った。 この1年を振り返り、目立った成果を上げられずにいる背景や今後の課題を考えた。(編集委員・上田勇実)

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幻の合併・大東国 「近き者、相親しむは天理」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(13)

 明治・大正期の政治運動家、樽井(たるい)藤吉は、同時期の福沢諭吉による「脱亜論」とは反対にアジア、特に韓半島との連携を主張したことで知られる。西欧・ロシアのアジア進出に対抗し、日本と朝鮮の2国が対等の立場で、互いの体制を尊重し合いながら合併する必要性を説いた。合併後の新しい国名は「大東国」だ。

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漂流する在日コリアン 日本と共生、“親日”傾斜も

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(11)

 日本に中長期在留する外国籍者のうち、2007年に中国人に逆転されるまで最大勢力だった韓国・朝鮮人。このうち戦前・戦後の混乱期に日本に渡って定住した人とその子孫、いわゆる「在日」と呼ばれる人たちは、かつて60万人を超えたが、現在は約36万人にまで減っている。

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不信煽るマスコミ 産経問題で和解促す声も

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(10)

 政治と共に日韓関係悪化の“主犯格”となってきたのがマスコミだ。日本では、以前はそれほど「嫌韓」感情が強くなかったが、近年は特に「韓国」「中国」をキーワードとする記事や番組が関心を集める。内容は相手国への批判である場合が多く、それを通じて読者、視聴者はナショナリズムを満足させている面が多分にある。

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朝鮮通信使の教訓 隣国同士が200年以上も戦わず

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(9)

 室町時代から江戸時代にかけ、十数回にわたり日本に派遣された李氏朝鮮による外交使節団「朝鮮通信使」。これを国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録しようという動きが今、日韓両国で起こりつつある。通信使をライフワークにしてきた在日韓国人の金両基・元静岡県立大学教授が、事実上の発起人だ。

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本音の次世代交流 学生会議「疎通で懸案解決を」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(8)

 日韓双方の現役大学生が相手国の文化体験や両国間の懸案をめぐるディベートなどを通じ、相互理解や友好増進を図る日韓学生会議(日本)、韓日学生会議(韓国)という学生姉妹団体がある。1985年に結成され、毎年夏休みを利用してメーンの交流行事を東京・ソウルで交互に開き、今年30回目を迎える。

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新ビジネスモデル 第三国で共同の「国造り」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(7)

 「両国国民同士の交流への意欲が本当に冷え切っているとは私には思えない」

 昨年11月、都内で開かれた日韓間の観光促進を話し合うシンポジウムで、経団連の大塚陸毅副会長はこう述べた。

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堅調な経済協力 対韓投資で「水平関係」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(6)

 近年の日韓関係が政治でぎくしゃくした状態が続いている一方で、比較的堅調な関係を維持しているのが経済だ。財務省によると、韓国の李明博前大統領が竹島(韓国名・独島)を突如訪問したり、天皇陛下に事実上の謝罪を求める発言をした2012年、日韓間の貿易総額は8兆1500億円を記録し、04年以降の10年間で年度別規模は5番目だった。「反日」のイメージが日本側で広がっている朴槿恵大統領が就任した翌13年は、5年ぶりに9兆円台を回復している。

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危うい韓国の中国接近 日米が「韓国抜き」を検討

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(5)

 日本の安全保障を審議する内閣機関である国家安全保障会議、通称「日本版NSC」。ここで昨年、中国への対応と関連し、ある方針が検討された。韓国抜きで日米だけで政策のすり合わせを行おうというものだ。

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死活問題の防衛協力 半島有事なら日本後方支援

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(4)

 日韓が協力すべき分野のうち、恐らく最も死活的と言えるのが防衛だ。特に今なお南北軍事境界線で北朝鮮と対峙(たいじ)し、常に侵攻の恐れと背中合わせの韓国にとり、日本の防衛協力は極めて現実的な問題だ。

 「第2次韓国動乱のような事態が発生した場合、日本の後方支援がないと米軍は韓国を十分に助けることができない」

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中曽根首相訪韓 韓国語挨拶で感動呼ぶ

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(3)

 韓国の諺に「カヌン マリ コワヤ オヌン マリ コプタ(こちらが相手にやさしい言葉を掛ければ、相手もこちらにやさしい言葉を返すという意)」というのがある。日韓関係でこの諺がピッタリ当てはまる出来事が1983年の中曽根康弘首相(当時)の訪韓だ。

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“特効薬”なき関係 外交に妥協は付き物

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(2)

 ソウルや釜山での在職を中心に韓国相手の外交官生活が40年に及ぶ日本人がいる。町田貢氏。外務省の韓国・北朝鮮担当の草分け的存在で、日韓国交正常化、金大中氏拉致事件、朴正熙大統領暗殺など数々の生々しい日韓外交、韓国政治の現場に居合わせてきた。1950年代、戦後の日韓外交草創期の雰囲気について町田氏はこう振り返る。

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未来志向のスタート 「百年後よかったと思える」決断

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(1)

 1961年(昭和36年)、韓国で引き起こしたクーデターが成功して間もなく、最高司令官だった朴正熙・国家再建最高会議議長(後に大統領)が訪日した。目的の一つは、一人の男に会うためだ。

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遠のく北朝鮮の中国式改革・開放

張成沢氏失脚 ~北で何が起きたか~(下)

 「張成沢は北朝鮮権力中枢にいる人物の中で比較的、合理的発想の持ち主だ」

 1997年に韓国に亡命した北朝鮮の黄長燁・元朝鮮労働党書記は生前、周囲にこう語った。当時、じかに話を聞いた孫光柱元デイリーNK編集長によると、黄氏は「もし改革・開放路線を取るならそれは中国式だろう」とも言ったという。

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北で何が起きたか(上) 遺言に従い金第1書記が命令?

張成沢失脚 ~北で何が起きたか~(上)

 北朝鮮で8日、最高指導者・金正恩第1書記が主催し朝鮮労働党中央委員会政治局拡大会議が開かれ、失脚説が流れていた張成沢党行政部長について「反党反革命的分派行為」の容疑で「全ての職務から解任し、一切の称号を剥奪、離党させ除名する」ことを採択した。朝鮮中央通信など国営メディアが9日一斉に報じた。事実上ナンバー2の電撃的失脚はなぜ起きたのか。その舞台裏を探る。(ソウル・上田勇実)

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