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日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて rss

幻の合併・大東国 「近き者、相親しむは天理」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(13)

 明治・大正期の政治運動家、樽井(たるい)藤吉は、同時期の福沢諭吉による「脱亜論」とは反対にアジア、特に韓半島との連携を主張したことで知られる。西欧・ロシアのアジア進出に対抗し、日本と朝鮮の2国が対等の立場で、互いの体制を尊重し合いながら合併する必要性を説いた。合併後の新しい国名は「大東国」だ。

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漂流する在日コリアン 日本と共生、“親日”傾斜も

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(11)

 日本に中長期在留する外国籍者のうち、2007年に中国人に逆転されるまで最大勢力だった韓国・朝鮮人。このうち戦前・戦後の混乱期に日本に渡って定住した人とその子孫、いわゆる「在日」と呼ばれる人たちは、かつて60万人を超えたが、現在は約36万人にまで減っている。

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不信煽るマスコミ 産経問題で和解促す声も

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(10)

 政治と共に日韓関係悪化の“主犯格”となってきたのがマスコミだ。日本では、以前はそれほど「嫌韓」感情が強くなかったが、近年は特に「韓国」「中国」をキーワードとする記事や番組が関心を集める。内容は相手国への批判である場合が多く、それを通じて読者、視聴者はナショナリズムを満足させている面が多分にある。

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朝鮮通信使の教訓 隣国同士が200年以上も戦わず

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(9)

 室町時代から江戸時代にかけ、十数回にわたり日本に派遣された李氏朝鮮による外交使節団「朝鮮通信使」。これを国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録しようという動きが今、日韓両国で起こりつつある。通信使をライフワークにしてきた在日韓国人の金両基・元静岡県立大学教授が、事実上の発起人だ。

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本音の次世代交流 学生会議「疎通で懸案解決を」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(8)

 日韓双方の現役大学生が相手国の文化体験や両国間の懸案をめぐるディベートなどを通じ、相互理解や友好増進を図る日韓学生会議(日本)、韓日学生会議(韓国)という学生姉妹団体がある。1985年に結成され、毎年夏休みを利用してメーンの交流行事を東京・ソウルで交互に開き、今年30回目を迎える。

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新ビジネスモデル 第三国で共同の「国造り」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(7)

 「両国国民同士の交流への意欲が本当に冷え切っているとは私には思えない」

 昨年11月、都内で開かれた日韓間の観光促進を話し合うシンポジウムで、経団連の大塚陸毅副会長はこう述べた。

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堅調な経済協力 対韓投資で「水平関係」

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(6)

 近年の日韓関係が政治でぎくしゃくした状態が続いている一方で、比較的堅調な関係を維持しているのが経済だ。財務省によると、韓国の李明博前大統領が竹島(韓国名・独島)を突如訪問したり、天皇陛下に事実上の謝罪を求める発言をした2012年、日韓間の貿易総額は8兆1500億円を記録し、04年以降の10年間で年度別規模は5番目だった。「反日」のイメージが日本側で広がっている朴槿恵大統領が就任した翌13年は、5年ぶりに9兆円台を回復している。

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危うい韓国の中国接近 日米が「韓国抜き」を検討

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(5)

 日本の安全保障を審議する内閣機関である国家安全保障会議、通称「日本版NSC」。ここで昨年、中国への対応と関連し、ある方針が検討された。韓国抜きで日米だけで政策のすり合わせを行おうというものだ。

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死活問題の防衛協力 半島有事なら日本後方支援

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(4)

 日韓が協力すべき分野のうち、恐らく最も死活的と言えるのが防衛だ。特に今なお南北軍事境界線で北朝鮮と対峙(たいじ)し、常に侵攻の恐れと背中合わせの韓国にとり、日本の防衛協力は極めて現実的な問題だ。

 「第2次韓国動乱のような事態が発生した場合、日本の後方支援がないと米軍は韓国を十分に助けることができない」

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中曽根首相訪韓 韓国語挨拶で感動呼ぶ

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(3)

 韓国の諺に「カヌン マリ コワヤ オヌン マリ コプタ(こちらが相手にやさしい言葉を掛ければ、相手もこちらにやさしい言葉を返すという意)」というのがある。日韓関係でこの諺がピッタリ当てはまる出来事が1983年の中曽根康弘首相(当時)の訪韓だ。

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“特効薬”なき関係 外交に妥協は付き物

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(2)

 ソウルや釜山での在職を中心に韓国相手の外交官生活が40年に及ぶ日本人がいる。町田貢氏。外務省の韓国・北朝鮮担当の草分け的存在で、日韓国交正常化、金大中氏拉致事件、朴正熙大統領暗殺など数々の生々しい日韓外交、韓国政治の現場に居合わせてきた。1950年代、戦後の日韓外交草創期の雰囲気について町田氏はこう振り返る。

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未来志向のスタート 「百年後よかったと思える」決断

日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(1)

 1961年(昭和36年)、韓国で引き起こしたクーデターが成功して間もなく、最高司令官だった朴正熙・国家再建最高会議議長(後に大統領)が訪日した。目的の一つは、一人の男に会うためだ。

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