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上昇気流 rss

昔から世界中で親しまれてきた夏の果物スイカ

 「冷えきりし西瓜の肌の雫かな」(池内たけし)。夏の果物といえばスイカである。気流子の子供時代は5人家族でスイカを食べたものだが、半分ほどは余って冷蔵庫に保管した。

 スイカは室町時代以降に中国から渡来している。中国ではスイカが西からもたらされたので、漢字で「西瓜」と名付けられた。江戸時代には、スイカを路上で売る風景が絵画に描かれるほど親しまれた。

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マイナスをプラスに変える「人生の神様」

 パラリンピックで教えられることが多い。提唱者グットマン医師の「失ったものを数えるな。残された機能を最大限に生かそう」。「経営の神様」松下幸之助翁の「ないものを嘆くな。あるものを活かせ」もパラ精神に通じると産経新聞は言う(25日付主張)。

 松下電器で直接指導を受けた谷口全平氏によれば、翁の思想の核心は「マイナスをプラスに変える」(『松下幸之助 運をひらく言葉』PHP文庫)。9歳で奉公に出、父母や兄弟を次々と亡くし天涯孤独。お金も学問も身寄りもなく、身体も弱い。そのマイナスの環境でも明るい肯定的精神で一大企業を興した。

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「練習ハ不可能ヲ可能ニス」を選手の姿から実感

 「練習ハ不可能ヲ可能ニス」。慶応義塾長を務めた小泉信三の言葉である。自身スポーツマンであった小泉は、学生にスポーツを奨励して「スポーツが若者に与える3つの宝」の一つに「練習は不可能を可能にするという体験を持つ」を挙げた。

 この言葉を、今われわれはテレビに映る東京パラリンピックの選手たちの姿から実感している。もちろん、誰よりも選手自身が実感しているだろうが、われわれにも多くの気付きを与えてくれる。

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パラリンピックを創始したL・グットマン

 千葉県市川市に「千葉ドリームスター」という障害者野球チームがある。県唯一のチームで、障害者スポーツの普及などを目的としたNPO法人G2プロジェクトによる事業だ。

 このチームがNHKBSの「真央が行く!」千葉県編に登場した。フィギュアスケート元世界女王の浅田真央さんが、パラスポーツを体験、応援しようという番組。真央さんが話を聞くのは土屋来夢選手だ。

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人と人との間の距離感が変化しているのか

 人と人との間の距離感が変化しているのだろうか。例えばテレビの鑑定番組を見ていて、そんな感想を持つ。鑑定を依頼した収集家が所蔵の皿の美点について、とうとうと語る。専門用語も交えて自信たっぷりだ。

 目前には専門の鑑定者がいるのに「30年ぐらいだいぶ勉強してきたので、評価には自信がある」などとも言う。自信があるのであれば鑑定なぞ依頼する必要もないのに、余計なことを言う。

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漢字の祖国中国では「翠」の字が使用禁止に

 漢字の祖国中国では今、翡翠(ひすい)の「翠」の字が「禁止用語」になっているという。芥川賞作家・楊逸さんと中国文学者・劉燕子さんの対談本『「言葉が殺される国」で起きている残酷な真実』の中で語られている。

 翠は「羽」の下に「卒」が付いているが、習近平国家主席の「習」は中国の簡体字では「习」。「卒」は亡くなるという意味だから「习」が二つに「卒」で「習近平は2度死ぬ」という意味になる。

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日本の資源管理に関する役割は太平洋でも大きい

 最終的には、年内に開かれるWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の年次会合で合意を得る必要がある。日本は資源の回復状況などについて丁寧な説明が求められている。

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セミの声は不思議さや懐かしさを感じさせる

 「一斉に蝉の生涯はじまる日」(後藤一秋)。そんなはずはないのだが、セミは突然この地上に生まれ、あっという間に消えてしまう印象がある。

 最近、セミの死骸(しがい)を見ることが多い。舗道に仰向けになっているセミは、生きているようにさえ見える。死骸を処理するアリもあまりいないせいか、翌日も同じところで空を見上げている。

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「八月や六日九日十五日 二十一日も忘るまじ」

 「八月や六日九日十五日」。この時期にしばしば紹介される一句だ。むろん広島、長崎への原爆投下、終戦の日のことで、反戦の思いが詠まれている。気流子はこれに「二十一日も忘るまじ」と続けたい。

 53年前の1968年のきょう、東欧チェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」がソ連主導のワルシャワ条約機構軍の戦車によって踏み潰(つぶ)された。兵士20万人、戦車数千両の戦後最大の軍事侵攻だった。

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小津映画をプロデュース、山内静夫さんが死去

 「早春」「秋日和」など小津安二郎監督作品のプロデューサーを務めた山内静夫さんが96歳で亡くなった。父親は白樺派の作家里見弴。映画の仕事を離れてからも小津芸術の語り部として活動を続けた。

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米国の思想史に大きな影響を及ぼした鈴木大拙

 米国の歴史を思想史として描いた試みは多くない。米国史を動かしてきた強力な観念はさまざまあったが、人種も、文化も、出自も多元的な社会にあっては、どれも不完全な実験のまま。

 思想史の困難さをこう説明するのは『アメリカを作った思想』(ちくま学芸文庫)の著者でウィスコンシン大学教授のジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲンさん。題材の選択に苦悶(くもん)したそうだ。

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日本人は豊かな水資源に畏怖感を持つべき

 日本列島は1週間以上、九州、西・東日本に前線が停滞し、断続的に激しい雨が降り続いている。佐賀県嬉野市では、11日の降り始めから1000㍉を超える大雨を記録した。

 長崎県西海市の用水路で70歳代の女性2人が倒れているのが見つかり、死亡が確認された。長野県岡谷市で土石流が住宅を襲い、お盆でこの家を訪れていた親子3人が亡くなった。

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野外で遊ぶ子供たちの姿が戻ってくるよう祈る

 俳優の火野正平さんが、視聴者の「こころの風景」を自転車で訪ねるNHK「にっぽん縦断 こころ旅」は、2011年4月放送開始の人気長寿番組だ。手紙を寄せる人は気流子と同じ中高年が多いので、身につまされることがある。

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紙に事績や思い出を書く「紙碑」で戦没者を慰霊

 「紙碑」という言葉がある。この言葉は、動物文学者として知られ、数多くの名作を生んだ作家の故戸川幸夫さんの本で知った。戦場で亡くなった戦友のことを書きつづっている理由について述べた文章にあったと記憶している。

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大正・昭和期のキリスト教社会運動家、賀川豊彦

 「冬枯れの後に、若芽はふき、雪崩の後に空は澄む」。終戦の夏、暑さとは裏腹に心は凍っていた。が、未来は拓ける。大正、昭和期のキリスト教社会運動家、賀川豊彦はそう念じ、新たな復興運動を決意した。今年の夏はこの人を想う。

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歌舞伎座で「真景累ヶ淵 豊志賀の死」を観た

 きょうからお盆というのに、梅雨に逆戻りしたような天気が続いている。季節感が狂いそうで心配だ。そのためというのではないが、歌舞伎座で三遊亭圓朝の怪談噺(かいだんばなし)を基にした「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち) 豊志賀の死」を観(み)て「夏はやっぱり怪談」と納得した。

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「山の日」記念全国大会が大分県で開催中だ

 今年の山の日は8月8日だった。本来は11日なのだが、東京五輪・パラリンピックの開催に伴って、アスリートらの円滑な輸送と市民生活の共存を図るための今年だけの特例だ。

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開催反対派をも熱中させる「オリンピック力」

 新型コロナウイルス禍の中で開催された東京五輪が無事に終了した。ほとんどの会場で無観客でもさほどの違和感がなかったのは「慣れ」の結果だろう。金メダル数もメダル総数も過去最多を更新するなど、日本選手の大活躍が目立ったのは何よりだった。

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日本のマンガ・アニメ文化のさらなる発信を

 今回の東京五輪では、さまざまな制約から日本文化の発信は十分にできなかった。一方、日本のマンガやアニメが世界の若者たちの間にいかに浸透しているか改めて知った。

 新体操女子でウズベキスタン代表が、人気アニメ「美少女戦士セーラームーン」を模したユニホームで登場し、主題歌に乗って華麗な演技を披露した。SNSで話題となり「誰か月に代わってメダルをあげて」などと海外のアニメファンからも称賛が相次いだ。

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縄文時代からの経験と知恵を現代に生かすべき

 世界文化遺産への登録が決定した「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森、岩手、秋田各県)は日本最大級の縄文集落跡だ。縄文時代は日本独自の時代区分で、今から約1万5000年前から約2400年前までをいう。    地球次元で見ると中国東北部やロシア極東では旧石器から青銅器時代の一部まで、ヨーロッパでは旧石器から鉄器時代および古代ローマ帝国の成立までの幅広い期間に相当する。人類の遠い記憶の時代である。

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最高に盛り上がった東京五輪がきょう終わる

 きょうの閉会式で東京五輪が終わる。祭りの終わりは寂しいものだが、今回は日本が金メダル、そしてメダル総数も過去最多を更新するなど最高に盛り上がった大会だったと振り返ることになろう。

 数々の名シーンが目に浮かぶ。特に、絶対王者だった体操男子の内村航平選手に代わって個人総合と種目別の鉄棒で金メダルを取った橋本大輝選手の活躍は目を見張るものがある。鉄棒の最後の着地は見事だった。

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五輪精神にも相通じる「君が代」誕生の背景

 東京五輪の表彰式で国歌「君が代」の演奏が20回を超えた。何度聞いてもジンとくる。無観客の静寂ゆえに他国にない独特の曲調が一段と引き立っているように思えた。

 国家には「国歌」がある。そのことを日本人が知ったのは明治初期のことだ。横浜駐屯の英国歩兵大隊の軍楽隊長フェントンから教えられた。それで日本の国歌を作ることになり、歌詞は平安時代の「古今和歌集」にある「君が代」ですんなり決まった。

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心から競技を楽しんでいる新種目の選手たち

 東京五輪も残すところあと3日となった。これまで獲得した金メダルは史上最多の22個。メダル総数も46個で、これまで最多だった前回2016年リオデジャネイロ五輪の41個を超えた。色こそ決まっていないものの既にメダルが確定した競技もある。最後まで声援を送っていきたい。

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