«
»

上昇気流 rss

自伝的小説 伊藤整著『若い詩人の肖像』(1956年)

 伊藤整著『若い詩人の肖像』(1956年)は自伝的小説だが、その中に「京都という町が明治までの日本の全歴史を負うように自分の前に意味ありげにたっていることと、自分がみすぼらしい一中学教員として、その前で口をあいて見ているという形が気に入らなかった」という一節がある。

 日本史を代表しているかのような京都の町がそもそも気に入らない。加えて、その京都に圧倒されている自分も気に入らない。関東大震災後、20代前半の伊藤が、教員として生徒を引率して北海道から初めて京都にやって来た時の感慨だ。

0
続き

国内の旅行が自由にできるようになり、高尾山へ

 国内の旅行が自由にできるようになって、しばらくぶりで東京の西の奥にある高尾山に登った。京王線の車中で終点が近づくと、乗客は減って登山者が目立つようになる。そっと彼らの装備を見た。

 登山靴は革製ではなく布製で、シャツもズボンも山岳雑誌の広告から抜け出してきたようだ。1970年代に盛んに登った気流子の若い頃とすっかり違っていて、未来に来てしまったようだった。

0
続き

きょうからレジ袋の有料化がスタート

 きょうからレジ袋の有料化がスタートする。先行して有料化を始めていたスーパーなどもあったが、海外に比べるとかなり遅いスタートとなった。

 日本人の尻を叩(たた)いたのは、海洋プラスチックごみ問題への危機感の高まりと思われる。このまま海洋プラごみが増え続けると、海洋生物にも大きな影響を与えかねないという現実は、世界一の魚食文化国の日本人には切実な問題だ。新鮮な魚介類に舌鼓などというグルメ番組も作れなくなる。

0
続き

今年前半の節目の日である。

 今年前半の節目の日である。梅雨明けした沖縄を除いて、各地では雨の多い日が続く。特にここ数年のこの時期は、地域によっては土砂災害や河川の氾濫(はんらん)で大きな被害を出すことが多くなった。

 例年、梅雨は40日ほど続くから月代わりの明日から後半に入ると、特に西日本では豪雨になることが多い。新型コロナウイルス対策で今年は避難先も分散、多様化する。事前に避難先を決め、避難路を確認、点検しておくなど、万全の準備が欠かせない。

0
続き

京都大、霊長類研究所の研究費の不正支出疑惑

 京都大は、霊長類研究所(愛知県犬山市)の研究費の不正支出疑惑で、元所長ら教員4人による約5億670万円の不正支出があったとの調査結果を公表した。大学の学術費として小さい額ではない。

 同研究所では13種、約1200頭のサル類を飼育しており、その研究成果は世界的に知られている。不正支出があったのはチンパンジーの飼育施設の工事など計34件で、仕様書通りに造った場合よりも多い金額を支出したり、架空の取引や代金の二重払いをしたりしていた。

2
続き

万葉集では、日本固有種の桜よりも梅が多く詠まれた

 「青梅の臀うつくしくそろひけり」(室生犀星)。ある日、帰宅すると台所に青梅の匂いが充満していた。匂いに敏感な方ではないが、この梅の匂いは嫌いではない。妻に聞いてみると、梅干しを作るということだった。

 といっても、手軽に赤シソの葉を使って塩漬けしたようなもので、本格的なものではなかった。かつて故郷にいた時、母が梅干しを庭に干している風景を思い出した。食べられるようになるまで結構時間がかかったことを覚えている。

2
続き

カフェがなければパリとは言えない

 新型コロナウイルスが猛威を振るったフランスのパリで、カフェが15日から屋内営業を再開した。第2次大戦中も開いていたパリのカフェだ。約2カ月半ぶりの再開は経済社会活動の復活を何より象徴する。

 確かに、いくら街並みが美しくても、カフェがなければパリとは言えない。パリの楽しみ方はもちろん人それぞれだが、気流子などは街角のカフェの椅子に腰かけ、コーヒーを飲みながら店内や通りを行く人を眺めていると「ああパリだな」という気持ちに浸れる。

2
続き

「私は、記録は実におそろしいと思う」と作家 武田泰淳

 「記録と言うとごく簡単に考える人があるが、私は、記録は実におそろしいと思う」と作家武田泰淳は『司馬遷』(昭和18年)の冒頭に近い部分に記した。要約すれば「記録はおそろしい」。

 メモのような短文であっても、歴史記述になる。後世に残すために記録したわけではないとしても、歴史記述だ。人間のことだから間違えることはある。それでも、文字として残されたものは歴史の記述だ。

4
続き

韓国には映画・演劇部のある大学が国公立合わせて100近く

 手元にしばらくの間、韓国の音楽グループ「東方神起」のDVDがあった。ある人がぜひ見るようにと貸してくれたのだ。日本でも圧倒的な人気を誇っていて「あなたも知っておく必要がある」と言われて。

 このグループの熱烈なファンになることはなかったが、歌唱力、演技力、身体能力には圧倒された。メンバーの1人が兵役に就く前と後とで、どう成長したかも、その人物から教えられた。

2
続き

高校スポーツ、各地で代替大会の実施が次々

 新型コロナウイルス禍で、今夏の全国高校総合体育大会(高校総体)や全国高校野球選手権大会など、高校スポーツの全国大会が軒並み中止になった。しかしその後、各地で代替大会の実施が次々と決まり、始まったところもある。

 代替大会――その手があったのかという感じだが、高校野球連盟(高野連)は従前よりその構想を持っていたようだ。しかも保護者らの、しかるべき大会を開いてほしいという要望もずいぶん大きかった。

2
続き

雨を弾(はじ)いて生き生きとしてくる紫陽花…

 雨を弾(はじ)いて生き生きとしてくる紫陽花(あじさい)を眺めても、少し嫌だなと思ってしまうのが梅雨時である。この時期の旬は紫陽花だけではない。昨日の本紙(3面)には「日本一の魚 イワシが旬」の記事が掲載された。

 何が日本一かというと、昨年の魚種別の漁業生産量でイワシがトップに躍り出たことを指す。約54万㌧でサバに約9万㌧の差をつけ、1995年以来、24年ぶりに首位となった。

2
続き

ブランド果樹などの海外流出防止を目的とした種苗法改正案は継続審議へ

 政府・与党が今国会成立を期した、ブランド果樹など農作物新品種の海外流出防止を目的とした種苗法改正案は継続審議となった。国会審議の時間が新型コロナウイルス対策で十分なかったことなどが理由で、ここにもコロナ禍の影響が及んでいる。

 種苗法は、発明品に対する特許法のようなもの。農作物新品種を知的財産として保護する法律で、穀物や果樹の開発者に25~30年、それらを独占的に販売する権利が与えられる。

1
続き

梅雨のこの時期になると、作家 太宰治の桜桃忌が営まれる

 梅雨のこの時期になると、作家の太宰治の桜桃忌(19日)が、東京・三鷹市下連雀の禅林寺で営まれ、全国からファンが訪れる。桜桃忌と名付けたのは、同郷の作家・今官一。

 桜桃忌が19日になったのは、玉川上水に入水自殺した太宰の遺体が発見された日で、奇(く)しくも太宰の誕生日であったことがある。20日付読売新聞の記事には、今年は新型コロナウイルスの影響で「例年に比べ訪れる人は少なかった」とある。緊急事態宣言が解除され、行動自粛要請も緩和されたが、本格的な活動再開はまだこれからということがある。

0
続き

英誌エコノミストが、新型コロナ各国対応をランク付け「日本は可」

 英誌エコノミストが、先進各国の新型コロナウイルスへの対応を「優」「良」「可」「不可」の4ランクに分類して評価したところ、日本政府の対応は「可」にとどまった。人口10万人当たりの死者数で日本より多いドイツが「優」で、米国が「良」という評価には、首を傾げる人も少なくないだろう。

 調査対象は人口規模に対する検査数、過去の統計などから予想される死者数と実際の死者数を比較した「超過死亡」、新型コロナ以外の病気に対する医療提供体制の3項目。高齢者の割合などの要素も加味し4点満点で指数化したものだ。

1
続き

「時間という公平な批評家」(1978年)。…

 「時間という公平な批評家」(1978年)。文芸批評家の江藤淳が、長らく担当してきた文芸時評の最終回に記した言葉だ。それから40年以上が経(た)つが、この言葉は今でも心に残る。

 文芸時評家として、これまでいろいろ勝手なことを書いてきたが、今後は時間の推移に委ねたい。残るべきものは残るだろうし、消えていくものは消えるだろう。褒めた作品が文学史に残らないかもしれないし、けなした作品が残ることもあるだろう。全ては「公平な批評家」である時間が決めるということを信じる他ない、との思いが伝わる。

1
続き

図書館や植物園、美術館 再開も以前と同じではない

 緊急事態宣言が解除され、図書館や植物園、美術館も再開し、楽しむことができるようになった。が、まださまざまな制限があって、以前と同じではない。

 先日、東京都調布市にある都立神代植物公園を訪れてみた。今はバラ、アジサイ、ハナショウブ、タイサンボクの花が見ごろ。だが、訪れる人は少ない。展示コーナーではハナショウブとアジサイを紹介していた。

1
続き

神保町の再始動は食の方が先行しているよう

 新型コロナウイルスの感染拡大で足が遠ざかっていた東京・神保町の古書店街に約2カ月ぶりで足を運んだ。東京都の休業要請では、新刊書店は対象外なのに古書店は対象となった。「ステップ2」に移行し、それが緩和され2週間ほどだが、人出はまだまだ。

 古書店が対象となったのは「趣味的」な要素が強いとの判断だったが、疑問視する声も少なくなかった。

0
続き

スピード感がカギを握る「観光」、開始時期が怪しくなってきた

 講釈から書き出して恐縮であるが、「観光」の語源は中国の『易経』の一節「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」に由来する。本来の意味は「国の威光を観察する」ことである。辞書では「他国・他郷の風光・景色を見物すること」とあり、一般には楽しみを目的とする旅行のこととされる。

 その観光が立ち往生している。新型コロナウイルス禍による各国の渡航禁止措置などで旅客の往来がほぼ途絶えたためで、どの国の観光産業も存亡の危機に立たされている。

1
続き

「少し太ったんじゃない」そういう言葉を掛けられている

 「少し太ったんじゃない」。そういう言葉を掛けられているのは、気流子だけではあるまい。ステイホームで家にいると、どうしても運動不足になるからだ。

 散歩したいが、新型コロナウイルス禍では人目が気になって毎日はしにくい。家ではどのくらいの運動量なのかスマートフォンに歩数計を入れて計ってみると、驚くことに100歩以下の日がある。どうりで太るわけだ。

0
続き

東京一極集中の流れは、コロナ禍でも変わらず

 東京一極集中の流れは、新型コロナウイルス感染拡大の渦中にあっても変わらないようだ。東京都の発表によると、都内の5月1日時点の人口は推計で1400万2973人だった。4月より約2万人増加で過去最高という。

 進学や就職で人口が流入する時期であり、当然とは言える。しかし、国が東京一極集中是正の旗を振っているのに、その効果がほとんど見られないのはどうしたことか。

4
続き

リモートでは、「面談」に代わるコミュニケーションを

 新型コロナウイルスの感染拡大以降、リモート(遠隔)出演と呼ばれる手法を用いるテレビ番組が多くなった。その場合、出演者同士の発言が重なることがある。分割されたテレビ画面の中で譲り合う場面も多い。インターネットにおけるタイムラグの問題という以上に「場」を共有していないことが理由だろう。

 通常の会話は特定の空間の中で行われる。大きな会場でマイクを使う場合も同じだ。「今、ここで」という共通の前提があって会話は行われる。無論、4、5人の集まりでも発言が交錯することはある。コミュニケーションも、そうそうスムーズにいくとは限らない。

1
続き

図書館再開 活字の塊を見ると手が伸びてしまう

 図書館は学生時代から好きな場所の一つだった。授業の合間の時間をそこで過ごし、家で書いたリポートを清書したのもそこだった。地元の図書館は仕事でも使うことがある。新聞や雑誌に目を通すことができるからだ。

 だがここしばらく、図書館が使用できずに不便だった。自宅勤務の場合、購読している新聞以外は買いに行かなくてはならない。先日、地元の東京・調布市立図書館に行ってみると再開していた。が、サービスは段階的。

1
続き

オンライン診療 コロナ後の「新しい生活様式」の有力候補

 病院に足を運ばなくても、パソコンやタブレット、スマートフォンを通じて医師の診察を受けられる「オンライン診療」。政府が初診でも可能にする措置を取ったことで、これを導入する医療機関が急増している。

 政府の5月半ばの公表によると、4月24日時点で約1万1000カ所の医療機関がこれに対応。新型コロナウイルスの院内感染が相次いだため、特に小児科の外来患者が激減した病院が多く、活路を求める開業医も出ている。

1
続き