ワシントン・タイムズ・ジャパン

家族農業で「食の安全保障」を

夫婦二人でサッカーグラウンド半分ほどしかない畑を耕し、年間600万円もの収入を得る「日本一小さい専業農家」

■1.国民のいのちを護る「食の安全保障」

 新たに発足した岸田内閣では「経済安全保障担当大臣」が登場しました。半導体や医薬品、蓄電池、レアアースといった分野での自立を目指すということで、国家の安全保障として重要な課題です。

 これとともに、筆者は、国民のいのちを護る「食の安全保障」も見過ごすことはできないと考えています。拙著『この国の希望のかたち 新日本文明の可能性』[伊勢]では、我が国の農業が危機的な状況にある、として、次のようなデータを提示しました。

・食糧のカロリーベースでの自給率は37%(2018)。台湾海峡が戦火に覆わて輸入が閉ざされれば、途端に食糧不足となります。大東亜戦争末期から終戦直後にかけての食糧難は、米潜水艦による輸送船撃沈、および国内各港の機雷による封鎖で、食料輸入がストップした事が主要因でした。

・我が国の農業従事者は168万人(2019)。平均年齢は67歳。ここ10年ほどは毎年10万人のペースで減少しています。このペースが続いたら、あと20年足らずで農業従事者はゼロになってしまいます。

・耕地面積は442万ヘクタール(2018)ありますが、そのうち37万ヘクタール、8.3%が利用されていません。また、耕作の放棄で荒廃した荒廃農地が28万ヘクタールもあります。未利用農地と荒廃農地を合わせて65万ヘクタール。耕地面積全体の15%、栃木県よりも広い農地が放棄されている、ということになります。

 我が国の農業は崩壊への道を歩んでおり、「食の安全保障」はなおざりにされています。

■2.スイスの小学生が1個80円もする卵を買う理由

 戦後長らく、世界のどこからでも安い食糧を好きなだけ輸入してきた我々日本国民は「食の安全保障」に関しての危機感が麻痺しています。農業経済学を専門とされる鈴木宣弘・東京大学大学院教授は、「食の安全保障」に関する外国での意識の高さについて、次のように紹介しています。

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スイスのとある街で、小学生くらいにしか見えない女の子が1個80円もする卵を買っていたので、その理由を聞いたところ(元NHKの記者で、世界の農業問題を長年取材してきた倉石久壽氏)、その子は「これを買うことで生産者の皆さんの生活も支えられ、そのおかげで私たちの生活も成り立つのだから、高くても当たり前でしょう」と、いとも簡単に答えたのだという。[鈴木、1,551]
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 また現代社会では、「食の安全保障」は量の問題だけでなく、残留農薬や遺伝子組み換えなど健康への影響も考えなければなりません。

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カナダの牛乳は1リットル当たり約300円で、日本より大幅に高い。だが、消費者はそれに不満を持っていないという。筆者の研究室の学生がおこなったアンケート調査に、カナダの消費者から「アメリカ産の遺伝子組み換え(GM)成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられていた。[鈴木、539]
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 単に「安いから」という理由だけで、外国産の食糧に頼っていては、ある時、突然手に入らなくなったり、重大な健康被害が発覚する、というリスクがあります。そういうリスクをいかに下げるか、を「食の安全保障」として日頃から考えておかなければならないのです。

■3.「日本一小さい専業農家」

「食の安全保障」のために、どうしたら良いのでしょうか。鈴木教授は次のように述べています。

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日本で、安心・安全な農産物を供給してくれる生産者をみんなで支えることが、実は、長期的にはもっとも安いのである。[鈴木、1,596]
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「日本で、安心・安全な農産物を供給してくれる生産者」は、実は少なくありません。しかも、補助金などに頼らずに、十分な利益をあげている生産者もいます。そんな生産者の一人、自称「日本一小さい専業農家」西田栄喜さんの奮闘ぶりを見てみましょう。

 西田さんは、1969年石川県生まれ。大学卒業後バーテンダーになり、1994年にはオーストラリアへ1年間遊学しました。帰国後ビジネスホテルチェーンにて支配人を3年間勤めた後、帰郷して、1999年に金沢市の南西20キロ弱の能美(のみ)市で農業を始めました。

「日本一小さい」という規模は、耕地面積が0.3ヘクタールとサッカーコート半分くらいの大きさです。通常の野菜農家のほとんどが3ヘクタール以上なので、その10分の1の大きさです。そこに小さなビニールハウスを4棟作っています。

 その小さな規模で、50品種以上の野菜を栽培し、野菜セット、漬物・お菓子加工、店舗直売やネット販売により、年間売上1200万円、所得(利益)600万をあげています。夫婦と子供二人の田舎暮らしなら、「今ぐらいの所得(利益)があれば、心身ともに豊かになれると実感しています」とのことです。[西田、2,015]

 初期投資は農機具など143万円だけで、今日に至るまで、借金をしたことも、補助金をもらったこともありません。

写真はイメージです。

写真はイメージです。

■4.儲けを呼ぶ「スモール・メリット」

 平均的な農家の十分の一の規模で、なぜ600万円もの所得を達成できるのでしょうか? 西田さんはこう説明します。

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販売価格100円の野菜では、農家に支払われるのが46円(小数点以下四捨五入)、そのうち農業経費は約7割(46円×0.7=32円)かかるので、農家の純利益は14円となります。[西田、571]
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 販売価格100円と農家への支払い46円の差額は流通経費54円で、都市部のスーパーなどへ大量輸送、大量販売される経費です。これを、直売所やインターネット直販などにすると:

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 市場に出している販売価格100円のものと同程度のものを直売すると、100円(販売価格)- 32円(農業経費)=68円。これだけで市場に出すより約5倍の利益が残ります。[西田、582]
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 地元でとれた野菜を地元で売る直売所が、すでに全国で約1万6千カ所ほどに増えているのも、当然でしょう。

■5.「一つたりとも廃棄しないように工夫」

 削減されるのは、流通経費だけではありません。

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一般的な野菜農家では、収穫物の平均3割が廃棄されているといいます。理由は、サイズが規格外であったり、曲がったりしているなど、見た目が悪く市場で扱ってもらえないことや、豊作で市場に出しても採算割れする……など、様々です。[西田、407]
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 しかし、西田さんは少量生産の特徴を生かし「もったいないの精神」で、一つたりとも廃棄しないように工夫をこらしてきました。まず、ネット販売では野菜はセットで売ります。

 2700円のセットの一例では、レタス1玉、きゅうり3本、ズッキーニ1本、じゃがいも300g、大根1本、タマネギ2個、赤タマネギ1玉、ピーマン、茄子、ミニトマト6個、大玉トマト1玉、葉野菜+αとなっています。家族4人で一週間で食べる量を考えているそうです。こういうセットなら、サイズが規格外であろうと、多少曲がったりしていようと、消費者は気にしないでしょう。

 大量生産していると、採れすぎて値段が下がってかえって損をしたりしますが、これだけ多品種で生産していますと、そういうリスクも抑えられます。ある品目がたくさん採れると、セットの「+α」分として、顧客にサービスしているそうです。

 そもそもが受注生産ですから、収穫後に倉庫に寝かして鮮度が悪くなるということもありません。一日の出荷量を8セットと制限していますから、出荷量分を畑からとってきて、すぐに宅配便で送ります。

 野菜は漬物やジュースなどに加工して販売することもしています。

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きゅうりなら、まず塩漬けにしておき、時間があるときに酒粕で漬け、秋になってから「かす漬け」としてゆっくりと販売する手法があります。・・・
 また、割れてしまったトマトは傷みが早く、生鮮品として販売するのは難しいのですが、中身はとてもおいしいので、まさにトマトジュースやソースにはうってつけ。[西田、808]
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 農作業は、季節や天候によって作業量が大きく変動します。こういう加工作業を、雨の日やシーズンオフに集中してやることで、自分の労働時間も無駄なく使えます。

 まさに少量生産で、さまざまな智慧を凝らしながら、一個たりともムダにしないように販売する。通常農家の何倍もの利益を上げられるのも、当然でしょう。

■6.ネットでつながる顧客と畑

「スモール・メリット」のもう一つの柱は、お客さんとの直接的な関係を作ることができることです。西田さんのあだ名は「源さん」で、商品には「源さん」マークの手作りラベルをつけています。「源さん」マークがついていれば、どの野菜も、無農薬、無肥料、無添加、採れたてでおいしく安心、と顧客から信頼されます。

 その信頼感から、年配の方や病気になった方からの注文、また小さいお子さんを持つお母さん方からの問合せが増えてきているそうです。

 また、ネットを通じて、生産過程を見せることもできます。フェイスブックで日記を公開していますが、こんなお便りもいただいたそうです。

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「先日いただいたキムチ、日記に載っていた3月1日にまいた白菜ですよね。白菜が育つ様子を想像しながらいただくと、おいしさもひとしおでした」[西田、1,054]
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 こういう形で、固定客がつくと、売り上げも安定します。西田さんはいままで、広告費を一度も使ったことがないそうです。

■7.総人口の3.3%が家族農業に従事すれば自給率100%

「かかりつけの医者」という言葉になぞらえて、「かかりつけの農家」という言葉を西田さんは使います。自分たちの家族がいただく野菜をいつも届けてくれる、まさしく「かかりつけの農家」です。

 食料輸入がストップしても、こういう農家との結びつきがあったら、安心ですね。また、残留農薬や遺伝子組み替えの不安とも無縁です。こういう家族農業こそ「食の安全保障」の切り札なのです。

 しかし、こういう零細農家がいくら集まっても、国全体の「食の安全保障」に十分な規模にはならないのでは、と多くの人は思うでしょう。この疑問に答えるために、拙著『この国の希望のかたち』では次のような指摘をしておきました。

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農業従事者は168万人で約40%の自給率を達成しています。168万人といえば、日本の人口のわずか1.3%です。1.3%の農民が、1億2千万人の総人口の4割を養っているわけで、近代農業の生産性はそれほど高いのです。[伊勢、p156]
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 168万人で自給率40%ですから、単純計算で420万人が従事すれば100%となります。総人口の3.3%に過ぎません。夫婦二人で600万円の所得なら、一人で300万円。日本全体では、年収300万円以下の人が3千万人近くもいると言われています。

 年収300万円を得られて、しかも生活費の安い、自然の豊かな地方で生活できるのなら、派遣やフリーター、アルバイトをしている人々も、あるいは定年後の第二のキャリアにしても農業を希望する人はいくらでもいるでしょう。

 都会では結婚も子育てもできない青年たちも、豊かな自然の中で家族生活ができるようになります。それは「食の安全保障」とともに、幸福な国民を増やし、また荒廃した国土を再生することにもつながるのです。

■8.頑張っている家族農業を消費者として応援しよう

 消費者としても、このような家族農業を後押しする必要があります。そのためには家族農業を、消費によって応援することです。

 西田さんのように自ら注文を受け付けている農家もありますし、食べチョク、OWL(アウル)、ポケットマルシェなどの「産直サイト」もあります。また全国に1万6千カ所ある直売所でも地元の農産物を購入できます。ふるさと納税でも、特定の地域・産物を応援できます。スーパーでも地元の野菜や、特定の地域のブランド産物を売るようになってきています。

 スイスの80円の卵や、カナダのリットル300円の牛乳までいかなくとも、我が国ではそこそこの値段で、安心して食べられる、鮮度の良い、おいしい国産の農産物を購入できるのです。

 そのような賢い消費によって自分自身の「買い手よし」とともに、頑張っている農家を助ける「売り手よし」、さらいは国全体の「食の安全保障」「国土保全」を支える「世間よし」が実現するのです。これが農と食の面での「この国の希望のかたち」です。


「国際派日本人養成講座」ブログより転載
http://blog.jog-net.jp/

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