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宮城 能彦 rss (沖縄関係者)

ライター一覧
宮城 能彦

昭和35年(1960年)沖縄県那覇市生まれ。琉球大学、兵庫教育大学大学院卒業。現在沖縄大学教授。専攻は村落社会学、地域社会学、共同体論。著作多数。

沖縄の「子どもの貧困」対策

沖縄大学教授 宮城 能彦

 先日、木材関係会社の新年会で講演をさせていただいた後の懇談会で、日本の林業の現状について話題になった。日本の林業が振るわなくなって久しく、見通しも決して明るくはない。しかし、それ以上に問題なのは生産森林組合が補助金をもらうための団体と化していることではないか、という指摘がとても印象的であった。

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五輪エンブレム中止に思う

沖縄大学教授 宮城 能彦

 沖縄本島北部、名護市嘉陽集落の海岸に東京オリンピック聖火宿泊碑がある。約50年前の1964年、東京オリンピック会場に向かう聖火がこの地で宿泊したことを記念した、かなり大きな石碑である。

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沖縄の復帰を知らない若者

沖縄大学教授 宮城 能彦

 今年も5月15日がやって来た。

 1972年(昭和47年)5月15日は沖縄が日本に復帰した日である。昭和30年代以前に沖縄に生まれた者にとっては、様々な意味で感慨深い日であり、忘れることはない。

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台湾に学ぶ豊かな地方造り

沖縄大学教授 宮城 能彦

 15年前からほとんど毎年のように台湾に出かけている。

 そのほとんどは、学生と一緒に台湾の歴史や文化を学んだり、台湾の小学校と交流することであるが、数年前には李登輝元総統にもお会いして様々なことをご教授いただいたこともあった。圧倒的な存在感やオーラを放ちつつも、穏やかで優しく、どこか人懐っこいお人柄に感激したことは今でも忘れることはない。

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地方に学ぶ濃い人付き合い

沖縄大学教授 宮城 能彦

 調査や仕事で離島や中山間地、いわゆる「過疎地」とか「田舎」を巡ることが多い。

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島の人口問題は日本の縮図

沖縄大学教授 宮城 能彦

 8月、9月は大学の夏休みを利用して可能な限り多くの島を巡っていた。島へ渡り、たくさんの人々の話を聞いたり行事に参加させてもらったりするのには、私なりの理由がある。

 ちなみに、私は「離島」という言葉はあまり使わないようにしているが、同じような方も多いだろう。「離島」と表現するよりも、「島」あるいは「島嶼(とうしょ)」という表現の方が私にはしっくりくる。

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石垣島に豊かさ築いた人々

沖縄大学教授 宮城 能彦

 先日、石垣島へ調査に行った際に、平久保(ひらくぼ)半島のある集落でSさん(83歳)から、60年前に入植した当時のお話を聞くことができた。

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利権構造が固定化する沖縄

沖縄大学教授 宮城 能彦

地元マスコミも追及に限界

 島々を歩き、島の歴史や現在の生活について聞いていると、最初は興味深く、次第に深刻に、最後は憂鬱になってくる話になってしまうことが多い。

 それは、島における「利権」の話である。

 多くの島において、首長や議員の選挙はとても活発に行われる。投票率も毎回かなり高い。それは選挙結果が「生活」に直結するからである。

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名護市長選結果は予想通り

沖縄大学教授 宮城 能彦

 名護市長選挙が終わった。

 結果は、普天間基地の辺野古への移設に反対する現職の稲嶺進氏が、移設推進を訴えた前自民党県議の末松文信氏を大差で破り再選を果たすというものであった。

 全く、予想通りである。

 と書くと県外の人は驚くのだろうか。

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祖母の旅立ちと沖縄戦前後

沖縄大学教授 宮城 能彦

 私事で恐縮だが、先日母方の祖母が亡くなった。105歳であった。祖母は明治41年旧羽地村(現在の名護市)生まれ。戦前の沖縄女子師範学校を卒業した後、約半世紀、戦前戦後を通じて小学校で教鞭をとった。

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