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山田 寛
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佐藤 唯行 rss (国際)

ライター一覧
佐藤 唯行

昭和30年(1955年)東京生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。専門は米国および英国の人種関係史、特にユダヤ人問題。著書多数。

亡命ユダヤ系音楽家の楽園

獨協大学教授 佐藤 唯行

 1930年代から40年代、日本在住で名のある外国人音楽家の多くが東欧出身のユダヤ系だった。NHK交響楽団の前身に常任指揮者として招かれたヨーゼフ・ローゼンストック(1895~1985)はポーランド出まれ。美貌の天才少女ヴァイオリニスト、諏訪根自子の育ての親、アレクサンダー・モギレフスキー(1885~1953)はロシア出身。東京音楽学校(芸大音楽学部の前身)にピアノ担当の外人教師として招かれ、日本クラシック音楽の発展に寄与したレオニード・クロイツァー(1884~1953)もロシア出身。クロイツァーと同じく世界水準のピアニストで、同じく東京音楽学校に招かれたレオ・シロタ(1885~1965)はウクライナ出身といった具合だ。

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日露戦争と仏ユダヤ大富豪

獨協大学教授 佐藤 唯行

 日露戦争中の1905年、パリの駐仏公使、本野一郎のもとをひとりの小柄な紳士が来訪した。紳士は日本政府が発行する公債を自分の人脈で売りさばいてやろうと申し出たのだ。

 紳士の名はアルベール・カーン(1860~1940)。一代で自前の投資銀行を設立したユダヤ大富豪だ。日本政府は戦費調達先として、既に米英の金融市場に働きかけを行ってきたが、フランスには期待していなかった。

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日露戦争明石工作とブンド

獨協大学教授 佐藤 唯行

 日露開戦の8カ月前、1903年6月8日、日本陸軍参謀本部の会議の席上、慎重論に傾く大山巌参謀総長に抗して、少壮参謀たちはロシアの内憂を理由に戦勝の可能性を強く主張した。ロシア国内には社会主義を奉じる革命派が跳梁している。とりわけブンドと称する遊堕民が一大勢力をなしている。だから日露開戦の後、ロシア側の挙国一致は難しいという内容だ。

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高橋是清と在英ユダヤ大富豪

獨協大学教授 佐藤 唯行

 日露戦争開戦直前、欧米の金融市場での資金調達を急務の課題としていた日本政府首脳はユダヤ大富豪の財力とネットワーク、彼らへのアプローチの重要性を適確に認識していた。それを物語る史料が1904年1月15日、外相小村寿太郎から在英公使林董宛の電信文だ。ロスチャイルド家等のユダヤ大富豪に至急接近し、コネを築けと命じているのである。

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浅野総一郎とサミュエル商会

獨協大学教授 佐藤 唯行

 ロシアとの戦いに備えねばならなかった明治中頃の日本。金本位制採用は急務の課題だった。国際金融市場で戦時公債を発行し、戦費を調達する際の前提条件だったからだ。1897年、金本位制採用にあたり、日本政府は正金の裏付けがある英ポンド、450万ポンドを調達せねばならなかったが、この時、起債を首尾良く成功させたのが英国ユダヤ人、マーカス・サミュエル(1853~1927)だった。「金本位制の恩人」と称せられるゆえんである。これより3年前の日清戦争では大陸派遣日本軍への軍需品輸送で日本を助けてくれた。この功により、戦後、清より割譲された台湾において、特産品、樟脳の出荷施設の経営権を日本政府から委ねられてもいる。

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明治海軍のユダヤ製殊勲艦

獨協大学教授 佐藤 唯行

 未曽有の国難、日露戦争に際し、米英独のユダヤ系金融資本が戦費調達に苦しむ日本政府に援助の手を差し伸べてくれた逸話は良く知られている。しかし、戦場で日本軍が使用した最新兵器という点でも、在英ユダヤ系軍需メーカーが納入した武器が日本の大勝を助けているのだ。知られざる秘話を紹介しよう。

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明治医学界のユダヤ系恩師

獨協大学教授 佐藤 唯行

 今から百年ほど前、梅毒は今日のエイズと同じぐらい、人々から恐れられた病であった。

 その特効薬サルバルサンを1909年に開発したのがパウル・エーリッヒ(1854~1915)と秦佐八郎(1873~1938)。

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明治憲法起草助言者モッセ

獨協大学教授 佐藤 唯行

 憲法制定は明治日本の威信をかけた一大事業であった。それ故、維新の元勲、伊藤博文自身が勅命を奉じて憲法起草準備のため9カ月間にも及ぶ欧州への調査旅行に赴いたのだ。

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野口英世と恩師フレクスナー

獨協大学教授 佐藤 唯行

 千円札の図案で馴染み深い野口英世(1876~1926)。生涯にわたる恩師がユダヤ人であった事実を知る者は少ない。その名はサイモン・フレクスナー(1863~1946)。野口が「世界三大細菌学者」と讃えられるまでに出世できたのもフレクスナーのお蔭と言ってよい。

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米民主党支持するユダヤ人

獨協大学教授 佐藤 唯行

 古い世代の在米ユダヤ人家庭には「共和党には投票しない」という家訓があった。その昔、差別された移民であったユダヤ人にとり、「移民、マイノリティーの党」、民主党に投票することはごく自然な選択であったからだ。

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