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浅野 和生
浅野 和生
平成国際大学教授
神谷 宗幣
神谷 宗幣
龍馬プロジェクト全国会 会長

金子 民雄 rss (歴史)

ライター一覧
金子 民雄

昭和11年(1936年)、東京生まれ。日本大学卒業。中央アジア史について現地調査と研究を重ねる。歴史家、作家、哲学博士。著書多数。

「一帯一路」の帯と路 無限の航路に“中国一路”

 たしか2013年になってからだったように思うが、中国の内陸アジア研究会の人たちから、新疆で会議をやるのでぜひ出てきてほしいという誘いをたびたび受けた。内陸アジアといえば、中国新疆を中心とした俗にシルクロードと呼ばれた世界で、戦前のような政治や戦争といつか縁遠くなり、この地一帯は、わが国ではすっかりロマンチックな旅行を楽しむ人たちの憩いの場所となった。そのため、むしろ専門の研究者にとっては、魅力の乏しいところになったようだ。

 かつてこの地域では回乱と呼ばれる民族対立が相次ぎ、関係者は互いに皆殺しという悲惨な事態が頻発していた。こういった事態には日本も至って関心を払っていたようで、明治政府は特に軍人や外交専門家を現地に派遣して、調査していた。1930年代の昭和の時代に入ると、中国の国内事情が複雑となり、調査自体が難しくなった。満州地方が日本の支配下となり、中国側の警戒心が強くなったからであろう。

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日本食のルーツは雲南に?!

歴史家 金子 民雄

 最近よく聞くことは、日本に来た外国人が日本の風景を楽しむ他に、その風俗習慣というか、特に日本の食生活に関心を持ち、それが好きになったという話である。

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ウズベクで遭遇した事件

歴史家 金子 民雄

 ひとはみなそれぞれ独自の個性を持っているので、同じような人生を歩んでいても、みないろいろな体験をするようだ。中には妙な事件に巻き込まれることもある。私などそんな部類に入るようだ。

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石油とイスラムとの妙な縁

歴史家 金子 民雄

 気温が高くなってすっかり夏の気配になると、なぜかさまざまな思いが甦(よみがえ)ってくる。それは幼少期のもので、大概は今次大戦の時のことだ。大東亜戦争と呼ばれたこの戦いも、後に味も素っ気もない太平洋戦争と衣替えされたものだが、なぜか最近遠い幼い頃の思い出が多くなった。理由などないのだが、多分、戦争中の遊び仲間の多くが、このところ次々と世を去り、すっかり寂しくなったからかもしれない。

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陸海空のシルクロード構想

歴史家 金子 民雄

 いまではシルクロードという言葉がすっかり通俗化してしまったが、かつてはロマンティック街道などと呼ばれ、いたってのどかな雰囲気が漂っていたものだ。それが最近になると、どうもなにかぎすぎすしてくるようだ。まして「一帯一路」などと言われても余程説明されないと、さっぱり意味が分からない。中国側にしてみれば陸のシルクロードの「経済ベルト(帯)」と、海のシルクロード、とくに新しい21世紀の海上シルクロード(路)を表現しようとしているらしい。一語でいえば大経済圏構想というものらしい。

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椰子の実の故郷に憂いあり

歴史家 金子 民雄

 最近の世の中は、なにか日々殺伐としていて明るいことがない。朝のニュースを聞いたり見たりしても、暗い気持ちに襲われることばかり。そんなときふと、もう数十年も昔の幼少年期の頃のことを思うと、むしろいまほど気の重くなることは少なかったように思う。なぜなのか理由は分からないのだが、夢や希望がいまよりずっとあったのではないだろうか。

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ミャンマーを通り過ぎた日英

歴史家 金子 民雄

 2015年11月8日、ミャンマーの総選挙が何十年ぶりかで行われ、アウン・サン・スー・チー党首の率いる最大野党(国民民主連盟NLD)が勝利を収めた。東南アジアにも新しい時代が訪れたようである。いまでは南アジア一帯を東南アジアと呼ぶが、第2次大戦前までは専ら南方とか南洋といっていた。これが戦中には大東亜と呼ばれるようになった。この呼称をめぐって中国側から強く批判を受けた。軍国主義日本を象徴するものだという。これは中国人なら分かるだろうが、東亜とは東アジアのことだ。東南アジアは新しい造語であり、西欧人の使っていたせいぜい数十年の歴史しかない。

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伊犁事件調査した明治軍人

歴史家 金子 民雄

 世界には日本人によく理解できないものがあるようだ。その一つが民族紛争。狭い島国に単一民族が居住しているから、互いに争ったり殺し合いをする民族闘争というものが、理解できない。それにいま一つ宗教間の確執というのがあるが、これも日本では基本が仏教なので、血で血を洗うことは生じない。しかし、いま世界で起こっている大半は、ほとんど民族間同士での争いであり、もう解決の余地がない。

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メコン上流 中国のダム問題

歴史家 金子 民雄

 ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず、淀(よどみ)に浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて久しくとどまることなし――とは、たしか古典の方丈記の書き出しの名文だったと思うが、もう続きは忘れて思い出せない。ところが、なぜか最近になってこの文言を思い出すことが多くなった。それは日本中のあちこちの川を見ても、かつてのような心を洗ってくれるような気分が、さっぱりなくなってしまったからだ。

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ヒョウタンから学んだこと

歴史家 金子 民雄

 ヒョウタンが実る季節を迎えた。プラスティック製品が世界に蔓延してしまった現代では、ヒョウタンなどと言ったところで気にもかけない人が多いだろう。第一これが植物なのか知らない人も、きっといるにちがいない。「瓢箪(ひょうたん)から駒」、「ひょうたん鯰(なまず)」などといった日本の諺はあるものの、もうこんな古くさい譬え話など、いまではめったに聞くこともない。

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暗殺者教団の末裔との遭遇

歴史家 金子 民雄

 過激派組織「イスラム国」(IS)側に拘束されていた2人の日本人は、最悪の予想通りになってしまった。相手はまさしく現代版の悪魔の集団と思って間違いなさそうだ。

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赤珊瑚は海で漁らずに掘れ

歴史家 金子 民雄

 今年(2014年)の夏から秋にかけて、中国漁船が小笠原諸島近海に希少な珊瑚(サンゴ)を狙って押し寄せ、ニュースを連日のように賑わせた。多分、日本人の大半はサンゴを知らなかったものはいなかったろうが、これほど半狂乱に群がる中国船の集団に、その真意を知った人はいなかったろうと思う。家の中を探せば、母か祖母の使ったサンゴの装飾品なら、きっと一つか二つは見つかるだろうからだ。しかし、彼の地でこれほど珍重されるものだと知っていた人は少なかったろう。

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マララ氏のノーベル平和賞

歴史家 金子 民雄

 いま世間が一世を風靡(ふうび)するアベノミクスも、元々は経済政策が基本だったのだが、どんなにこむずかしい議論を尽くしたからといって、一般庶民にとっては消費税が10%になるのかどうかぐらいが、せいぜい問題だろう。そんなことより新政策とでもいうべき女性の地位向上策の方が、ずっと倍受けし易いにちがいない。

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富を産む海のシルクロード

歴史家 金子 民雄

 なにか真面目くさった話のついでに、ふとアラビアン・ナイトのことにでもふれると、途端に厭(いや)な顔をする人がいる。たしかにアラビアン・ナイトは子供向きか、大人向きになると官能本まがいになるから、話題には適さないだろう。たしかにその通りだが、詰め込み教育やら受験戦争の関係者には、こんな本は話題にもしたくないにちがいない。

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気掛かりな浅草寺仏像破壊

歴史家 金子 民雄

 この地球上に生まれた人類(ホモサピエンス)は、動物では同じであっても、哲学的に言えば「叡知人」ということになり、最もすぐれているということらしい。ところがそうは言っても、人は生まれた土地や国柄が違えば、もう互いの理解は容易なことでない。

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世界最高峰めぐる国の争い

歴史家 金子 民雄

 日本に住んでいると、どこを向いても山だらけ、山のない場所などない。だからかどうか知らないけれど、2年後(2016年)の8月11日を、「山の日」の祝日にするという。この日を山の日にする何か特別の意味があるのかどうか、私は不肖にして知らない。ただ日本を代表する山といえばやはり富士山で、同じ山があってもこれほど秀麗な山はないようだ。その富士山とエヴェレストを姉妹山として、日本とネパールの山岳関係者が環境保全のために提携する発表もあった。

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並大抵でない食文化の理解

歴史家 金子 民雄

 このところおかしなことに、日本の食文化についてふれたニュースが多くなったようだ。たしかにいくら文化人だからといって、日本で生活する日本人が1日3食洋食で済ますということは多くはないであろう。日本食を日本語で書けば「和食」でなにか宥和的であるが、外国人、といってもごく一般的に欧米人にとって、和食は最近まで縁遠い存在だったろう。寿司でもそうだった。

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諸民族が交差してきたソチ

歴史家 金子 民雄

 2014年の冬季オリンピックが閉幕し、今度はパラリンピックが開幕する。ロシア南西部のソチという町の名は、知っていた人もごく限られていたのではなかったろうか。この地が冬季オリンピック開催地に選ばれたのは、プーチン大統領の即決だったらしいが、美しく、魅力たっぷりの地で開き、世界から集まった人たちに誇りをもって見せたかったからにちがいない。

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新疆は中国の一大起爆地帯

歴史家 金子 民雄

 昨年の10月、新疆ウィグル自治区のウルムチで、中央アジアの学術会議があるので参加して欲しいと、招待状がとどいた。ところが、体調が思わしくなく、とうとう出かけられなかった。とくに最近の中国新疆をめぐる動静が目まぐるしく、このことも知りたいと思っていたのだが、とうとう実現しなかった。

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不運な犠牲者悼む靖国神社

歴史家 金子 民雄

 このところなにかというと、すぐ中韓両国の日本批判に靖国神社参拝が持ち出される。秋季例大祭が行われた10月、首相が供物を奉納し、閣僚や国会議員などが参拝したときもそうだった。

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