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    元全国紙経済記者
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    高橋 克明
    「ニューヨーク BIZ」CEO 兼 発行人

    「パリ同時テロ」は宗教戦争ではない

     13日発生した「パリ同時テロ」事件はイスラム教とキリスト教の宗教戦争ではない。「パリ同時テロ」直後、世界の主要なイスラム教はパリのテロ事件を厳しく批判し、イスラム過激派と一線を引いている。一方、欧州のキリスト教社会では世俗化が進み、神を追放して久しい。宗教戦争と呼ぶには両陣営とも余りにも参戦者が少ないのだ。

     イスラム過激派テロリストによる仏週刊紙「シャルリーエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件直後、当方はこのコラム欄で「“本当”のイスラム教はどこに?」(2015年1月24日参考)というタイトルのコラムを書いた。そこで穏健なイスラム法学者がジャーナリストの質問に答え、「テロリストは本当のイスラム教信者ではない。イスラム教はテロとは全く無関係だ」と主張し、イスラム教はテロを許してはいないと繰り返した、と書いた。同時に、「イスラム教学者が如何に否定したとしてもテロ行為の背後にはイスラム教への信仰がある」と指摘し、イスラム教を含む唯一神教の暴力性にも言及した。

     今回は別の観点から今回の「パリ同時テロ」事件を見てみたい。それは「絶対主義」と「相対主義」の価値観の衝突という視点だ。宗教の世界は如何なる信仰でも基本的には絶対的な帰依を求める。自分が信じる教え(信仰)を真理と考えるから、それを完全に信じようとする姿勢が生まれてくる。あれもこれも、といった世界ではなく、これだという世界だ。アブラハムから派生した3大唯一神教は絶対的信仰を求め、他の宗教、世界観に対して排他的であり、潜在的暴力性を有している。

     著名な神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰( Monotheismus) には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げている(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。

     その絶対主義の世界観に抵抗する形で生まれてきたのが今回のテロの舞台となったフランスの啓蒙思想だ。その啓蒙思想は人本主義を生み出し、神を次第に追放していった。そして無神論を標榜する共産主義世界観となって結実する。しかし、共産主義は時間の経過とともに、皮肉にも新たな絶対主義世界観を構築していったことはその後の歴史が実証している。

     神を中心とした絶対主義の世界観は同時期、宗教改革などを通じその世界観の修正に乗り出したが、絶対主義的価値観には変更はない。宗教の宿命だからだ。信じる教えが数多い真理の一部分に過ぎないと考えて信仰生活はできないのだ。イスラム系過激派テロリストのアラーへの帰依は相対主義価値観で生きている大多数の現代人にとって恐怖以外の何ものでもないだろう。

     相対主義的価値観の基本は「寛容」であり、「多様性」だ。各自が固有の価値観を持ち、他者の価値観を尊重する。啓蒙思想は人道主義となり、神を追放した世俗社会を生み出してきた。人間の知性を最大の武器として科学万能社会、物質社会の世界観を作り上げていった。一方、キリスト教社会では肝心の教会の聖職者たちが性犯罪などを起こし、その信仰の生命力を失っていった。その結果、多くの信者たちが教会から離れていった。

     そこにイスラム教の過激なグループが西側キリスト教社会に北上してきた。「パリ同時テロ」ではキリスト教社会にイスラム教の過激派が土足で入り込んできたが、宗教戦争とはならないのだ。なぜなら、キリスト教社会はその絶対的価値観を放棄し、寛容と多様性を最大の価値観とする世俗社会となっているからだ。

     もちろん、イスラム教世界でも同じことがいえる。欧州社会には約1400万人のユーロ・イスラムがいる。彼らは世俗化したイスラム教徒といわれる。彼らはイスラム教への信仰を維持しながらもキリスト教社会で見られる寛容と多様性な社会に憧れ、それを享受している。ある意味で緩やかな絶対主義者だ。だから、非寛容で多様性を認めないイスラム根本主義には抵抗を覚える。世界の大多数のイスラム教徒がパリ同時テロを本当のイスラム教ではないと反論するのはこれまた当然なわけだ。

     まとめる。「パリ同時テロ」は過激なイスラム教によるキリスト教社会への「戦争宣言」ではない。宗教戦争でもない。なぜならば、両陣営の大多数の人々は参戦していないからだ。その意味で戦争とは成り得ないのだ。

     「パリ同時テロ」は、絶対主義価値観と相対主義価値観の衝突だ。この2つの価値観、世界観の衝突にはキリスト教社会とイスラム教社会の両陣営の大多数の人々が参戦しているのだ。

     今世紀最大の神学者ともいわれる前ローマ法王べネディクト16世は「現代は相対主義価値観との戦いである」と主張していた。

     価値観の衝突、戦いとすれば、どちらが勝利するかという問題が出てくる。世界最大のキリスト教ローマ・カトリック教会最高指導者フランシスコ法王は神への絶対的信仰よりも他者への寛容と社会の多様性を重視してきている。同性婚問題、麻薬問題でも「寛容」という言葉がまるで魔法の言葉のように飛び交っている。相対主義世界観は絶対主義世界観との戦いで勝利寸前といえるかもしれない。

     戦いである以上、多くの人々は勝者側でありたいと願うだろう。敗者の惨めさを思い出せば、当然だ。しかし、相対主義的価値観が払わなければならない代価もある。絶対的な価値観を拒否した結果、風に吹かれる風船のような存在に甘んじなければならなくなる。右に飛び、左に舞う。リベラルに走り、民族主義に傾斜する、といった具合だ。その行先は虚無主義だ。
     絶対主義を否定し、相対的価値観の陣営にいる大多数の現代人は虚無主義という、ひょっとしたら最強の敵と対峙しなければならなくなるわけだ。

     「パリ同時テロ」を主導したイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」は、中世時代からタイムマシンに乗って21世紀の現代社会に飛び出してきたような存在だ。彼らは近代的な武器を得て異教徒キリスト教社会に戦いを臨んでいるが、戦う相手は久しく神を失い、相対的な価値観の世界で生きている。中世時代のイスラム教徒と神を失ったキリスト教社会の衝突では、繰り返すが、宗教戦争の条件を満たしているとは言えないのだ。

    (ウィーン在住)

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