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  • 2015/12/24
  • 逆転の発想でノーベル賞受賞

    「敢えて困難な道を選ぶ人生」

    北里大学特別栄誉教授 大村 智氏に聞く

     罹患すればほとんどの人が失明に至るオンコセルカ症などの画期的な治療薬「イベルメクチン」の開発に貢献し、「10億人以上を病魔から救った」(ノーベル財団)として、ノーベル医学・生理学賞を受賞した北里大学特別栄誉教授・大村智さん(80)。地元・山梨県韮崎市内を訪れた観光客が前年の同時期と比べて約4割増えるなど、注目度の高さは相変わらず。「イベルメクチン」の元となる化合物エバーメクチン発見の秘話、庭師を驚かせた自宅の庭作り、夫唱婦随だった亡き妻の思い出、そして人生の成功の秘訣(ひけつ)など、大村博士が大いに語った。
    (聞き手・片上晴彦編集委員、写真・佐藤元国)

    国に頼らず研究費確保

    ゲノム解析、絶対必要と確信

    世界の科学者たちが、エバーメクチンのような化合物を血眼で探していたのに、なぜ大村研究グループだけが、それを見つけ分離できたのか。

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     おおむら・さとし 昭和10年、山梨県生まれ。東京理科大大学院理学研究科修了。北里大学薬学部教授、北里研究所理事・副所長を経て同所長、学校法人女子美術大学理事長を兼務。感染症研究者で大きな業績を挙げた人に贈られるヘキスト・ルセル賞(米国)、上原賞、ガードナー国際保健賞(カナダ)など受賞多数。2015年ノーベル生理学・医学賞受賞。現在、学校法人北里研究所顧問。

     いろいろな機能を分離できる技術が、うちの研究チームは進んでいた。能力があった。

    先生の実験ノートを見ると、微生物が作る化合物で、抗菌活性(細菌を死滅させる効果)がないものについても、いろいろな実験を繰り返し、成果を出していった。そういうことを指しているのか。

     そうだ。抗菌作用がないものも何かに応用できるのではないか、というのが私の発想だった。その当時は、みんな、抗菌活性があるか、ないかしか頭になく、そのような活性のあるものしか追い掛けていなかった。ところが、私は活性があるかどうかは関係ない、抗菌活性がないものも微生物は作っているはずだから、それを探そう、新しい化合物をつかまえよう、ということで進めていった。それは逆転の発想だった。

    「面白いことをやってみよう」

    その発想がノーベル賞につながったのか。

     その通りだ。ぱっと考え方を変えることで、ものの見方がまったく変わってくる。科学の世界にはそういうことがある。

    寄生虫を死滅させる化合物をどのようにして見つけたか。

     これは難しかった。一つは、マウスを使った。抗菌活性があろうがなかろうが、マウスに寄生虫を感染させておいて反応を見た。すると、エバーメクチンは抗菌活性がほとんどないと思ってもいいぐらいなかった。それを精製していってみたら、やはり抗菌活性がほとんどなくて、抗寄生虫活性だけがあったということだ。結果的にそうなっていった。

     ないものからあるものを見つけた、と言っては語弊があるかもしれないが、抗菌活性があるなしに関係なく抗寄生虫物質を探していたから、結果が出たわけだ。

    大村チームは、1999年にはエバーメクチンを作る微生物の全ゲノム(DNAのすべての遺伝情報)解読の作業を手掛け、後に成功させたが、この経緯は。

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    自身で設計した自宅の中庭を披露する大村博士

     当時、ゲノムを見て、それからどういうものが作られるか、調べることができるとは誰も思っていなかった。しかし、私は研究仲間の話を聞いているうちに「ゲノムが分かれば、作られる化合物が読めるな。すぐに読めないまでも、そのきっかけができる」と思った。それが作業を始めるきっかけだった。

     ゲノムを入れ替えるなどして新しいものを作り出すというのもうちが最初。はじめ、誰もそんなものができるとは思っていなかった。今「ゲノムマイニング」という新しい言葉、分野が生まれているが、そのルーツはうちの研究にある。

    成功の確信はあったのか。

     いや、これは大事な仕事だと思ったから進めた。これからの時代、絶対必要になってくるという信念を持っていた。それで、エバーメクチンの特許料で、当時のドクターを1人、関連の技術をマスターさせるために英国に留学させた。彼に、そういう時代が絶対来るぞ、と言って送り出した。

     面白い論文を書いたな、では、ノーベル賞はもらえない。論文は書けないかもしれないが、面白いことをやってみようというのでなければ、ノーベル賞に届かない。

    イベルメクチン特許料のうち9億円をゲノム解析の研究に投入したと聞いているが。

     研究費をいかに確保するかは大事なことだ。私は国に頼らなったし、もし頼っていたらゲノム解析は実現しなかったと思う。私立だから国の予算はあまり当てにならない。予算を配ってくれるが、国立にはばんと出して私立にはちょっぽし。やってるよ、と言い訳程度をくれる。若い時、繰り返しそういうことを経験した。それでもう国に頼らない、自分たちで稼ごうと。そういうところから入っていった。

    ところで、先生は絵画蒐集(しゅうしゅう)(韮崎大村美術館を創設。後、同市に寄贈)など美的センスをお持ちだ。先生の自宅庭を前にとても落ち着いた気分になれる。

     この庭は私が自分で設計した。見方によって、いろいろな庭園に見えるような庭造りをやった。座敷から見ると、落ち着いた日本的庭園でしょ。庭を下の方から上ってくると、山を登ってくる雰囲気になるでしょ。そういうふうに設計してある。バーベキューをしながら景色を眺めることもできる。

    今日あるは妻のおかげ

    「運を呼び込む」人たれ

     庭師が見ると「この庭は面白い庭だなあ」と。右手に小さい石臼の石が積んであるでしょ。繊細な注意が払われ、あれがあるとないとでは、この庭(の情趣や調和性)が大いに違ってくる。庭全体のバランスを取るのに、あの石の集まりが必要だった。

    大学教授を辞し研究所立て直す

    調和やバランスの有無に対する直観力は科学のそれに通じますね。

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    大村博士が受賞したノーベル賞の賞状

     通じるよね。全体から見ると、小さな石だが、それがあるためにこの庭がどっしりと落ち着いて見える。芸術をやる人は庭を作る。雪舟もあちこちにいい庭を作っている。絵を描く人はそういう感覚がなくてはいい作品ができない。

    女子美術大学には、奥様の名前を冠し、先生の寄付で創られた「大村文子基金」があり、芸術家を育ててきた。現在はどうか。

     競争率が20倍という大変な時もあるが、毎年、卒業生を選考して、パリやイタリアのミラノに送っている。彼女らが帰ってきた時、見違えるようによくなっている。やはり世の中を見てくるというのは大事なことだ。

     「居は気を移す」という言葉がある。世の中を見てくると変わるんだよ。場所を変えると、発想も別のものが出て、考え方も新しくなる。小説家が時に別荘や山小屋に行って時間を費やし、作品を書くということを聞くでしょ。

    16年前の2000年に亡くなった妻・文子さん(享年60)との馴(な)れ初めは。

     私は高校の教員をやりながら、大学にも通っていたが、その時の高校の教頭が、糸魚川(新潟県)の人でお寺のお坊さんだった。その人が「糸魚川でサイエンチストと結婚したいと言っている娘がいるが、おまえ、もらわないか」と。あの当時科学をやっていると貧乏が当たり前で、私がどんなに貧乏かは分かっていたと思うが、それでもいいという。これは珍しいなと思って、会ってみると、面白そうだなと。見合い結婚だ。

     彼女がいなかったら今日の私はない。私は、家のことは見向きもしない、極端に言えば、家庭を顧みないといったタイプだった。家内がやってくれるから、安心してなんでもやれたのだ、とも言える。

     今度、一族郎党が100人ぐらい、甲府に集まって私のお祝いをやってくれる。ワイフが生きていたなら、その集まってくる人たちを、みんな知っていると思う。私はほとんど知らない。私は長男だから、冠婚葬祭には、家内が出て行ってやっていた。私は親戚でも知らない人が多い。

    人生のターニングポイントはいつだったか。

     今度、あるところで行う講演のタイトルは「半生、岐路と選択」。今思うと、あっちにいかなくてよかった、ということは多々ある。

    岐路に立った時の選択基準は何か。

     簡単なことだ。要するに、私は、いつも、いちばん難しいと思う方向を選んできた。楽な方向を選ばなかった。それだけの話だ。人はたいがい、分かれ道に来ると楽な方向にいっちゃう。しかし楽な方向に行くと、ろくなことはない。難しい方にいくから、いろいろ開拓もできるし、人ができないこともできる。

     例えば、北里大学の職員だった時のことだが、北里研究所の経営のまずさが目についた。それで大学の教授をやめて北里研究所の立て直しを行い、実現させた。大学教授を続けていたらやれなかったことだ。「せっかく教授になれたのに…」と家内はぼやいていた。 ただし、正義感で、自分から“乗り込んでいった”のは、この時の北里研究所の改革で、研究所の副所長になった時だけ。今までいろいろと役もやったが、ほかは、周りから「大村さん、大村さん」と推されて就いた役ばかりだ。

    「人のために」を繰り返した祖母

    小さいころはどんな教育を受けたか。

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    自宅の一角に飾られた、ガードナー国際保健賞や藤原賞など大村博士が受賞したメダルや賞状

     小さいころから、祖母に繰り返し「人のためになることをするのがいちばん大事なことなんだ」と聞かされた。どういうことをやれば人のためになるか、ということは言わなかったが、そういう教育を受けた。

     それで(美術館を創設して)絵を集めた時も、千何点も自分が持っていても仕方ないと思った。いい絵を買ってもこれは世の中のものだと。たまたま私のところにやって来たものだが、これはみんなに見てもらったほうがいいんじゃないかと。また研究資金もできたが、自分のものという感じがしなかった。そういうふうな考え方を持つように育てられたし、そう心掛けた。

    苦労するほう、するほうにいくわけだ。

     「あいつ(大村氏)は幸運だ」という人がいる。あれは運がいいと。そういうことを言う人は、本当に運がいいとはどういうことか分かっていないと思う。運を呼び込むものがあるから運がやって来る。「あいつは運がいいな」と言う人たちは、ただ、いいことがころがりこんでくると思っている。

    なるほど。

     ただし、右か左か、どっちが難しいか、分からないことだっていくらでもある。ここがまた問題だ。どちらかを選ばないといけない。しかし、いったん選んだら、今度は徹底的にものにする。これが成功する元。いったん選んだらもう迷わない。「絶対成功させるぞ」ということでやっていく。

     もちろん迷うことはいっぱいあるが、選んだら絶対成功させる、これが私のやり方だ。徹底してやる。体を壊しても、頭が少しおかしいんじゃないかと言われてもやる。

     それをやっていると、みんなが付いてくるようになる。「大村は言い出したら聞かん。大村は、やり出したら絶対やるぞ」「じゃあ、応援しよう」ということになる。だからうまくいく。実践躬行(きゅうこう)だ。「あいつは、ああ言っていてもいずれ変わるから、ほっとけ」などと言われているうちはだめだ。何事をするにも熱意を持ってやることだ。すると先輩たちが「大村君、飯食おうよ、時間ある?」と誘ってくれる。

    ノーベル賞受賞後の生き方のキーワードは?

     夢、生ききる、不動心だ。「夢をもって不動心で生ききる」

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