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  • 青木 節子
    青木 節子
    内閣府 宇宙政策委員

    境界分野中の境界分野である惑星探査の統一力

    廣井孝弘

     12月20日はカール・セーガン没後20周年であった。ボイジャーミッションなどで有名なセーガン博士は、人類が惑星探査に乗り出すための大きな動機付けとなった。ボイジャーは2号まで打ち上げられ、太陽系の惑星群にフライバイし、それらの近接画像やデータを人類に最初に与えた大きな功績をもつ。現在、はやぶさも2号機が飛んでいる中、試料回収という、フライバイから2段階も3段階も先のミッションに行きつけたのは日本だけでなく人類すべての功績と言える。

     私が1980年代に小惑星と隕石の関係を太陽光の反射スペクトルで調べる研究を始めた当時は、惑星探査どころか、Planetary Scienceに該当する「惑星科学」という日本語も存在しなかった。惑星を天文学的かつ岩石・鉱物学的な手法で調べることは、当時は完全に境界分野と見なされ、大学のどの大手の学科でもそのような研究室は存在せず、当時かろうじて神戸大学の藤井直之先生や、私が学んだ東大基礎科学科の高野幸雄先生の下で学生が1~2人ずついた程度に過ぎない。どちらも、指導教官自体は岩石・鉱物学や結晶学といった天文とはかけ離れた専門外であり、一方で、天文学科では鉱物など知りもしない研究者しかいないような時代であった。

     そういう時に、惑星科学を始めることは大きなかけであり、就職などを念頭に入れない純粋かバカな学生しかやらないことであったろう。その上、私の研究テーマは、惑星科学の中でも小さな分野と言える、小惑星と隕石の反射スペクトルの関係性であり、一般の人々からすれば未知の領域であった。もちろん、小惑星の鉱物組成を知って、太陽系の原材料物質や生成・進化過程を知るためや、1980年代当時は夢にも見なかった小惑星探査ミッションには役立つかもしれない。しかし、当時は惑星科学というと、月や火星といった大きな惑星・衛星に注目が集まり、小惑星は人類が開拓できるほど大きな天体でもないし、彗星ほど始原的でもないしといった理由で魅力がなかったのだと思われる。

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    カール・セーガンとその言葉「どこかで何か信じがたいものが知って欲しいと待っている」(http://www.weedist.com/2014/10/new-trove-carl-sagan-papers-revealed/

     その上、当時でもすでに大御所であった地球物理学から見ると、大きな天体ならば重力や磁力や大気といった物理学的な単純な方程式やパラメーターで記述できそうな対象であり、小惑星のように球形にもなっていないし進化もしていない岩塊のような微重力天体は複雑すぎたのであろう。本当は、そういう研究対象ほど優秀な研究者が取り組まねばならないのに、彼らは単純な対象に向かってしまって、地学分野の、比較的定量的計算や方程式やプログラミングに疎い学生や研究者が残されて、そのようなマイナーな分野に取り組んでしまったのかもしれない。

     私も東大理科一類で落ちこぼれて物理学科や地球物理学科に行けずに基礎科学科に進学した口だが、幸い量子力学やプログラミングはみっちりやることができる場所であった。そういう点では、私が惑星科学、特に小天体と隕石の関係をスペクトルで調べる研究を始めたのは理にかなっていたことかもしれない。高野先生の下で助手をされていた、基礎科学科の先輩である宮本正道先生がそれを始められたおかげであるが。

     問題は、そのような境界分野である惑星科学の更に境界分野である惑星探査に特に役立つような手法を専門にした研究者が役立つ時が一体来るのかどうかということである。そんなことも考えずに純粋に飛びついた私も奇遇な存在であったが、私が博士課程でお世話になった鉱物学教室の武田弘先生は、「君が博士号を取るころには日本は小惑星に人工衛星を送っているに違いないから心配するな」などという、どう考えてもあり得ないと分かったはずの話をしていた。実際、私が博士号を取得した1988年から8年後の1996年にMUSES-C(はやぶさ)計画は開始されたが、私は時期が早すぎたのと、宇宙研と鉱物学教室という壁は越えられなかったのが災い(または幸い)して、仕方なく渡米したのであった。

     現在は惑星科学はもはや境界分野ではないかのごとく思われているが、やはり基礎分野の総合という点で応用分野であり、惑星探査はロケットや衛星を設計・製作・運用する工学分野から、天文・物理・化学・地学・生物学といった多くの学問の集大成が必要な人類の営みである。もちろん最近ブームの環境学には密接に関係するし、更には、地球上を自由に飛び交い、月や深宇宙にまで行くという事で、人類の永遠の開拓欲や軍事目的にも絡んでくる。

     そう考えてみれば、境界分野中の更なる境界分野である惑星探査ミッションが、全ての既存の分野を統合・統一し、地球の存在と人類の営みに対して明確な展望を与えてくれる可能性がある。実際、私が帰国の度に、はやぶさ・はやぶさ2ミッションの体験談や科学目的に関して講演会をよくするが、その延長線として、なぜ地球のような特別な惑星ができたのか、人類がなぜ惑星や宇宙を調べたいという欲求があるのか、などという話題になり、当然、人類の存在の偶然・必然性の話になる。そういう疑問に回答を与えてくれるものが惑星探査の先にある新しい科学であり、それを目指して私は惑星科学者をしているつもりでいる。カール・セーガンもそのような気持ちも持っていたのではないかと推測する。

    (2016年12月28日記)

     反射スペクトル 光の反射率を波長ごとに測定して、波長に対するグラフにすることによって得られる曲線のこと。小惑星の望遠鏡観測と隕石の実験室測定から得られた反射スペクトルを比べることで、その隕石と同様な岩石・鉱物組成を持つ小惑星を見つけられる。人間の指紋のように同一性を見出すのに用いることができるのが反射スペクトルである。

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