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  • 青木 節子
    青木 節子
    内閣府 宇宙政策委員

    “英語読み”でなく正しい天体名を使おう

     アメリカ人と話をした人ならば必ず気づくことであるが、地名や人名の英語の発音は日本の学校教育で教わったものとかなり異なる。例えばイエス・キリストは英語ではJesus Christ(ジーザス・クライスト)であり、エルサレムは英語ではJerusalem(ジェル―サレム)である。だから、アメリカに来て日本語式に発音しても、まず誰も分かってくれないので、英語式の発音に直そうと努力するうちに、国際的に英語の発音が正しいのだと錯覚してしまい、日本に帰ってもそれを使う日本人もいる。

     しかし英語が正しい発音であると誰が決めたのであろうか。私は学校で、日本の社会科の教科書の表記は現地語の発音に忠実にカタカナで表記していると習った。だから、それが正しければ、日本語のように、エルサレムにイエス・キリストが来られた、という言い方が正しいのであり、英語の発音ではイスラエルではかえって通じにくいのではないかと思われる。

     問題は、このインターネットの効果も含むグローバルで高速な通信の時代に、英語の圧倒的な影響力によって、何が原語に忠実な発音であるかを忘れてしまっている人たちが多いことである。特に、地名や人名は現地語とか本人自称の発音がはっきりしているが、天体の名前はいったい何が原語となるのであろうか。特に、小惑星や彗星はその数がどんどん増えてきており、惑星の数の比ではない。

     それで、私の東大の先輩である佐藤勲さんは、宇宙用語研究会
    http://homepage2.nifty.com/mp6338/JANNET.html
    を主宰され、天体名の発音の調査を続けておられる。例えば、周期彗星名の発音リストは、
    http://homepage2.nifty.com/mp6338/JANNET/cmpname.txt
    で、この中で特筆すべきは、日本人にもなじみ深い通称「ハレー彗星」は、1P/Halley(ハリー)であり、発見者であるEdmond Halleyの原語に忠実ならばハリーとなる。

    1986年のハリー彗星の接近(NASA)

     ハリー彗星は初期に発見されたことと、日本が「さきがけ」および「すいせい」衛星で国際合同探査をしたことでも有名であるがゆえに、誰かがハレーと表記し始めて、それが一般的になってしまったものと思われるが、最近注目された、Rosetta探査機がPhilaeという着陸機を下した彗星67P/Churyumov-Gerasimenko(チュリュモフ・ゲラシメンコ)はそのような混乱がないようである。大体この彗星名をちゃんと発音できる人が少なく、原語をしゃべる人がネットで発音を教えてくれていたおかげもあるだろう。

     一方、彗星よりも数も新発見の率も高い小惑星では、その問題は深刻かもしれない。一番番号の低い小惑星名のリストはここにある。
    http://homepage2.nifty.com/mp6338/JANNET/mpname001.txt

     例えば(1) Ceresは現在は小惑星から格上げされて準惑星(Dwarf planet)となったが、初期の多くの小惑星と同様にギリシャの神様の名前のラテン語読みであるから、正しい発音は「ケレス」であり、英語の発音の「シーリーズ」ではなく、一部の学術本では英語とギリシャ語を混ぜたような「セレス」と書かれていたような問題があった。これはハリー彗星の問題と似ている。2番目以降でも、(3) Junoはジュノーでなくユノーであるなど、英語読みに慣れてしまった者たちには最初は抵抗のある場合もあろう。

     日本が近く実現を目指している火星衛星試料回収計画では、PhobosとDeimosが対象になるが、Deimosはやはりギリシャ神話からの命名で、英語読みでとかく使われるダイモスという読みではなく、デイモスが正しい。
    http://homepage2.nifty.com/mp6338/JANNET/satellite.txt

     しかしながら、この問題は、世界の言語統一の理想に反するようにも思われる。英語の力があまりにも強いからだ。日米が世界共産主義の罠にかかって大東亜戦争で失策して敗北しなければ、東アジアの共通言語は日本語になっていたはずである。それが実現しなかったので、一層、英語、厳密には米語の力が大きくなった。しかし、日本語が国際共通語として適していると主張する人々もいる。「驚くべき日本語」や「もし、日本という国がなかったら」の著者として知られるRoger Pulversは、日本語が世界語(lingua franca)となる可能性を説いている。

     考えてみると、英語はつづりと発音の違いがはなはだしく、ラテン語やドイツ語のような厳密性はない。だから、Deimosをデイモスと発音しても一応通じるし、メキシコからの移民のスペイン語発音の影響で、Jesusをヘサスとも発音できることを知っている人も多い。だから、Ceresをケレス、Junoをユノーと読むのが正しいのであると主張していけばそうなるかもしれない。

     私の名前も、26年前にアメリカに来てからというもの、数えきれないくらい何度も正しい発音に直してきたが、いつも正しく発音してくれるのはスペイン語圏の人に多いのは、日本語と同じく子音と母音がペアになった単純な発音が多いのが幸いしていると思う。私はニックネームは別として、自分の名前をアメリカ的に変えることはしなかったし、漢字の署名もかたくなに守ってきた。何度も銀行や大学から署名を変えないと受け付けないと苦情を受けたが、署名は読むものではなくパターン認識するものだという事実を分かってもらうまで何度も説明した。現在では家族全員が漢字の日本語で署名を使えるようになっている。

     中国や韓国といった東アジアの国家群も、西洋からの新しい単語を漢字に置き換えるのに、日本に留学したり日本の書物を読んだりして学んで近代化したのである。そのような誇るべき歴史を持つ日本が、もっとアジアで指導力を発揮してもよいと思うし、まずは学術や経済分野から平和裏に進めるのは適切であろう。

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