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  • 青木 節子
    青木 節子
    内閣府 宇宙政策委員

    クラーク博士の精神を継ぐ者たちへ

    廣井孝弘

     今回また2週間、出張で日本に来た。2012年から続いている学術振興会からの科学研究費基盤Cによって支援された、国立極地研究所(極地研)の隕石の可視・近赤外分光サーベイの一環である。今年は5年目で、最終年度。これまで、火星隕石・月隕石・小惑星ベスタから来たと考えられるHED隕石・そして炭素質コンドライト隕石の測定を済ませ、二つの論文を提出し、残りは現在データの解析中である。

     今回の帰国は、いくつかの試料の再測定と共同研究者との研究打ち合わせなどのためで、まず極地研で大学の後輩でもある海田博司助教と現状の把握をして計画を立て、共に大阪大学豊中キャンパスにいる、またこれも大学の先輩である佐々木晶教授のもとで反射スペクトル測定と、今後の研究の予備実験としての宇宙風化シミュレーションを行った。

     はやぶさ2が目指していて2018年の6月頃に到着する予定の小惑星リュウグウは、炭素質コンドライト隕石と類似していると信じられており、そのためにここ数年ほど、極地研にある試料を測定してきたが、はやぶさが2010年に持ち帰った小惑星イトカワの試料で初めて発見されたS型小惑星の宇宙風化現象が、リュウグウの表面でも起こっていると考えるのが自然である。

     これまで、炭素質コンドライトの粉末試料をプレスしてペレットにした試料はいくつかパルスレーザーを用いて模擬的に宇宙風化させてきたが、リュウグウにはそのような粉末だけでなく、イトカワにあったようなセンチメートルスケールの砂利が多いかもしれない。そのため、5mmから1cm程度の破片も今回レーザー照射した。

     更なる問題は、地球の水である。炭素質コンドライトは、水を水酸基(OH)の形でその結晶構造に持つ含水鉱物を含む隕石であり、それができた母なる天体には水が氷かまたは内部で水として存在したと推定される。しかし、リュウグウのように大きさが1km程度で重力がとても小さく、太陽に近い近地球小惑星の上では水は単体としては存在できない。一方、そのような天体から隕石がいったん地球に来ると、たとえ乾いた土地に落ちたとしても、空気中の水蒸気によって汚染されてしまう。その上、極地研の隕石はほとんど南極から回収されたものであり、長い間氷の中で眠っていたものである。

     そのような地球の水が吸着水として炭素質コンドライトには含まれているため、普通は真空中で弱い加熱をして吸着水を飛ばしてしまう必要がある。ただし、小惑星で出来た鉱物内の構造水を取り去ってしまわない程度の低温の加熱である。それが何度なのかはっきりしないが、過去の研究では、130から200度Cが採用されている。そのような実験を、今回は、阪大の次に訪問した東北大学で、大学の後輩の中村智樹教授の下で学生たちと行った。真空度の問題はあったものの傾向としては正しく、今後モデル計算も加味して、小惑星上の環境での炭素質コンドライトの反射スペクトルを再現できると予想している。

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    北海道大学キャンパスにあるクラーク博士の像と著者。右下は説明板をはめ込んだもの。

     今回の帰国には、そのような実験・測定とともに、もう一つの大きな目的があった。それは北海道大学の圦本尚義教授のところでセミナーと研究の議論をすることだ。教授はコンドライトを含む隕石の酸素などの同位体測定の権威で、隕石試料のナノメートル(髪の毛の太さの10万分の1くらい)のスケールの微小領域の測定まで挑戦できるレベルにある。はやぶさ2が2020年の12月に持ち帰るはずの小惑星リュウグウの試料の分析には欠かせない人物であり研究室である。そして、橘省吾君という若く優秀な准教授もいる。私がよく話題にしているヒューストンでの月惑星科学会議にも常連の世界的研究者達でもある。

     今回は、2018年6月から1年半、はやぶさ2がリュウグウにランデヴーした際に、リモセン機器でできることとできないこと、それらの方策などをまとめてセミナーで彼らおよび他のスタッフや学生たちに説明し、その期待と困難な挑戦を分かってもらう努力をした。普段、隕石試料などの同位体組成や有機物の合成実験などを主に扱っている彼らにとっては別世界の話だったかもしれないが、特に橘君からはいつもの様に本質的質問が出て、学生たちとも会話ができ、非常に有意義な訪問だったと思う。

     写真は、北大キャンパスの南端あたりにあるウィリアム・クラーク博士の像で記念写真を撮ったものに、その像の説明書きをはめ込んだものである。クラーク博士は、明治初期に日本政府が北大の前身である札幌農学校を設立する際に、米国マサチューセッツ州アマースト市にある農学校から招かれて、9カ月間だけ学生たちの教育などに携わり、その学生たちが聖書とキリスト教の精神を後輩の第2期生に教え、その中から、内村鑑三、新渡戸稲造といった日本を代表する世界的人物たちが生まれたのである。

     私の長女はブラウン大学の2年生を終えようとするところだが、2年下の次女はそのクラーク博士がおられた大学の後身であるマサチューセッツ州立大学アマースト校に9月から入学する予定である。私は、今回、それ故に北大に愛着を感じ、その世界最先端の設備と研究者達と研究のレベルに感心し、その彼らに、はやぶさ2の2年2カ月後のランデヴーに備え、また将来の惑星ミッションでリモセン解析で秀でた人材を養成する必要性を訴えた。

     クラーク博士は、キリスト教の精神を日本の若者たちに伝え、Boys, be ambitious! と言って、大志を抱くことを説いた。私は日本人であるが、クラーク博士と同じ国と州に住み、娘を同じ大学に送り、日本が現在足りない内容を未来に備えて開拓せよと説いて回っている。クラーク博士ほどの大きな貢献はできぬかもしれないが、私の話を聞いた若者たちの中から、はやぶさ2および将来の惑星探査ミッションにおいて、私のノウハウを継承・発展させ、世界一の実績を上げる者たちが出てきて、日本が惑星科学で米国および世界を刺激し牽引し続けていけることを切に願う。今回は、クラーク博士の魂が私にこのような内容を書かせてくれたように感じる。

    (2016年4月22日記)

     可視・近赤外分光 光を目に見える可視光(波長0.4-0.7ミクロン)と近赤外光(波長0.7-4ミクロン程度)の範囲で波長ごとに対象の反射や透過などで測定して、そのパターン(スペクトル)を解析する手法。

     同位体 同じ元素であるが、原子核内の中性子の数が異なるために質量数(重さ)が異なる原子。酸素の多くは質量数が16であるが、中性子が1つ多い酸素17、そして2つ多い酸素18が微量だが存在し、その存在量は惑星ごとに異なると考えられている。アポロ計画による月試料回収によって、月の酸素同位体が地球のものと同じであることがわかり、月と地球は混ざったという巨大衝突説がより確固としたものと信じられるようになった、はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワ粒子の酸素同位体がLLコンドライト隕石と一致することから、それら隕石種がイトカワのようなS型小惑星から来たことが確認された。

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