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  • 青木 節子
    青木 節子
    内閣府 宇宙政策委員

    寝耳に水の日本の次期惑星探査とポストはやぶさ2

    廣井孝弘

     最近、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は次期惑星探査計画として、SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)と火星衛星試料回収ミッションを決定した。今回は、これらに対して、「太陽系と地球の起源を知りたい」と願う一惑星科学者として、かなり一方的に聞こえるかもしれないが、苦言を交えた批評をしたいと思う。

     SLIMは、月にピンポイント着陸をする技術立証衛星である。このようなミッションを惑星探査と呼ぶかどうかには議論があると思うし、将来は試料回収にも使えるかも、と言われても、このような科学要素がなく、近場の月に行くミッションになった理由は私には明らかなように思われる。

     はやぶさが2003年に打ち上げられた当時は、宇宙科学研究所(ISAS)が開発してきた固体燃料ロケットとしては世界最大級のM-Vロケットであったが、それが2006年に打ち切りになり、内之浦(宇宙空間観測所)からはイプシロンロケットが2013年にデビューした。これは、無駄が多いと思われたM-Vを効率化してコストパフォーマンスをあげて、M-Vの3分の2の打ち上げ能力を3分の1の費用で達成するという目標があったようだ。

     しかし、これに関連する話を初めて聞いたのは2013年の石垣島での日本惑星科学会の秋の集会場であったが、「今後10年間は惑星探査はイプシロンでできる範囲に限る」という話であった。幸い、はやぶさ2はすでにスタートしていて、2014年にH-IIロケットで打ち上げられることになっていたが、ポストはやぶさ2を考えるにも、はやぶさ初号機のような小型軽量衛星も打ち上げられないのでは、より遠くの小惑星などからの試料回収は無理である。成長した大人に子供のおもちゃを与えて、「これで適当に遊んでおいてね」と言われたようなものである。

     とは言え、SLIMが全く無駄と言っているわけではない。JAXAが発表しているように、正確な地点に着陸して、また将来往復飛行ができれば、ローバーで大きく移動せずとも月の石を持ち帰ることができる。また、かぐやミッションで発見された月の竪穴は、地下溶岩チューブに隕石が衝突して縦穴を開けたものと考えられており、そこに正確に着陸できるのならば、太陽風や微小隕石衝突から保護された場所に巨大な基地を作れる可能性もある。科学的にも、その長大な内部の鉱物・元素組成などを知る成果が期待される。もちろん、そのような暗闇の中でも移動できるローバーには太陽光以外のエネルギー源が必要だろうが。

     SLIMのように現在のイプシロンロケットで比較的頻繁に飛ばせるミッションの他に、より大型だが頻度は小さい惑星ミッションとして、火星衛星(フォボス・デイモス)からの試料回収ミッションも決定された。これは、前回紹介したMEF(小天体探査フォーラム)レポートの7つのポストはやぶさ案のうちの2つに関連する内容だ。

     しかし、この決定は私にとって、そしておそらく多くの惑星科学者たちにとって寝耳に水だった。MEFレポートでも、多くは小惑星または枯渇彗星を目指しており、太陽系の起源に迫る始原的天体を目指していて、最近では木星軌道上に位置するトロヤ群内のD型小惑星へのミッションが「はやぶさ3」ともいえる次期探査の候補として考えられていたからだ。

     ただ、火星衛星からの試料回収が太陽系の始原的物質や初期進化を紐解くカギにならないとも限らない。フォボスもデイモスも、太陽光の可視・近赤外領域で見ると、とても暗く、明るくしたならば、赤っぽく見える天体であり、上述のD型小惑星と似ている。そのほか軌道力学的な考察もあり、D型小惑星が火星に捕獲されたものではないかと考える研究者も多い。なので、D型小惑星物質を木星軌道まで行かずに火星軌道から回収できれば儲けものではないか、という議論も成り立つ。

     しかし、そこには大きな落とし穴が隠されている。まず、火星軌道は小惑星帯よりも太陽に近く、D型小惑星ならば保存されているかもしれない氷などの揮発性物質は失われているかもしれない。また、火星を回る2つの衛星とそこに衝突してきた隕石群により、巨大なダストリングが形成されている可能性が大きく、そのようなダストの衝突と太陽風によって、フォボスとデイモスの表面は、大きく宇宙風化している可能性が高い。

     宇宙風化とは、大気のない天体表面では普遍的に起こる瞬間加熱現象の連続で、はやぶさ初号機が訪れたS型小惑星イトカワは、LLコンドライトと呼ばれる隕石と同じ物質であるが、宇宙風化によって反射スペクトルが赤化していた。

     だから問題は、フォボスやデイモスが赤化しているのが、もともとD型小惑星物質があるからなのか、他の物質が宇宙風化して赤化して見えているのか分からない点である。それをはっきりさせるためには、あらゆる物質、特に暗い炭素質コンドライトのようなものが宇宙風化したらどのようにスペクトルが見えるのかを研究し尽くさねばならない。

     もちろん私も、はやぶさ2科学チームの一員として、自分の専門としてそれを追及しているが、まだまだ解明されていない要素が多い。なのに、なぜか日本政府は次期大型惑星探査をフォボス・デイモスからの試料回収に決めてしまっているような様子である。私がいま最も可能性があると思っているのは、加熱脱水された炭素質コンドライトが、また極度に宇宙風化したものが、それら火星衛星の表面にあるということだ。それでも太陽系の起源と進化の科学的解明に貢献できるのであろうか?

     D型小惑星物質ならば、近地球軌道にも、主ベルト帯にもある。そして揮発性物質に富むと考えられる枯渇彗星もある。そのような、明らかに太陽系の初期組成や進化に直結している物質を回収せずに、火星の衛星に行く本当の理由は何なのかを冷静に考えるべきだろう。

     火星から飛び出した物質ならば、太陽系の起源とは縁遠い。火星の起源が知りたいのならよいが、太陽系や地球の起源とどう結びつくのかを説明願いたい。もしD型小惑星が捕獲されたものだとしても、深い宇宙風化層をどう掘っていって母岩を取って帰るのかとか、具体的な方策がなければならない。適当な投資で適当な難易度で適当なレベルの科学が出来そうだ、ではダメなのである。

     そして一番の心配は、国際競争である。宇宙開発を行っている各国が火星に向かっており、フォボス・デイモスへの着陸・その場観測・試料回収をしようと企画しているに違いない。そのような修羅場で、日本が独自に優位に立てる内容はあるのであろうか。

     はやぶさ・はやぶさ2の実績は、重力がほぼゼロかつ地球軌道に非常に近い天体からの試料回収であり、またレゴリスはほとんどないに等しく、深さ方向の物質変化もほぼないはずである。そんな単純な天体とフォボス・デイモスを同じように考えていては、NASA・ESA(欧州宇宙機関)をはじめとする列強に負けて痛い目を見る可能性は大きい。彼らはそのような重力天体をやり続けてきたプロであるのだ。

     最後に付け加えれば、フォボス・デイモスの分光学的性質に関して、専門家の私ではなく、私の指導を受けている後輩の某大学教授に問い合わせが行っているようである。そこに日本らしさを感じるとともに、最先端のブラウン大学にいる私から見て絶望感を感じるのは自然であると思う。日本はいつ目覚めるのか、興味深いところである。

    (2016年1月24日記)

     トロヤ群 木星軌道上で木星から60度だけ離れたラグランジュ点と言われる重力的に安定な場所に群れを成す小惑星で、D型が支配的である。

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