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  • 堂本かおる
    堂本かおる
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    菊田 均
    菊田 均
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    松本 健一
    松本 健一
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    中岡 弘
    中岡 弘
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    大島 直行
    大島 直行
    伊達市噴火湾文化研究所長
    時広 真吾
    時広 真吾
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    渡辺 久義
    渡辺 久義
    京都大学名誉教授

    対立という言葉と日本人の不思議な関係とは

    「対立」という言葉があります。
    この言葉も英語の「confront(立ち向かうこと)」の訳語として幕末に生まれたのだそうです。幕末の訳語というのは他にもたくさんありますが、わかりやすいのは「訓読み」がないことです。早い話、「対立の訓読みは?」と聞かれたら、なかなか答えられません。というか、ありません。

    「対」という字は、音読みは「タイ、ツイ」です。旧字は「對」です。この字は、火を灯した燭台を手に持っている姿の会意形成文字です。暗がりで何かを見るには、大昔は燭台を、その何かに近づけて見ました。今だとさしずめ、懐中電灯で対象物を照らすようなものです。そこから何かに向かい合うという意味となり、〜に対する、〜に向かい合うといった意味を持つ漢字となりました。

    日本人は、この「對」という漢字を輸入するにあたって、「こたえる、そろう、つれあう、むきあう」という訓読みを与えました。と、このように書くと、誤解を生じやすいのですが、我が国では、先に大和言葉のなかに「こたえる、そろう、つれあう、むきあう」といった言葉があったのです。その大和言葉と「對」の字の意味が近いから、後から漢字を輸入したときに、これに「對」という漢字を当てています。

    「立」は、音読みが「リツ」で、こちらは訓読みが「たつ、たてる」です。

    さて、そこで「対立」を訓読みしてみます。
    すると、
     こたえ、たつ。
     そろい、たつ。
     つれあって、たつ。
     むきあって、たつ。
    となります。
    どれをとっても、「対立」という語の語感にある、「敵対する、敵対して立ち向かう、対面して対決する」といった意味とは、まったくニュアンスが違っていることにお気づきいただけると思います。

    このことが何を意味しているかというと、もともと日本には「対立するという社会概念がなかった」ということです。ですから、西洋的な「対立と闘争」などと聞くと、頭ではわかっても、日本人には実感がわきません。

    たとえば全盛期の秀吉と家康は、ある意味、好敵手の関係にありました。両雄は小田原の北条攻めのとき、秀吉が家康を陣幕の外に連れ出し、一緒に並んで盛大に立ち小便をしながら、秀吉が、
    「家康さん、あんた、関東に行かんかね?」
    「関東ですか?」
    「ああ、そうだ。いいところだと言うぜ」
    「わかり申した」
    というわけで、駿河を拠点にしていた家康は、秀吉に言われるままに江戸に入って築城し、関東を制圧するわけです。この故事を古い言葉で「関東の連れションベン」といいますが、まさしく「つれあって立つ」、「両雄揃い立つ」っていたわけです。

    このとき両雄は、共に小田原の北条氏と戦っていますが、これは北条氏と「対立」していたのではありません。「戦っていた」のです。要するに、日本人には、もともと「対立」という概念がないのです。概念がないから、「敵対する、敵対して立ち向かう、対面して対決する」という、「対立」という語が持つ社会通念も、いまひとつ理解できません。理解できないから、戦ってもいないのに、あるいは戦いはとっくに終わっているのに、その後に「対立した敵を一人残らず殺す」とか、「捕虜を生きたまま縛り付けておいて、目玉をくり抜いて食べる」といった概念がないし、することもできませんし、そうしてきた歴史も伝統も文化もありません。

    大東亜戦争の末期、硫黄島にいた海軍の市丸利之助中将は、アメリカのルーズベルトに手紙をしたためました。その内容は、米国を見下したり、馬鹿にしたり、敵対的に相手をけなすといった内容のものではありません。どこまでも相手の立場を尊重しながら、なお、日本国民の一途な思いを、真正面から心を込めて説いた内容になっています。対立ではないのです。現に戦闘中にありながらも、どこまでも、紳士的に和合の道を得ようとしています。

    →ルーズベルトニ与フル書 市丸利之助海軍中将
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2657.html

    このように書くと、当時の新聞等が「鬼畜米英などと大見出しに歌い上げていたではないか」などと言う人がいますが、そう言われても、それがどのようなものなのか、なぜ鬼畜なのかとなると、あまりよくわかりません。むしろ、日本人が仁愛で周辺国と共に仲良く栄えていこうとしているときに、それを政治的、外交的に阻害するという行為や、戦っている相手の支那国民党に戦時国際法を無視して背後から支援を与えるとか、そのような卑劣な所業に対して、おそらくは、当時のメディアや言論人が「鬼畜」という語を用いたのであって、米国人や英国人と対立し、憎んで「鬼畜」と呼んでいたわけではないように思えます。

    このとは、通州事件のような、本当に鬼畜の所業を受けたときにも、明確に日本人の行動となって現れています。通州事件では、二百名を超える日本人居留民が、おそらくは人類史上特筆されるべき残虐非道な方法で殺されました。当然、このときの支那人の所業は、まさしく鬼畜の所業であり、新聞紙上においても「鬼畜」の文字が踊っています。ところが、その時代に、横浜や神戸に中華街がいまと同じようにありましたし、いまと同じくらい、町には支那人がたくさん来日していましたけれど、通州事件があったからといって、激高し、暴徒化した日本人が、日本国内にいる支那人を殺したとか、報復したとか、家屋に石を投げたとかいう事件は、ただの1件も発生していないのです。このことは、もし立場が逆であったのなら、支那において、おそらく大規模な反日暴動と日本人への殺戮が行われたであろうこと、欧米諸国でも、国内報復が起こるであろうことを考えれば、日本人の特殊性と言っても良いことに思えます。

    世界では、ひとたび「対立(confront)」関係に入ったら、相手を殲滅するまで、手を緩めないのが常識です。それは、戦いの間、手を緩めないというだけではなく、戦いに勝利しても同じです。相手が屈服し、抵抗できなくなったら、そこから更に叩き殺します。

    ボクシングの試合でも同じです。世界では、一発、クリーンヒットして相手の抵抗力が弱まったら、これ幸いとばかり、そこから徹底的に相手を殴るのが常識です。ところが日本人は、これがなかなかできません。一発、ヒットして、相手がふらついたら、むしろ日本人は、相手の回復を待ってあげようとさえしてします。そうして正々堂々と、技と技の勝負をしようとします。試合は試合であって、実戦ではないのです。技を磨き、己を磨くために試合をしているわけで、そうであれば相手がダメージを受けてふらついたなら、その回復を待ってあげる。というか、おもわずそのように行動してしまうのが日本人です。これはもう文化というより、本能としか言いようがありません。

    西洋の中世から近世にかけての社会場合、日本人のイメージは、華麗できらびやかな王朝のイメージがあまりにも強いのですが、現実には支配と暴力の歴史です。このことは以前、拙ブログの「国民国家と三十年戦争」で書かせていただきました。
    →国民国家と三十年戦争
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2569.html

    これが大陸になりますと、支配と暴力どころか、殺戮と収奪の歴史になります。実際の姿については、やはり拙ブログの「入唐求法巡礼行記」でご紹介しています。
    →入唐求法巡礼行記
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2568.html

    日本は、天皇という神話の時代から続く天皇によって、民衆を「おほみたから」としてきた国です。そして天皇のために、民衆が豊かに安全に安心して暮らせるようにすることが、天皇によって親任される臣の努めとされてきました。その意味では、世界が民主主義に目覚める何千年もの昔から、日本は、民衆こそ国のたからとすることを国是とする究極の民主主義の国民国家を形成してきたことになります。

    だから日本には、奴隷すらいませんでした。このように書くと、
    「そんなことはない。日本に生口とか奴婢と呼ばれる奴隷がいたではないか」
    と反論する方がおいでになりますが、勘違いもいいところです。奴婢は、奴婢は、「奴(やっこ)=男性、「婢(ひ)=はしため」のことで、これは下男、下女のことを言います。また生口とは、生きた人のことで、技術集団のことを言います。詳しいことは、やはり拙ブログ「シラス統治を取り戻す」で書かせていただきました。
    →シラス統治を取り戻す
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3106.html

    日本人には、そもそも「対立」という概念がないのです。そして「対立」がないということは、上と下の対立も、横の対立もない。どこまでも、互いに「並び立つ」社会を築いてきたのが日本人の基本的な姿勢です。

    ただし、どうしても言うことをきかない。あるいはかしこまらないときは、最小限の武を以て、これを排除します。そしてそれができたのも、日本の国柄が素晴らしいものであり、それを可能とするだけの民度の高さが、歴史を通じて保たれ続けたからです。

    ガダルカナルで、日本軍最強を謳われた一木支隊は全滅しました。理由は敵潜水艦によって、補給船が上陸できず、全隊員の糧食が尽きたためです。みんな餓死にしました。

    けれど補給船の上陸を最終的に諦めた大本営は知っていました。ガダルカナル島は、南の島であり、島のジャングルには、そこかしこにバナナの実が生っていることをです。ですから大本営は、最悪の場合、ジャングルで彼らは生き延びることができるに違いないと、涙を飲んで補給船の派遣を停止しています。

    ただ一点を大本営は読み間違えました。ガダルカナル島の島民たちには、土地に対する所有権の概念はありません。その代わり、彼らにとって重要な主要食物であるバナナについては、ジャングルにある全てのバナナの木に所有権があり、バナナが1本盗まれただけでも、島中をあげて、何日もかけて全島民が集まって犯人探しをするほど、厳格な管理がされていることを、一木支隊の誇りある日本人兵士たちは、誰もが知っていたことを、です。

    ですからジャングルのそこいらじゅうにあるバナナは、たわわに稔った房のひとつひとつが、どれも島民のたいせつな食料であり、島民たちのものです。だから、一木支隊の隊員たちは、自分たちが何日も何も食べない日が続き、しまいに60キロあった体重が30キロにまで減少して飢えて死んでも、島民たちの大切なバナナを一本も(これは本当に一本もです)盗まず、食べることもなく、飢えて死んで行ったのです。

    ちなみに厚生労働省が所轄する「しょうけい館」に行きますと、その飢えてガリガリに痩せ細ったときの日本兵の様子を、小名木二郎さんという方が、スケッチした絵が展示されています。体重がそこまで減ると、自立歩行も困難になるのだそうです。だから銃を杖代わりにして歩いた。でも、その銃も、本当は重たいから木の杖にしたかったのです。けれど銃は、軍から支給されたものです。自分のものではない。お借りしているものなのだから、最期までしっかりとお返しできるように持っていなければならない。だから、飢えて痩せ細って死んでいった兵隊さんたちの遺体は、みんな歩兵銃を手にしています。

    大本営は、
    「ジャングルは食べ物が豊富だ。
     最悪、ジャングルの中で食べ物を得ることができるだろう」
    と考えたのです。輸送船が送れない状況となっては、他に選択の余地がない。けれど、一木支隊の日本の陸軍の兵隊さんたちは、その、目の前にあるバナナを、結局、誰一人盗むことなく死んで行ったのです。「俺達はアメリカと対立し戦争しているんだ。島民の都合になど構っていられるか」などという、世界の歴史では、ごくあたりまえの発想が、日本人にはできません。不幸にして偶々戦わなければならなくなったとしても、
     昨日の敵は今日の友、
     どこまでも和、
    これを大切にしてきたのが、日本人です。

    そして、そのことは日本人の歴史であり、文化であり、伝統であり、DNAそのものです。日本人は、幕末に「confront」の訳語として「対立」という熟語をつくりました。けれど、それから150年経った今になっても、日本人はいまだに「対立」しない国民性を保っています。私は、それを日本人の美質というよりも、人類として、大切な美質であると思っています。むしろ、そのような美質を持たない日本に住んで日本語を話し、日本人のような仮の名前を名乗った人たちが、そのような日本人を見下し、対立し殲滅することがまるで美学のような傲慢を発揮しているという現実から、日本人が一日も早く解き放たれるようになっていくことが大事なのではないかと思います。

    お読みいただき、ありがとうございました。


    「ねずさんのひとりごと」より転載
    http://nezu621.blog7.fc2.com/

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